新シーズンは豪華キャストが話題。
欧米では現代版「トワイライト・ゾーン」と呼ばれ、大人気のドラマ「ブラック・ミラー」のシーズン5の配信がついにスタート! 1話完結のオムニバス形式シリーズ「ブラック・ミラー」に共通するテーマは、現代社会を支配するテクノロジー。例えば、グルメサイトのように人間が「☆4.3」といった具合にアプリで評価格付けされ、束縛されてしまう社会、あなたはどうする? 自分が知らないうちにVR世界の住人になっていて、そこであなたのアバターが虐待を受けていたら? ネットで炎上した人が次々に死亡……偶然? それとも陰謀? そんなスマホやSNS、ネットやメディアといった私たちの生活そのものが当てはまる日常生活に密接した近未来、一歩間違えたら誰でも陥りそうな、いや、実はもう陥っているかもしれない、不気味で凍りつくような後味の悪い狂気が魅力のSFミステリーだ。
日本では、テクノロジー版の「世にも奇妙な物語」とも形容されることが多い。けれど、そこはタブーなし、放送禁止なしのネトフリ作品だけに、日本の地上波ゴールデンではあり得ない「エロい」「グロい」「エグい」の刺激的な三拍子が、R指定レベルで映像化されているのも人気の秘密の一つ。また英ドラマっぽいブラックコメディ感やユルさが漂うのも、「ブラック・ミラー」らしさだ。人気シリーズだけに各メディアが独自に全作品(現時点で23話)のおすすめランキングをよく特集しているが、あるランキングではトップ3に入っているエピソードが別のランキングでは最下位グループ、なんてこともしょっちゅうで、どれも一つとして同じランキングはない。それだけ観るものの感性や視点によって、ベストとワーストの好みが分かれるのも面白いところ。さて、シーズン5の出来はいかに?
まず1年5カ月ぶりの新シーズンが明らかに違うのはキャストの豪華さだろう。今シーズン全3話の主演はそれぞれ、『アベンジャーズ』ファルコン役のアンソニー・マッキー、「シャーロック」の宿敵モリアーティでブレイクし『007 スペクター』(15)でCを演じたアンドリュー・スコット、そしてあのマイリー・サイラスが登場し、映画スターが勢揃いした。ただファンとしては、ネットフリックス製作となったシーズン3以降はワンシーズン6話だったのにシーズン5は3話のみというのは残念なところだが、これには理由があるので、それはのちほど。
「ストライキング・ヴァイパーズ」のテーマは、VR上の浮気!?
第1話のタイトル「ストライキング・ヴァイパーズ」は、大学時代に親友だったダニー(アンソニー・マッキー)とカール(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)がハマっていた格闘ビデオゲームの名前。偶然久しぶりに再会し、当時を懐かしみながら二人は最新型のVR版ストライキング・ヴァイパーズXをオンライン対戦プレイすることになった。それぞれ男女(ポム・クレメンティエフ、ルディ・リン)のアバターをチョイス、視覚だけではなくアバター同士がバトルで受けた触覚のインパクトがプレイヤーに超リアルに伝わるシステムで大盛り上がり、白熱したバトルを繰り広げたが、対戦を終えると二人のアバターは急接近して……。
クリエーターで脚本家、現在48歳のチャーリー・ブルッカーは、もともとPC雑誌でゲームのレビューを書くライターだった。風刺漫画も描いていたが、ギャグが毒すぎて物議を醸すこともあったという。のちに新聞でテレビ批評コラムを連載し、それがBBC4でTVや時事ネタを扱うニュース情報番組となり、司会も務めたことがきっかけでドラマの企画・脚本を手がけるようになり、「ブラック・ミラー」に至った。若い頃は「ストライキング・ヴァイパーズ」を思い起こさせる格闘ゲーム「鉄拳」の大ファンで、今回ゲームを取り上げたのは対戦ゲームに反LGBTQの傾向があることへの問題意識、むしろゲームというよりポルノ作品に関してがテーマだという。2次元での関係はリアルな生活に悪影響を及ぼすのか、陥った場合は不倫になるのかといった興味であり、シーズン1第1話の問題作「国家」の続編でもあると語っている。
アンソニー・マッキーだけではなく、カール役のヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世は『アクアマン』(18)にマンタ役で出演、ルディ・リンは『パワーレンジャー』(17)でブラック・レンジャー役、そしてポム・クレメンティエフは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14)の触角ガール、マンティス役で人気と、ゲーム関連ネタにはふさわしいアメコミ・ポップカルチャー出身のキャスト。しかし、いずれもPG13のハリウッド映画では見られない濃厚アダルトなシーンが多く、特にいたいけなマンティス役からは想像できないポムの大胆すぎる役どころは、彼女のファンにはたまらないことでしょう。
異例のイースターエッグが隠された「待つ男」。
タクシーのようだけど、条件さえクリアできれば誰でも気軽に始められ、客側も従来のタクシーより乗車料金もお手頃とあって欧米で大流行中のアプリ配信型ライドシェア。このドライバーを生業としているうだつの上がらない男(アンドリュー・スコット)が、客として乗り込んできた大手SNS企業スミザリンで勤務する男を誘拐する。人質開放の条件に同社CEOビリー・バウワー(トファー・グレイス)との交渉を要求するが、男にはある目的があった。果たして男の過去に隠された秘密とは?
