テーマは体験と感情。
グウィネス・パルトロウが作家兼プロデューサーの夫、ブラッド・ファルチャックと住まうモンテシトの家に、彼女が経営するgoopを思わせるウィットの効いた斬新さを期待しているのなら、それは期待外れだと最初に注意しておこう。植物由来のデトックス効果がある無重力ポッドもなければ、発酵用のカバナも、クリスタルの力を借りたスウェットロッジ(ネイティブアメリカンの治癒と浄化の儀式)もない。しかし、心、体、魂を浄化するためにデザインされた要素は豊富にある。ひとつひとつはさりげなくセンシティブだが、どれもウェルネスを重視してつくられたものだ。
パルトロウはこう表現する。
「この家の良さは、光と空間のさりげなさにあります。デザインするにあたり、私たち家族の生活パターンや優先順位、価値観を見直すことに多くの時間を割きました。そうして出てきたテーマが、体験と感情でした」
パルトロウが最初にモンテシトの魅力に取りつかれたのは、カリフォルニア大学サンタバーバラ校に2学期間在籍していた時だ(その後彼女は、女優としてのキャリアを優先し中退している)。
「サンタバーバラには昔から惹かれていました。ロンドンに住んでいた時も、子どもたちとのホリデーはそこで過ごしていました。私たちにとって、特別な静養の地だったんです」
2015年にここを訪れた時、パルトロウは彼女が「お気に入り」と呼ぶ不動産アプリ「Redfin」を開き、古家付きだが大きな可能性を秘めた広い土地が売りに出されているのを発見した。
「まるで『グレイ・ガーデンズ』(社交界から退き、荒れ果てた家でひっそりと暮らすケネディ家の親戚を描いたドキュメンタリー)のようでした。野生の動物が住み、虫だらけだったけれど、土地と眺望に一目惚れしたんです」
そこでパルトロウは、家を一から建てるという夢を叶えるため行動を起こしたが、「それが、長く困難な道のりの第一章でした」と、家を建てる際に避けられない技術的な問題、予想外の遅れ、実存的なジレンマなどに触れ、皮肉を込めてそう語る。このプロジェクトに取り掛かるにあたり、パルトロウは旧知の仲であるロビン・スタンデファーとスティーヴン・アレッシュに声を掛けた。彼らが設立したローマン アンド ウィリアムスは、ニューヨークのトライベッカにある彼女のロフトやgoopの最初のポップアップショップ、ブレントウッド・カントリー・マーケット内にあるgoop初の旗艦店の設計を手掛け、AD100にも選ばれている。「スペック重視のニューヨークのアパートも、ロビンとスティーヴンの手にかかるとエレガントに変身するんです。2人が生み出した静寂を再現してほしかった。プロジェクト開始時、私の子どもたちはもっと小さかったし、私とブラッドはまだ結婚していませんでした。だから、未来の自分のために、構想を練っていったんです」とパルトロウは説明する。
家には、住む人の特徴や精神が反映されるべきである。
彼女の言葉を借りれば、この家のデザインは「古いヨーロッパの農場の中に建てられたパリのアパルトマン」。「高い天井、あふれる陽の光。広々としているけれど、同時に隅々にまで視線が行き渡る」と表現する。ローマン アンド ウィリアムスのチームは、旧ヨーロッパの納屋の飾り気のないフォルムと控えめな気品に着想を得て、クラシックとコンテンポラリーを巧みに結びつけるコンセプトを採用した。細長いモノリシックな構造で、居住空間はほぼ1フロアに配置されている。屋根はこけら板で、外壁はモルタルなどの接着剤を使わないドライスタック構造特有の不規則なリズムが特徴の、古色を帯びた質感を模した石壁だ。家を建てるなら環境配慮型でなければというパルトロウの思想を反映し、太陽光発電と生活排水を再利用するグレイウォーターシステムを導入した。「家には、主のフィジカルな特徴と精神が反映されるべきです。この家はグウィネスの身長と美しさが、背の高い骨組み、スリムなプロポーション、丸みのある角、スレンダーな型枠に反映されています。とても精密で思慮深い空間なのです」とスタンデファーは説明する。
スタンデファーはまた、家の精神とアイデンティティを確立するには、職人の技と材質が重要であると強調する。特注のピューター仕上げのブロンズのドアから、アンティークのマントルピース、広々としたリビングルームに据えられた独立型のオニキスのバーなどがそれを表現する。カラカラ浴場とアマンリゾートが融合したかのようなホームスパには、ローマン アンド ウィリアムスのフォルム、フロー、プロポーション、材質、色、質感に対するセンスと技が凝縮している。スタンデファーはこう振り返る。
「歴史的な趣のある浴場を、意外性のあるペールグリーンのタイルで覆いました。普通はない組み合わせから生まれる緊張感やボルテージを模索したいと思っていました」
トラディショナル/コンテンポラリーの従来の定義や価値観を超えて。
パルトロウは自らを「家具狂い」と称するほどの家具好きで、初めは内装を自分で手掛けるつもりだった。
「名品をいくつか手に入れればいいだけだと思っていたけれど、注意すべきことがたくさんあり、自分では力不足なことに気がついたんです」
最終的にAD100に選ばれたデザイナーで、20年来の親しい友人でもあるブリジット・ロマネクをチームに招き入れた。
「ブリジットは私よりもコンテンポラリーですが、おもしろいことになるのは分かっていました」
一方のロマネクは、自分の役割をこう説明する。「グウィネスは、求める雰囲気やエネルギー、ナラティブまで、自分の欲しいものを正確に把握していました。私の仕事は、そのアイデアを楽しく美しく表現することでした」。そうして完成したインテリアは、建築と同様に、トラディショナル/コンテンポラリーについての従来の定義を超えて、繊細な色と有機的なテクスチャー、力強くシンプルなフォルムが見事に調和している。とりわけダイニングルームには、古さと新しさ、柔らかさと硬さ、繊細さと強さのダイナミクスが顕著に表れている。ロマンティックな風景が手描きされた壁紙が、はっとするほどコンテンポラリーでグラフィカルな照明や家具を取り囲む。「グウィネスの興味はスタイルそのものよりも、実質にありました。美しさは重要ですが、それ以上に雰囲気や動きを気にかけていました」とロマネクは言う。
家具の多くはパルトロウにとって思い入れのあるものばかりだ。たとえばリビングの天井から下げられたリンジー・アデルマン(Lindsey Adelman)の照明は、パルトロウが「この部屋のために自由に作って」とアデルマン本人にオーダーしたもの。「この穏やかな空間に、突然アートが進入したみたいでしょう? まるでパンクロックジュエリーが広がる野原みたい」。また、部屋の壁沿いに設置されたジム・ジヴィック(Jim Zivic)のハンモックは、ロサンゼルスのブレントウッドにあるパルトロウの家から持ってきた。無骨でインダストリアルな佇まいだが、こちらもジュエリーのようなディテールを備えている。
パルトロウに6年を要した家づくりの経験から得た教訓について聞いてみた。
「こうしたプロジェクトには困難がつきもの。だからこそ、全体像を見失わないようにすることが大切です。この家からは、忍耐と感謝について多くのことを教わりました。デザインの整合性と個性を大切にすれば、後悔することはありません」
Photos: Yoshihiro Makino Original Text: Mayer Rus Styling: Colin King Translation: Umi Osakabe