既存のファッションストーリーには興味がない──。『VOGUE JAPAN』のヘッド・オブ・エディトリアル・コンテントのティファニー・ゴドイに、アンジェリーナ・ジョリーはこう切り出した。俳優、映画監督、活動家、そしてファッションブランド「アトリエ・ジョリー」の代表などさまざまな顔を持ち、アクティブに活動を続けるアンジェリーナ・ジョリーには、日本滞在中にやりたいことがあった。それは、伝統と革新の両面を持つ日本文化、そして自然界を守るアーティストたちと交流し、没入型体験をすること。体験と対話を通して、日本という国と文化を知りたいのだという。
さらに、ゲラン(GUERLAIN)とユネスコによって2020年に設立された女性養蜂家養成プログラム「ウーマン・フォー・ビー(WOMEN FORBEES)」のゴッドマザーであるジョリーは、短い滞在の間に東京と大阪で同プロジェクトの認知と普及活動に奔走した。
「養蜂家の方たちと過ごした時間は特別でした。子どもたちにミツバチ学習の授業を行ったのですが、みんな夢中でとても楽しい時間でした。『ウーマン・フォー・ビー』の活動は女性のエンパワーメントを図り、生物多様性の保全に貢献するということを目標に掲げていますが、それは一面にすぎません。ミツバチに囲まれた小さな子どもたちに、私たちが失う食べ物について話したり、それを回避する方法を話したり、このアクションは実に多面的なものなんです。とても小さなことのように思えるかもしれませんが、私たちはこれが正しい道だと信じていますし、子どもたちもそう感じてくれていると確信しています」
特別な一着があれば心も欲も満たされる
今回東京近郊で行われた撮影に対しては、こう本音を語ってくれた。「元来私は媒体問わず、ファッション撮影のようなことは、モノを売るのに協力している気がして、あまりいい気持ちはしないんです。ですが、撮影というのはもともと創造性と人々が一つになるためのものであるとも思っています。うれしいことに今回の撮影は、そういった撮影本来の目的を実現することができました。日本の文化を理解したふりをするつもりはありませんが、長く壮大な歴史の中で培われてきた技や慣習について学ぶことには大きな意義があると思っていました。なんでしたっけ? 無駄にしないという意味の日本語がありますよね? そう、『もったいない』。何かのムーブメントのようなものがあったわけではなく、モノ、技術、時間、それらをすべて尊ぶ。日本社会で自然とその概念が発展していったことが、この国の文化のすべてを語っていると実感しました」
今回の撮影でジョリーが着用したものは、彼女の強い希望ですべてサステナブルなアイテムで揃えられた。ジョリーは自ら体験することを、シェイクスピアの芝居に例える。
「何年も会話をするより、1時間の芝居を観るほうがより多くのことを学べるように構成されている、シェイクスピアの芝居に近い体験なのだと思います。実際に、藍染め体験においては、何世代も続く一家と話をし、少年を中心にみんなが笑顔になってつながり、そして新たなモノを創りだした。あの工房で一家と一緒に染めたコートを、私は彼らとの思い出とともに一生大切にするでしょう。そこがサステナビリティを語る上で、最も理解されていない部分だと思っています。たくさんはいらない、特別な一着があればいいということを。特別というのは高額なものという意味ではなく、丁寧に作られたものや、自分なりの価値があるものなのです」
思い入れのある一着の経年変化や欠点は、それを手に入れた瞬間の思いを刻んだタトゥーのようなものだというゴドイの言葉に、ジョリーは大きく頷く。
「おっしゃる通り。元の絵柄に違う柄を重ねて、新しい模様にすることもできる。そのときの自分の人生の出会いや経験を加えていくことができるんです。私も体中にタトゥーがありますが、長年にわたるさまざまな経験がそこに刻まれています。もちろん人生の失敗も(笑)。恥ずかしいことも含めて自分ですから」
サステナビリティはパンクである
自身をパンクだと形容してきた彼女は、ある出来事によりサステナビリティもパンクだと気づかされた。「カリフォルニアのヴィーガンレストランを訪れた際、そのお店の店長がパンクロッカーだったので、『変わっていますね』と言ったら、彼が『全然、普通ですよ』と言ったんです。最初は彼の言っている意味が理解できなかったのですが、考えてみると私にとってパンクであること、パンクの生き方というのは、売られているモノを当たり前として受け入れるのではなく、それが何を意味するのか疑問を持ち、考え、闘い、自分の道を行くこと。つまり、既存の体制やイメージに縛られず、自分の意志を貫く彼の生き方は、パンクそのものであるということに気づいたのです。私にとってパンクとは、人気と言われるものに飛びついたり、影響力のあるインフルエンサーに従ったり、あなたたちのような大企業が『今年のスタイルはこれ』と提示することに対するアンチテーゼなんです。その根拠はどこにあり、なぜ私たちは過剰消費を強いられているのか? なぜ私たちは特定のことをしたり、持っていなかったら物足りないと思ってしまうのか? 我々は意図してそう思うように仕向けられ、企業が望む消費サイクルに取り込まれてしまっている。ですから、一度そういった考えやメディアから離れて、それらがないときの自分はどうだったのか、私たち一人一人が考えてみる必要があると思うのです」
「アトリエ・ジョリー」設立の背後には、そういった世の流れに取り込まれないブランドをつくろうという思いがあったのだろうか。「私はファッション・ハウスやファッション・デザイナーになろうという気はまったくありません。誰でも参加可能で、自分のクリエイティビティを発見できるアーティストのコミュニティのような場所をつくりたかっただけなんです。そこに人々を招待しているようなイメージです。多くの偉大なアーティストがやって来てホームの一部になってくれることを期待する一方で、若いアーティストたちが自分らしくいられるこのホームを発見し、お互いに影響を与え合う、そういう集まりなのです」
自己表現とは何かを立ち返って考えることが必要
では、自身のアーティストとしての強みはどこにあるのか?