おそらくシーズン5の中で最も見る価値のあるエピソードが、この「待つ男」だと思う。猟奇的な事件やおぞましいパラレルワールドが描かれたシーズン3やシーズン4の作品群の一つとしてリリースされていたら、人間の命の重さや人生がもはやデジタル世代のコンテンツの一部でしかないことの恐怖を心理的に突きつけてくるエピソードとして、「待つ男」は異彩を放って高い評価を得ていたと思う。
実はこのエピソードのサウンドトラックを担当しているのが、坂本龍一だ。近年ではレオナルド・ディカプリオがアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した『レヴェナント: 蘇えりし者』(15)の音楽監督としても記憶に新しく、海外でもレジェンドと呼ばれる存在。全19曲がオリジナルの書き下ろしで、単なるBGM的な扱いではなく、主人公が心を落ち着けるために聞く瞑想の音楽など、ストーリーに欠かせないものになっている。アンビエントでZENなサウンドから、かき乱された心を表すような機械的なトラック、エレクトリックな中にも救いようのない悲しみがこみ上げる旋律まで、ストーリーの不穏さを盛り上げるさすがのラインナップとなっている。
ところで、「ブラック・ミラー」はオムニバス形式の1話完結型だが、実は各エピソードに別のエピソードのアイテムが、こっそりと意図的に仕込まれて繋がりを持たせていることでもおなじみ。この手法を「イースター・エッグ」というのだけれど、今シーズンでも過去やシーズン5同士でエピソードに出てくるワードやアイテムがいくつも登場し、思わずにんまりしてしまう。しかし今回、「待つ男」の登場人物(名)が、過去のエピソードで既出していたという時系列のねじれ現象が話題になっている。
「待つ男」のキャラクターが現れるのは、2018年12月にリリースされたオリジナル映画『バンダースナッチ』だ。これは世界初のインタラクティブな映画としても話題になった「ブラック・ミラー」のスピンオフ作品。『ダンケルク』(17)のフィオン・ホワイトヘッドが主演で、1984年を舞台にしたカルト小説『バンダースナッチ』をRPGゲームにしようとする引きこもり気味の新人プログラマーをめぐるストーリーだ。この作品自体がRPGゲームのように、例えば「申し出を拒否する」「申し出を受け入れる」といったように2者択一で次の展開を視聴者が選択できるようになっていて、メインのエンディングが5パターン(全部で10タイプ)ある。個人的に面倒くさいのが嫌なので、インタラクティブなストーリーって億劫だなと思っていたものの、面白いし、視聴者をストーリーに組み込むのが巧みで、結局全エンディングを見るまで全選択肢を選んでしまった。(といっても一通り見るので90分、全エンディングパターンに辿り着くまで見ても、倍の時間はかからなかったと思うけど。ただ全ての隠しネタを制覇するのは、もっと相当な時間がかかるらしい?)
エンディングの一つに現代のシーンが登場し、そこでニュース映像の速報ティッカーの中に「(「待つ男」でトファー・グレイスが演じた)ビリー・バウワーCEOがロシア疑惑で議会で糾弾される」と流れるのだ。内容としてはいつものよくある後日談系イースターエッグで、見た目とライフスタイルはツイッター社のドーシーCEOをモデルにしたキャラが、ロシア疑惑からフェイスブック社のザッカーバーグCEOをも皮肉っていることは伺えるが、物語の究極の核心に触れるものではない。とはいえ、リリース時期が「前」の作品にイースターエッグするのは異例。実は『バンダースナッチ』は企画段階でシーズン5の中のエピソードであり、脚本ができ上がる前に既に第1話「ストライキング・ヴァイパーズ」は撮り終えていたとのこと。通常の約3倍のボリュームで『バンダースナッチ』をスピンオフ作品として成立させることになったので、シーズン5が全3話となったというわけだ。
病むアイドルがAIロボットになったら?
