誰もが「ハレの日」に訪れるレストランに
8席のみで1日16人限定、週4日営業という斬新な業態で、食べる人、生産者に加えて、そこで働く人までも幸せにする。そんなチャレンジングなレストラン「unis(ユニ)」を率いる、薬師神 陸シェフ。幼いころに多くの人と食を囲んだ時の楽しさを料理人の原点に、全国の700以上の生産者を訪ね、意見を交わし、その食材を料理に活かす。さらには「カリナリープロデューサー」の肩書きのもと、シェフの枠を超えた食にまつわる問題の解決に積極的に関わることで、食の未来さえも変えようとしている。
──2020年12月に「unis(ユニ)」を開業してから2年になりますが、手ごたえはいかがですか。
ユニは、ハレの日のための8席だけ、1日2回転の16人限定のレストランですが、開業前はその8席が埋まるのかと、正直不安もありました。ただ、おかげさまで連日満席をいただいている状況です。スタッフも準備期間からの2年半で退職者ゼロ。1人も欠けることなく、一切変わっていないので、お客さんのことを熟知して、こまやかなサービスができることもユニの素晴らしいところだと感じています。
──退職者ゼロとはすごいですね。スタッフの働く環境にも目を向けていると聞きました。
レストラン業界はとても忙しくて、いい従業員を集めるのも大変ですし、また教育する時間もなかなかとれない。だからユニは、あえて週4日の営業にして、働く人が余裕を持てるようにしています。日曜、月曜は完全に休みで、火曜日は仕込みをしたり、他業態の開業準備をしたり、他店に食べ歩きに行く子もいれば、自分でメニューを考案する子もいる。自分のインプットのために使う時間を意図的に作り出しています。
──店のコンセプトを「ハレの日」にした狙いはどこにあるのでしょうか。
「ハレの日」に限定することによって、あえて入り口を狭くしました。最初は誕生月限定にして、1年に1回しか行けないレストランにしようかと思ったくらいです。予約困難の人気店もここ数年で増えましたが、結局は1食に4万も5万もかけられる層の人たちだけで回っているのが現状です。でも年に数回の「ハレの日」だったら少しだけ奮発してもいいかもしれない。誰もが特別な日に、特別な時間を過ごせるレストランにしたいなと思い、店のコンセプトを設定しました。その甲斐もあって、誕生日のお祝いをしたご夫婦が、息子夫婦の記念日ために次の予約を取って帰ってくださったりと、幸せなサイクルに恵まれていると感じます。
生産者の顔が見えることで、料理にストーリーがうまれる
──子どもの頃の食体験にはどんな思い出がありますか?
実家は愛媛県の宮大工でしたが、5歳の時に父が亡くなり、母が働き始めたので、料理好きの祖父のもとで育ちました。祖父は板前を志したこともあるくらい料理が得意で、僕が小学校から帰ると、工場の職人や近所の人たちが集まってみんなで祖父の料理を囲んで食べていました。それがとても素敵だなと思っていて。家の周りには畑があって、近くに海もあり、野菜も魚もいただくような環境だったんです。マルアジがたくさん捕れたよ、といって調理をしたり、芋炊きという郷土料理を大鍋で振る舞ったりしていて、そのうち自然と自分も料理を手伝うようになりました。だから同級生がポケモンに夢中になっているときに、僕はずっとマルアジをさばく練習にハマっていましたね(笑)。
──シェフになり、国内の600軒もの生産者を訪れたそうですね。
今はさらに増えて700軒くらいになりました。農家や酒蔵など、すべて実際に会いに行っています。食材が旬になったタイミングで店に出したいので、その1カ月くらい手前に出向くんです。たとえば3月、4月にさくらんぼ農家に出向いて、LINEやメッセンジャーで連絡を取りながら果物が育つのを確認し、5月にオンタイムで店に出しています。何をいくつ、と発注するだけでも仕入れはできます。でも実際に足を運んで、顔を合わせた上でコミュニケーションすることで、生産地の状況や食材のことが細やかにわかる。そして、そんなリアルな情報をお客さんにさりげなく伝えることで、料理にストーリーが生まれ、より特別なものになると感じます。
──具体的にはどのようなメニューがありますか?
