2016年4月、ミネアポリスにある自宅兼スタジオのペイズリー・パークで急逝したプリンス。実はその1カ月ほど前、ライブのMCで回顧録の執筆に取りかかっていると発表したばかりだった。未完のプロジェクトとなりかけたものの、編者に選ばれていたダン・パイペンブリングがプリンスの遺稿と膨大な資料をまとめて昨年発表したのが『The Beautiful Ones』だ。
序文では、本格的な作業開始前に著者を失ったプロジェクトをどう進めていったか、バイペンブリングが詳細に記している。続く第1部は、プリンス自身がペンを取った草稿の写真を掲載。「母の瞳。それが、僕にとって最初の記憶」で始まる文章では、「僕( I )」が「瞳(Eye)」と表記され、1行目からポエティックだ。変に凝った文体ではなく、幼少期から思春期までの記憶、両親への愛が具体的に綴られていく。
第2部は、デビュー・アルバム『For You』レコーディング中にプリンス自身が作成したスクラップブック。プリンスの創造性の一端が垣間見え、随所に当時のインタビューの発言が挟まれ、アーティストとしてのプリンスが誕生するまでが克明に記録されている。第3部は宣材写真、プライベートで撮った未公開のスナップ写真やポラロイドを中心に大ブレイク直前のプリンスの進化を記録。第4部は自身が主演を務めた映画『パープル・レイン』(84)の草稿だ。
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驚くのは残された膨大な資料の数々。ノートに筆記体の綺麗な文字で書き綴った手書き原稿は当然として、若い頃に書きためたメモや歌詞、ミュージックビデオの絵コンテなど、ポップアイコンとしてのプリンスを形成したアイテムが惜しげもなく公開されている。プリンス自身がこのプロジェクトを完成させていたら……と思わずにはいられない。
バイペンプリングによると、プリンスは生前、この本を自身の幼少期と両親について率直に語る自伝にすると同時に、当時関わり始めていたブラック・ライヴズ・マター運動との連携も視野に「人種差別を解決する本」にしたいと考えていたという。その遺志をできうる限り再現しようとした本作からは、ベールに隠されていたプリンスの素顔がうかがえる。
Text: Yuki Tominaga