『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2023)【みたらし加奈(臨床心理士)】
マルチバースとカンフーが注目されやすい『エブエブ』。個人的に推しているA24が制作した最新作ということで、わくわくしながら映画館で鑑賞しましたが……。この映画は、(私からすれば)完全に「カミングアウトの家族歴」でした。
同性のパートナーをいくら「恋人」と紹介しても「友だち」と呼ばれてしまうあの息苦しさ。親にはカミングアウトできたとしても祖父母にしにくい……という大きな諦め。私が特に「うっ…」となったのは、主人公のエブリンが娘の彼女を“He”と呼び、「“She"だよ!」と反論されるところ。同性パートナーを持つ当事者が「わかるわかる」となるような悲しいあるあるが、かなり繊細に描写されています。それがとにかく重たかった。
そんなにも重たく感じた本編を、なぜ私がおすすめするのか。その理由は、この「リアルさ」。LGBTQ+当事者のリアルが「映画を盛り上げるスパイス」として利用されていないから、です。日常の中で感じる小さな「うっ…」という感情が、信頼関係を歪めたり、その子自身の人生を生きにくくしている。それがすごくリアルに描かれている映画だと思います。あとは「親から見たらこんな感じなんだろうなー」と思いながら鑑賞しました。社会や体制への復讐、家族とのコミュニケーショの難しさ、それでも分かりあおうとするパワー。テンポよく進むなかで心がふわっと軽くなることも。おすすめの映画です。
『きのう何食べた?』(2021)【田中史緒里(keuzes代表)】
私が今まで見てきた多くの恋愛映画やドラマでは異性同士のカップルの出会いから結婚、そして家族を作るという幸せなシーンが多く、感動する反面どこか自分ごととしては考えることができず、作品自体に完全にのめり込む事ができませんでしたが、この作品は同性カップルのリアルで自然な日常、そして同性カップルならではの苦悩や葛藤も描かれており共感する場面がとても多いと感じた作品でした。
まだどこか当事者は辛い思いをしているのではないか、同性カップルは異性カップルとはなにか違うのではないかと思っている人も少なくないと思いますが、異性や同性関係なく日常の幸せを感じる部分は同じで、その一つとしてご飯を一緒に食べるという時間が多く描かれていることもこの作品が大好きな理由の1つです。
LGBTQ+だからどうかというわけではなく、愛し合う2人がただそこにいて、同じ家に住み、2人だけの幸せな時間を過ごす。そんなシンプルなようで1番これが幸せだよねと改めて感じさせてもらえる作品です。
「セックス・エデュケーション」(2019~)【KAN】
性的マイノリティの登場人物が映画やドラマで自分の権利を主張したり、自分らしく生きようとしたりすると、最後は亡くなってしまうなどの悲劇的な結末を迎える作品が少なくないと感じます。悩みはあるかもしれないけど日常を幸せに生きようとする、視聴者に勇気や希望を与えてくれる性的マイノリティが登場する作品がもっとあってもいいと思うんです。
セックス・エデュケーションは今も続いているシリーズなので今後の展開はまだ分かりませんが、登場する性的マイノリティのキャラクターたちは悲劇的な結末を迎えることなく、自身のセクシュアリティについてや家族や友人、社会との関係に葛藤しながらも、自分らしく生きていこうとしています。僕はその姿を観ることで、キャラクターたちと自分を重ね合わせ、生きるエネルギーをじわじわと受け取っているので、この作品を選びました。
『ハーヴェイ・ミルク』(1984)【橋口亮輔(映画監督)】
初めて渡米したのは30年前。ニューヨークとサンフランシスコのゲイコミュニティとその文化、開放的な空気とエイズに向き合う人々の生と死のコントラストに文字通りのカルチャーショック。「クローゼットから出てカミングアウトしよう!」と叫んだミルクの半生を映画で初めて見て、“一人の人間が誇りを持って世界と向き合う”姿に心を揺さぶられた。(カリフォルニア州サンフランシスコの地域でLGBTQ+コミュニティの聖地といわれる)「カストロ通りの市長」と呼ばれたミルクだが、そのカストロ通りに自分が立ったときは何とも言えない高揚感があった。それにしてもあの時はモテたなぁ。二丁目も行ったことなかったのに、通りを100メーターほど歩いただけで10人には声を掛けられた(笑)。
