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ミシェル・オバマが妻、母、そしてファーストレディとして歩んだ道。【セレブの自叙伝vol.2】

知られざる秘話を自伝に綴って世間を驚かせたセレブをフィーチャーするシリーズ第2弾で取り上げるのは、史上初の黒人のファーストレディで、現在も変わらぬ人気を誇るミシェル・オバマ元大統領夫人だ。貧困などで教育を受けられない女子を支援する「Let Girls Learn」を立ち上げるなど、自らの影響力を使命感に重ねて行動してきた彼女が、著書で明かした半生とは?
Photo: Scott Olson/Getty Images

昨年、回顧録『マイ・ストーリー』を発表し、全世界で1000万部を突破した大ベストセラーの著者となったミシェル・オバマ。全米10都市で行われたブックツアーは大盛況で、良席は1000ドル以上という高額チケットも飛ぶように売れる人気となった。原題は『BECOMING』で、幼少期から伴侶となるバラク・オバマとの出会いについて綴った「BECOMING ME」、結婚から夫の大統領選までについての「BECOMING US」、ファーストレディになってからの日々を振り返る「BECOMING MORE」の3部構成になっている。

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颯爽としたイメージとフレンドリーな人柄で、大統領である夫よりも人気を集めることもあった彼女は、シカゴの決して裕福とはいえない家に生まれた苦労人だ。教育熱心な両親に育てられ、アイヴィー・リーグの名門プリンストン大学に進学するが、周囲の学生のほとんどが白人男性。教室の中では自分がたった1人の黒人という経験をし、マイノリティであることを初めて強く自覚したという。ハーバード大学のロースクールを経て、地元シカゴで企業法務弁護士として法律事務所に就職、翌年に夏期学生インターンとして事務所に来たのが、後に夫となるバラク・オバマだった。

地元シカゴでは、オプラ・ウィンフリーをモデレーターに招いた。Photo: Scott Olson/Getty Images

ミシェルは彼のメンターを務める先輩だったのだが、初日に早速遅刻した未来の夫の第一印象は最悪だったとか。だが、社会を変えたいという大きな理想を持つ彼に惹かれ、人生をともに歩むことを決意した。二人三脚で家庭を築き、バリバリ働いて夫よりも高収入だった時期もあるが、1993年に法律事務所を辞めてシカゴ市長の補佐や社会奉仕プログラム「パブリック・アライズ」シカゴ支部事務局長などを務めた。

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1996年にバラクがイリノイ州上院議員になると、政治家になった彼をサポートし、二人の娘たちの育児もこなしながら、仕事もこなし……という日々の葛藤に苦しみ、訪れた夫婦の危機とそれを乗り越えるまでがストレートな語り口で綴られ、現代に生きる女性ならば共感できるポイントがいくつもある。

2009年の大統領就任パーティーでミシェル・オバマが着用した、ジェイソン・ウー(JASON WU)によるワンショルダードレスはスミソニアン博物館に寄贈された。Photo: Brooks Kraft LLC/Corbis via Getty Images

そんな彼女はファーストレディ時代にケネディ大統領夫人だったジャッキー以来のファッションアイコンともてはやされたが、ファッションばかり話題にされるのが本人は苦痛だったという。しかし、それをも逆手にとって、まだ知名度の低い若手デザイナーの服を積極的に着用し、彼らに光を当てるチャンスに変えた。教育を武器に逆境を生き抜き、女性たちの背中を優しく押し続ける彼女は、世代を超えたロールモデルだ。

【過去の記事もcheck! セレブの自叙伝】

Vol1. アシュトン・カッチャーの浮気癖と、実母の壮絶な過去。デミ・ムーアの告白本。

Text: Yuki Tominaga