「おそらく私の長所であり短所でもあるのが、感情に正直なところでしょう。私は誰よりも人間的であるがゆえに感情的で、それが欠点でもある。だから、映画や旅行、あるいは今この場においても、私は人として、ほかの人たちとつながりたいと感じつつも、その感情がときに混沌を生むこともある。ですが、非常に信頼できるつながりをもたらすこともあるし、良い問題提起を投げかけることもあると思うのです」
こう語るジョリーに、ゴドイが「私たちが一緒に過ごした限られた時間の中で、経験の中に身を置き、それを最大限に生かそうとするあなたの強さを感じました」と言うと、ジョリーは「どうもありがとう。でも、この激しさがやっかいなときもあったでしょう?」と返した。
「夜も熟睡できないし、落ち着くこともない。5歳の頃からずっと落ち着こうとしていたけれど、それができなかった。でも、生まれつきそういう性格の人もいるのだと思います。ただ、私たちは皆、異なる個性を持って生まれてきたわけで、その違いや個性が世界をつくっていることに感謝をしなければいけません。私はハリウッドのアーティストに囲まれて育ちました。人々が〝芸術家〞と言われるアーティストを評価する一方で、ハリウッドのアーティストたちはセレブ扱いされ、その才能を正当に評価してもらえない場面を目の当たりにしてきました。そのせいもあってか、今でも書類などの職業欄には『俳優』ではなく、『自営業』と書いているくらいです(笑)。ところが、今こうして年齢を重ね、子どもたちが大人になっていくにつれて、私自身はアーティストとして落ち着きたいと思うようになったんです」
ジョリーが考えるアーティストとは商業や名声とは関係なく、ただ純粋にクリエイティブな人間として生き、クリエイティブな仲間とつながることを指す。
「世間でいう成功を手にしたり、有名になったりすると、セレブと関連づけられることを避けるようになるんです。『私はこういうことをやっている』と言いながらも、家族と一緒にいたいとか、もっと価値のある別の仕事をしたいとか。映画監督の仕事以外は、すべての仕事を切り離して考えてしまう自分がいる。そのために、長く続けたいと思える何かを見つけられず、それが私の人生だと自分を諭してしまう。それは、若い頃からハリウッドを避けてきたからだと思うんです。私の子どもたちもセレブや名声を好みませんが、とはいえ、彼らにはアーティストのコミュニティや純粋なクリエイティビティと関わりを持ってほしいと思っています。そして、多くの人にもそうなってほしいという思いから、『アトリエ・ジョリー』いう家を建てたのです。ドアを閉めれば、カメラを持たない人たちが心地よくいられる場所を」と語り、「なんだかあなた相手に、セラピーのようになってしまいましたね」と言って笑った。
最後にさまざまな人道プロジェクトに関わる彼女に、世の中に蔓延する混沌について、その心中を聞くと「世の中は元の場所に逆戻りをしていると感じる」と表情を曇らせた。
「若い人たちは不正を目にしたら、その不正と闘いたいと言いますが、年をとってみると、昔何度も闘い、変わったはずの不正義が、また闘う前の場所に戻ってしまっている。例えば、私の国連UNHCR親善大使としての初任務はアフガニスタンの国境で難民の帰郷支援をすることでした。私たちは一つのことのために闘っていると信じ、今後別の道を歩むことはないと思っていた。ところが、20年後にアフガニスタンはタリバンに引き渡されてしまった──。こういった状況に打ちのめされている人は大勢いるでしょう。この暗黒の時代に人々を守り、私たちが生きている世界を安定させるにはどうすべきか、その答えがわからないから余計に状況はひどいのだと思います。私はその解決の一端を担うのはコミュニティなのかもしれないと思っているんです。善良な人たちのコミュニティの一員になり、世界に蔓延する苦しみや痛み、暗闇といった現実を理解し、簡単には解決できないことを受け入れることが、今私たちにできることなのではないでしょうか」
そんな現状において、ファッション界に求められることは何かと問われると、ジョリーは穏やかにこう答える。
「まず、自分たちの欠点を認めてもいいのではないでしょうか? 若い人たちに、『これがないとダメ』と思わせるような、特定の考えを押しつけてしまっていることを認めることが重要だと思います。例えば誰かが3ドルのTシャツを手にして大喜びをしているとします。彼らがそのような選択肢を持てることをうれしく思いますが、一方でそれがどのようにして作られ、誰が搾取されているのかを問うことも重要です。自己表現とは何か、一度立ち返って考えてみることが大切だと思うのです」
Styling: Yoko Miyake Hair: Massimo Serini Makeup: Yuka Washizu using GUERLAIN for Angelina, Chacha for Bee Keepers at Beauty Direction Manicure: Naoko Takano at Nadine Prop Styling: Takashi Imayoshi Tailor: Azuna Saito Production: HK Productions Text: Rieko Shibazaki Styling Assistant: Miyabi Nara Special thanks to Naoko Aono and Re;PLACE KOISHIKAWA