カロリナ・クルコヴァ / Karolina Kurkova
1984年2月28日生まれのカロリナ・クルコヴァ(Karolina Kurkova)は、チェコの小さな町、ディエシーン出身のモデル。プロバスケットボール選手の父を持ち小さいころから「背が高いのがコンプレックスだった」というカロリナ・クルコヴァだが、友人が15歳のころモデル事務所へ写真を送ったのがきっかけとなりモデルの道へ進む。デビューして間もない1999年にミラノへ渡り、プラダとミュウミュウとエクスクルーシブで契約。デビュー当時から有名フォトグラファーのマリオ・テスティーノから絶賛を浴びた。 2000年の春に米ニューヨークへと拠点を移し、17歳で『VOGUE』史上最年少のカバーガールに。以降何度も同誌の表紙を飾り、『ヴォーグ』編集長のアナ・ウィンターに「ネクスト・スーパーモデル」と称される。デビュー後の数年間で各国の『ヴォーグ』の表紙を25回、『ヴォーグ』以外でも27の雑誌の表紙を飾った。カロリナ・クルコヴァは、『ピープル』誌の「世界でもっとも美しい50人」に2度選ばれ、「VH1/Vogue Fashion AwardsVH1/Vogue Fashion AwardsVH1/Vogue Fashion Awards」の「Model of the Year」を史上最年少で受賞した。カロリナ・クルコヴァの最年少記録は、いまだに誰にも破られていない。2007年の『フォーブス』誌による「もっとも稼いだモデル」ランキングでは500万ドルで堂々5位に輝く。 2015年には『GQ』の「Women of the Year」を受賞。シャネル、イブ・サンローラン、セリーヌ、ヘルムート・ラング、ルイ・ヴィトン、ドルチェ&ガッバーナ、ヴェルサーチ、クリスチャン・ディオール ビューティなど有名を数多くのブランドのショウやキャンペーンに出演。2002年ピレリカレンダーにも起用された。この年、ヴィクトリアズ・シークレットのショウでは、およそ1500万ドルのジュエリーがあしらわれたファンタジーブラを纏って登場した。 2005年から3年間はVICTORIA'S SECRET(ヴィクトリアズ・シークレット)のエンジェルの1人としても活動。モデル界以外からも注目を集めるカロリナ・クルコヴァ。2009年公開の『G.I.ジョー』では、カバーガール役でスクリーンデビューを果たした。カロリナ・クルコヴァの身体的特徴として、幼少時に臍ヘルニアの手術を受けた際にへそを切除したため、へそがないモデルとしても知られる。 私生活では2009年に結婚した元海兵隊でドキュメンタリー映像作家の夫、アーチー・ドラリーとの間に、2009年25歳のときトビン・ジャックという名の男の子を出産、2015年11月に第2子となる男児ノア・リーを出産した。現在はモデルのオーディション番組「ザ・フェイス」でナオミ・キャンベルやココ・ロシャと審査員を務める。一方で、自身の立ち上げた児童福祉団体「The Beautiful Life Fund」の活動にも熱心に取り組んでいる。また、「Committee of Free Arts」のアンバサダーを務め、ニューヨークにおける虐待を受けた児童たちに向けて、アート活動を受けられる機会を与える取り組みを行うなど、社会貢献活動にも精力的に取り組んでいる。