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現実社会をストレートに映し出す。おすすめの韓国文学作品5冊。【韓国カルチャー最前線 vol.3】

国内のフェミニズムムーブメントの後押しもあり、ますます盛り上がり続ける韓国文学ブーム。なぜ今、彼らの作品が世界で支持されているのかを紐解いてみよう。

Photo: Shinsuke Kojima

20万部のヒットとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)や、BTS防弾少年団)のメンバーが読んでいると話題となり、30万部の売上を記録したエッセイ『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン著)などを筆頭に、韓国文学の勢いはまだまだ続きそうな予感。

韓国の作家が日本でも認知され、新たなファンを獲得したことで、過去作が続々と翻訳されているという。そう指摘するのは、韓国の優れた文学作品を紹介、出版している「クオン」の代表であり、韓国関連の書籍を取り揃えたブックカフェ「チェッコリ」も運営するキム・スンボクさんだ。

現代社会の“痛み”に真正面から向き合う。

『わたしに無害なひと』チェ・ウニョン著、古川綾子訳 /亜紀書房(20)  16歳の夏に出会った女子高校生イギョンとスイ。やがて、互いの生きている社会が異なることから、愛情とは裏腹にすれ違っていく二人をみずみずしく描いた「あの夏」を含む、7作品を収録。

話題となった韓国ドラマ「梨泰院クラス」(20)や「サイコだけど大丈夫」(20)でも、多様性の理解と受容というテーマが物語の根底にあったが、現在韓国文学で人気を集めているジャンルが、LGBTQを扱う「クィア文学」だ。

「LGBTQであることをオープンにしているキム・ボンゴン氏やパク・サンヨン氏はベストセラー作家ですし、話題性も高いです。『わたしに無害なひと』に収録されている短編『あの夏』でも、同性との恋愛が自然なものとして描かれている。今後はカミングアウトという言葉自体、使わなくなるのではないでしょうか」

『少年が来る』ハン・ガン著、井手俊作訳 /クオン(16)1980年5月18日、韓国の光州で起きた民主化抗争・光州事件をテーマにした鎮魂の物語。当時中学2年生の息子を民主化運動で亡くした母と家族がそれから30年以上の月日をどう生きたのかを見つめる。 

もちろん作家によって差はあるが、韓国文学は社会問題や実際に起きた事件を、真正面から扱うことも辞さない。感情表現もストレートで伝わりやすい。その「わかりやすさ」が、日本の読者に響くのではないかとキムさんは指摘する。

たとえば、『少年が来る』は軍事独裁政権に対する反政府運動に参加した、当時中学2年生の息子を失った母目線で物語は進む。日常を送ることで忘れてしまいがちな、過去の痛みや暴力から目を背けないのは韓国文学ならではの特徴といえる。

デザイン性の高い装丁で、幅広い層にリーチ。

『娘について』キム・ヘジン著、古川綾子訳 /亜紀書房(18)老人介護施設で働く60代の「私」の家に、30代半ばの娘がパートナーの女性を連れて転がり込んできた。保守的な韓国社会における母と娘のすれ違いと葛藤は、日本の母娘にも通じるものがあるだろう。 

作家が社会と関係する誰かの痛みをすくい上げたとき、ベストセラーが生まれるようだ。また、これまで本を読まなかったような若い読者も増えているという。その秘訣は、若者をターゲットに据えた、装丁のデザイン性の高さにある。

「文学は時代と関係なく読まれる、普遍性のあるものですが、韓国の老舗文芸出版社の『文学と知性社』は、昔の作品でも装丁を現代風にリデザインし、SNS向けのマーケティングをしています。そうすることで、若い作家にだけじゃなく、過去の名作にもまた命を吹き込むような工夫をしているそうです。信頼性の高い出版社がその戦略で成功しているので、ほかの出版社も後に続くようになりました」 

『アーモンド』ソン・ウォンピョン著、矢島暁子訳 /祥伝社(19)扁桃体が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない高校生、ユンジェ。植物状態になった母が経営していた古本屋で一人働く彼のもとに、激しい感情を持つ少年ゴニが現れて……。

韓国版の装丁のクオリティの高さから、オリジナルカバーをベースに日本語版を制作するケースも増えている。韓国で40万部を記録したヤングアダルト小説『アーモンド』もその一例だ。

「エッセイ本は、ほぼオリジナルカバーですね。原書のカバーが日本や海外でそのまま使われるのは、最近の現象だと思います。韓国の装丁のグラフィックが洗練され始めたのは、5〜6年前からなので。また近年は、パステルカラーを使用したものが増え始めました。100万部売れるような最近のベストセラーは、パステルカラーが多いんですよ」

『春の宵』クォン・ヨソン著、橋本智保訳 /書肆侃侃房(18)生まれて間もない子どもを別れた夫の家族に奪われ、生きる希望も失った女性や孤立無援の女性、新人作家など。逃れられない悲しみ、やるせなさから酒を飲まずにいられない人々にまつわる、7つの短編。 

クオンからも韓国作家の対談本『韓国の小説家たち Ⅰ』が出版されていることから、日本における韓国作家への注目度の高さがうかがえるが、作家買い、翻訳者買いをする読者も増えているそうだ。

「ハン・ガン、イ・ギホ、チョン・セラン、チェ・ウニョンといったひとりの作家を好きになり、次から次へと求める読者が多くなってきました。翻訳者の古川綾子さんや斎藤真理子さんが訳したものを求めてくる人もいます」  クオリティも高く、感情に直に響いてくる韓国文学がこれからどこへ向かうのか。楽しみでならない。 

CHECK>>若年層を中心にエッセイ本の人気が上昇。 

 『死にたいけどトッポッキは食べたい』  ペク・セヒ著、山口ミル訳 /光文社(20) 

BTSのRMが枕もとに置いていたと話題になった、気分変調症(軽度のうつ病)を抱える女性作家によるベストセラーエッセイが日本でも人気だ。一方韓国でも、エッセイスト佐野洋子の大半の作品が翻訳されて支持を得ているという。社会状況などの類似点があるからこそ、女性の生活を綴るエッセイも互いに受け入れやすいのかもしれない。 

Text: Tomoko Ogawa Editor: Airi Nakano