そして最後にマイリー・サイラス主演エピソードが、「アシュリー・トゥー」だ。大人気のアイドルとその知られざる私生活をフィーチャーしたテーマと聞いて、「ハンナ・モンタナ」を思い出さない人はいないだろう。しかし、こちらは圧倒的に病んでいるアイドルだ。いつもポジティブな大人気のポップスター、アシュリー・オー(マイリー)は、孤独な女子高生レイチェル(アンガーリー・ライス)の憧れで生き甲斐だった。アシュリーをモデルにしたAIロボット型デバイスを手に入れてレイチェルは夢中になるが、栄光の中で苦悩し精神的に破綻し始めていた真のアシュリーをよそに恐ろしい計画が遂行されようとしていた……。
マイリーは自分の経験を語り、アシュリーのキャラクター設定にも取り入れてもらうだけあって、ツイッターでも自分のアカウントネームを「アシュリー・オー」にするほどの力の入れよう。インタビューでは「(脚本を読んで)この話は伝えられなければいけないと思った。音楽業界でリアルがよく描かれている。アーティストを搾取し、現在のポップミュージックの業界ととてもよく似ている」と語っている。
……というと相当ドロドロな業界暴露を期待してしまうが、内容は既視感のあるガールズパワーのティーンエイジャー・ドラマ。せっかくのAI版アシュリーというアイデアも活かしきれておらず、11年前の映画『ウォーリー』やホラー映画のチャッキーの活躍にも全く及ばない。「ブラック・ミラー」だったら〈地獄の使者・AIアシュリー〉ぐらいのキャラに仕立て上げられただろうに。マイリー目当てで見るなら文句はないし、レイチェル役のアンガーリー・ライスもいい仕事をしているけれど、「ブラック・ミラー」ならではの戦慄を求める人は物足りないだろう。
とはいえ、最後にマイリーがパフォーマンスする曲にも注目が集まって盛り上がっている。映画『ソーシャル・ネットワーク』(10)の音楽監督としてアカデミー賞受賞の経験もある、トレント・レズナー率いるナイン・インチ・ネイルズ(NIN)の代表曲『Head Like A Hole』のカバーで、一部歌詞は”アシュリー”バージョンで替え歌になっている。NINはこの歌詞とブラック・ミラーのロゴをプリントした公式Tシャツもリリースしたが、こういう商売的な”仕掛け具合”が「アシュリー・トゥー」のテーマそのもののような気がするのは、意図的でシニカルなシンクロなのだろうか?
これまで「ブラック・ミラー」に映画スタークラスの俳優が出演するのは、1シーズンでせいぜい6話中の2話程度だった。ネトフリ製作になったシーズン3の仮想世界での女性同士の純愛を描いた「サン・ジュニペロ」で初エミー賞にノミネートされると、リミテッドシリーズ/テレビ映画部門の作品賞と脚本賞の2冠を受賞して知名度を爆上げ。キャストが豪華になったのも、シーズン4でエミー賞に合計8部門ノミネート、4部門受賞を成し遂げ、今最も面白いテレビシリーズという不動の高評価を得たおかげだろう。キルスティン・ダンストの夫でもあるジェシー・プレモンス主演で、スタートレックを彷彿させるパロディかと思いきや、実はかなり屈折したサイコなエゴ世界を描いた「宇宙船カリスター号」と、『ブラックパンサー』の妹シュリ役でブレイクしたレティーシャ・ライト出演の狂気の犯罪博物館「ブラック・ミュージアム」は胸糞度MAXで傑出していた。
しかしシーズン5は、「ブラック・ミラー」らしい人間の性(さが)をえぐるような攻めた展開が、トーンダウンしたように思う。3話だけなのでそんな気がするだけなのか、リスキー過ぎる役は得策ではないビッグネームの起用が影響しているのか、単なるネタ切れなのか理由は定かではないが、こういう感想を持つのも、前述のように人によって評価が大きく変わる「ブラック・ミラー」ならではなのかもしれない。