「先日、アメリカ最高レベルの精神病院、マクリーン病院へ行ってきました。ここずっと、あまりにも多くの異変が自分に起きていたから。そうしたら、双極性障害だということがわかったんです」
2020年4月に歌手のマイリー・サイラスのインスタライブ「Bright Minded: Live With Miley」にゲスト出演したシンガーで俳優のセレーナ・ゴメスは、自身が双極性障害に罹患していることを初めて明かした。
’15年に自己免疫疾患で難病指定の全身性エリテマトーデスと診断され、’17年には腎臓移植手術を受けたセレーナだったが、これらの治療に取り組む中で、強度の不安やパニック障害、鬱など、さまざまなメンタル面での不調を経験するようになったという。自身の気持ちの振り幅があまりにも大きくなっていることに気づいた彼女は、自身のメンタルを脅かすものの正体を掴むため、先の病院を訪れたのだ。
「私の出身地テキサスでは、メンタルの不調を話すことは好ましくないとされています。だから家族にも打ち明けられず、目に見えないものに苦しめられる恐怖と不安に飲み込まれそうになりました。でも、自分を苦しめているものの正体を知ることができた時は、随分気持ちが楽になりました。もう恐れるものはありません」
100人に1人が罹患
誰だって気分がひどく落ち込む日もあれば、やる気に満ちて活動的になる日もある。しかし、普段とは明らかに違うテンションで極端な行動をしたり、憂鬱になり無断欠勤が続いてしまうなど、激しい躁鬱状態を繰り返し、社会生活に明らかな支障を来す場合は双極性障害が疑われる。「躁状態」の時には、気分が高揚して誰彼構わず喋りかけたり、全く眠らず動きまわるなど活動的になるが、本人にその自覚はない。一方「鬱状態」になると、一日中憂鬱な気分に苛まれ、眠れなくなるか過眠傾向に陥ったったり、食欲が低下したり、身体を動かす事さえ困難になるという。
鬱状態にある時は、いわゆる「鬱病」と症状が似ているため見分けが難しい。これらの病は脳の働きと密接に結びついており、現時点で未だ脳の全容解明には至っていないことから、病の研究は進んではいるものの、その発症等のメカニズムがよく分かっていないからだ。また、発症の原因もさまざまで、脳内分泌物の不均衡や、多くは遺伝性か本人のストレスに対する耐性も起因すると考えられている。そのため、「鬱病」か「双極性障害」かの正確な診断を下すには、平均して7年半もの時間がかかることもあるという。加えて、両者に用いられる治療薬は全く違う場合もあるため、日常の些細な異変を見逃さないなどの早期の発見が重要になる。つまりセレーナが早々に専門医を受診し「双極性障害」と診断されたことは、より効果的な治療ができるという点で、ある意味幸運だったと言えるのだ。
「心身ともに健康であることを維持するために、何か不調を感じたら一人で抱え込まずに即行動する。それが私のモットーです」
欧米での双極性障害の有病率は2~3%、日本では0.4~0.7%と言われ、およそ100人に1人の頻度で発症する。つまり決して珍しい病気ではないのだ。その年齢層も中学生から老年までと幅広く、誰にでも罹患するリスクがある。そして当事者には罹患している自覚が全くないと言われるだけに、家族など周囲の人による気づきが発症や症状の進行を防ぐ鍵を握っている。
私の公表が誰かの支えになれば
「ツアー中はとても孤独を感じ、自己肯定感もゼロ。ただ気分がものすごく落ち込んで、強い不安に苛まれ、ステージ前後にはいつもパニック状態。きっとファンは楽しくないと思ってるに違いない、という妄想にかられてしまうのです」
’17年、US版『VOGUE』にこう打ち明けていたセレーナ。メディアにプライベートを詮索され苦痛を感じたときも、恋人と別れたときに受けた心理セラピーで精神を回復させたときも、そして今回の新型コロナウイルスによるパンデミックで、自粛期間中の初期にうつ状態に陥ったときも、彼女は自身のメンタルヘルスについてオープンに語ってきた。
それだけではない。セレーナは’20年7月に自身のビューティブランド「Rare Beauty」から「Rare Impact Fund」という基金を立ち上げ、ブランドの収益を通して10年間で1億ドル(約108億円)をメンタルヘルスサービスと啓蒙活動のために寄付することを目指している。同時に、イェール大学のエモーショナルインテリジェンス研究センター所長のマーク・ブラケットをはじめとする大学や政府機関の専門家で構成されたカウンシルを立ち上げ、メンタルヘルス対策の強化に尽力している。
さらに、’22年にApple TV+で公開されたドキュメンタリー『セレーナ・ゴメス:My Mind & Me』は、6年にわたって彼女を追い、キャリアだけでなくメンタルヘルスとの闘いまでを詳細に描き、同番組とともに発表された主題歌「My Mind and Me」は今を生きることに苦しさを感じている人の心に寄り添うアンセムとして多くの人に愛されている。
「メンタルヘルスを語ることで、キャリアに悪影響を及ぼしたこともありました。それでも私は、すべてを包み隠さず話すべきだと確信しています。私が話すことで、誰かの助けになるのなら」
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Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba
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