「POSE/ポーズ」(2018~2021)【西村宏堂(僧侶・メイクアップアーティスト)】
80年代のNYを舞台に、トランスジェンダー女性が差別や偏見の目を感じながらも、夢を実現するドラマ「POSE/ポーズ」は、人とは異なる自分の美しさに自信を持てなくなったときに希望を与えてくれます。人気テレビ番組「Glee」の監督でもあるライアン・マーフィーのドラマチックで楽しい演出を通してLGBTQ+の歴史を学べるのも魅力。トランスジェンダー女性の華やかな結婚式のシーンは印象的で、私もこういうことが実現できるんじゃないかと初めて感じました。
さらに、ブランカ・エヴァンジェリスタ役を演じたMJ・ロドリゲスはゴールデン・グローブ賞を受賞し、エンジェル役のインディア・ムーアは『VOGUE』の表紙を飾り、実際に会う機会があったエレクトラ役のドミニク・ジャクソンはヴァレンティノ(VALENTINO)やミュグレー(MUGLER)のモデルとしても活躍しています。ドラマの中だけでなく、現実世界でも活躍している姿は夢と勇気を与えてくれます。また、私自身NYに住んでいたころにウォーキングを教わった方は、まさにこのドラマの舞台となった世界で生きる方で、ダンスなどを若者に教えると同時にHIVの検査や予防薬のPrEPなどについても啓発していました。何かを楽しみながら大事なことを伝えていくことの大切さをこのドラマから学び、今の私の活動や生き方のインスピレーションとなっています。
『Reel in the Closet(原題)』(2015)【久保豊(映画研究者)】
『Reel in the Closet(原題)』(2015)。監督:Stu Maddux。
1972年、NYのゲイ・プライド・パレードに参加するトランス/エイズ・アクティビストのマーシャ・P・ジョンソンのクロースアップから始まる本作は、20世紀の北米に暮らしたクィアな人々の記憶をホームムービーの発掘を通じて現代に蘇らせる。1930〜1980年代に8ミリフィルムやビデオで撮影された個人の映像には、かつてそこにいたかもしれない「わたしたち」の笑顔と闘いが鮮明に刻まれている。フィルムに残されたノイズすらも愛おしい本作には、商業映画では決して描かれることのなかったプライドの力強い息吹が感じられ、同時に、映像アーカイブの大切さを見出すことができる。断片的なクィアな記憶を繋ぎ合わせ、プライドの政治的な歴史を紡いでいくこと、本作はその実践を見事に達成する一作である。
『アグネスを語ること』(2022)【レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜】
セクシュアル・マイノリティの歴史の多くは、当事者を研究の対象としか見てこなかった学者たちによって語られてきた。『アグネスを語ること』が取り上げるのも、1958年にトランス女性のアグネスが参加した性障害に関する研究だ。2017年まで未公開だった他のトランスジェンダーの参加者の記録が発見されたことをきっかけに制作された本作は、この研究記録の内容をトランスジェンダーの文化人が再現することで、剥奪されてきた歴史を語る主体性を取り戻し、今を生きる当事者の立場から過去を見つめ直す。アグネスを「トランスペアレント」のザッカリー・ドラッカーが演じ、「POSE/ポーズ」のアンジェリカ・ロスらが共演。サンダンス映画祭や第28回レインボー・リール東京〜東京国際レズビアン&ゲイ映画祭〜で上映された話題作だ。
#PRIDEwithVOGUEJAPAN
Text: Kana Mitarashi, Shiori Tanaka, Kan, Ryosuke Hashiguchi, Kodo Nishimura, Yutaka Kubo, Rainbow Reel Tokyo Editor: Mina Oba