「無意識を意識しない限り、物事を運命だと勘違いするだろう。人は潜在意識によって行動するものだから」というユングの言葉がある。
行動データ科学者でインクルーシビティ・コンサルタントのプラギャ・アガワル氏は、近年よく耳にする「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」という言葉の定義を、「自覚していない、頭の中に存在するバイアス」だと語る。ヘイトスピーチのように自覚して公言する偏見ではなく、無意識のうちに、人種や性別、年齢に対して、瞬時に抱いてしまう偏見だ。
自分の子どもがいちばんかわいい、好きなサッカーのチームのユニフォームを着ている人に親近感が湧く、といった経験がベースになったバイアスには、社会的な影響はなく、それ自体には特に問題はない。問題となるのは、医療に従事する人が「有色人種は痛みを大げさに表現する」と思い込むことや、雇用者側が応募者の名前や話し方のアクセントに瞬時に抱いてしまう先入観などだ。
アガワル氏は「アンコンシャスバイアスは誰にでも存在し、完全に取り除くことは不可能」だと続ける。「多くの差別や偏見はステレオタイプが原因で、これをもとに、他者の人柄や仕事の能力を瞬時に判断しがちだが、それは極めて危険なこと。単一民族だけで構成される社会の方が、“他者”への恐怖と偏見を抱きやすい傾向にあるものの、バイアスは世界中に存在する」とも。一方で、子どもは大人ほどステレオタイプを持たない。成長する過程で、バイアスをつくらないように幼いときから教育することが重要だと説く。
発達心理学者のリン・ライベン教授は、保育現場や幼少教育の場で、子どもたちを男女別に並ばせたり、「男子」や「女子」などと総称することが、「女の子は人形で遊ぶべき」「男の子は工具を使うべき」などといった性に対する先入観を植えつけるきっかけになることもあると指摘する。
昨今、多くの企業や組織で「アンコンシャスバイアス・トレーニング」が実施されている。自身が持つ偏見の度合いを調べる「IAT」と呼ばれるテストも存在するが、アガワル氏はこのシステムに頼りすぎることには、やや懐疑的だ。「残念ながら、テストやトレーニングを数時間受けただけで、アンコンシャスバイアスが消失するわけではないからです」
では、より有効な手段は? 最も簡単な方法は、自分自身で地道に行う、思考エクササイズかもしれない。コロラド大学のイリーナ・ブレア教授の研究では、まず「強い女性」など、お題を決めてその人物をイメージする。なぜ彼女が強いのか、彼女には何ができるのか、容姿と性格を具体的に思い浮かべるだけでも、普段自分が意識していない先入観を認識し、バイアスを軽減できるという。
前述のアガワル氏も、常日頃から、「男の子は恐竜が好き」とグループ分けしてその集団の特性を語ろうとするのではなく、「この子は計算が得意だ」と個人にフォーカスした思考や話し方を心がけることを推奨する。ユングの言葉を引いて、個々が日常的に「無意識を意識化する」ことで社会の変化を促したい。
Text: Azumi Hasegawa Editor: Yaka Matsumoto