たとえば、ユニのスペシャリテ的なメニューに「トマトのおじや」があるのですが、トマトの産地は変わっても、米はずっと僕が育った愛媛の農家に頼んでいます。火が通るまでに米がだしを吸いきるように、あえて小さな粒の「にこまる」を使用しています。その生産者とは、発注の電話をするだけでも、とにかく長くなってしまって(笑)。でもその電話の中で、「そろそろ稲刈りが始まるよ」とか「こっちは少し寒くなってきた」とか、そういう話が実に貴重なんです。そして料理を出すときにも、その小さなエピソードをお客様に伝えるようにしています。ただ料理を食べるよりも、素材の作り手が見えることで、いっそう味わい深くなりますよね。
──多くの生産者の方々と直接やり取りをすることで、どのような相乗効果があるのでしょうか?
生産者にも、我々からもお客さんの反応はこうだったというフィードバックをこまめにしています。どのような人に食べていただけたかということも伝わりますし、また、来年はこういうものを作ってみてほしいなどとリクエストをすることも。そうやってコミュニケーションを積み重ねることで、1年目より2年目と、段々と自分たちの理想のかたちに近づいています。最近は旬のちょっと前に、そろそろこういうのが出てくるよという連絡もいただけるようになり、それをメニューに反映したりもしています。
季節にしても、クリスマスだからオマール海老やフォアグラ、トリュフを使おうというような発想になりがちですが、ユニでは、12月のその週に一番の旬を迎える食材を扱います。そのときに仕入れる旬の素材を、どういう組み合わせで、どういう調理法で、どういうコースの流れだとベストに味わえるかという、旬の食材にフォーカスを当てたメニュー構成を考えています。
──生産者とのコミュニケーションによって、メニューや調理に影響を受けることはありますか?
たくさんあります。まずは普段どうやって食べているのかを伺うようにしています。ずっと飽きずにいちばんおいしく食べる方法を知っているはずですから。たとえば自然薯の農家は、スプーンですくったとろろを220度くらいの油で15秒から20秒ぐらいさっと揚げると言うんです。そうすると、外側はさつま揚げみたいな色でカリっとして、中はトロトロになる。 「それめっちゃ美味しそうですね」と会話しながら、自分が考えていたレシピを大きく変更したりもします。
──最近食べて感動した料理はありますか?
有明海の養殖場に行ったときにいただいたオイスターの味噌汁です。船の上で湯を沸かして、揚がったばかりの牡蠣をむき身にしないで殻のまま、ガサガサっと入れちゃうんです。海水も、海藻の味も混ざって、なんか海を食べているなあと。それに自分はいつも作る側の人間だから、漁師さんに作ってもらったこと自体にも感動しました。人に食べさせてあげたいと思う気持ちこそが、美味しさの原点ですよね。
幸せの分母を広げる、“カリナリープロデューサー”という役割
──ユニに隣接するソーシャルキッチンではディレクターも務め、ご自身ではカリナリープロデューサーと名乗られています。それはどんな役割なのでしょうか。
料理だけではなく、料理を取り巻く環境、例えば食材もしかり、厨房や調理道具もしかり、人の動線から、さらに社会とのかかわりまで、食に関連する全体を俯瞰する役割です。自分がやりたいことに、どんな言葉がしっくりくるだろうと考えていたとき、ディズニーランドの調理スタッフの役職名に「カリナリーキャスト」というものがあることを知り、広く料理やキッチンに関することを指す「カリナリー」を名乗ることにしました。
──シェフとしてだけでなく、今後どのように食と関わっていこうと考えていますか。
プロデューサー業は、人を幸せにできる“分母”が大きいと感じています。コロナ期間中に、量販のマーケットも、給食も社食も止まってしまい、養殖魚の売り先がないという問題が発生しました。そこで、ものすごい量の水産資源が無駄になるのを防ぐため、水産庁と一緒になって缶詰にしたり、レトルトにしたりと60くらいのレシピを考えるプロジェクトを同世代のシェフを巻き込んで行いました。また、最近では、小学校で家庭科の特別授業をさせていただいたり、ビジネス層にトークサロンを開いたりと。1日16人の人を幸せにするレストランも大切ですが、生産者や従業員、そして社会全体に影響を与えるようなことも、シェフの仕事と両輪で回していきたいと思っています。
Profile
薬師神 陸(Riku Yakushijin)
シェフ/カリナリープロデューサー 1988年愛媛県生まれ。2008年に辻調理師専門学校を卒業後、最年少で同校講師に就任。2020年12月に東京・虎ノ門にレストラン「unis」をオープン。半年先まで予約がとれない人気店に。料理人同士や企業と繋ぐシェアキッチン「Social Kitchen TORANOMON」のディレクターも務め、商品開発やイベント企画など食にまつわる事業を幅広く展開する。
Photos: Tamon Matsuzono Text: Yuka Kumano Editor: Saori Asaka