今日のメトロポリタン美術館前の大通りは凍てつく寒さを反映した装いばかりで、歩行者たちはマフラーやツイードのコートをあごの先まで引き上げながら足早に通り過ぎていく。しかしまもなく、この通りを行き交う数多の人々の服は一変するだろう。セントラルパークの緑が薫り、アスファルトも温まる春には、柔らかい生地のドレスを着た人々が、美術館の階段のあちこちに佇む観光客たちとすれ違う。そして5月初旬になると、その階段をレッドカーペットが覆い、メットガラのために着飾ったゲストがカメラのフラッシュを浴びながら中に入っていく。昔からこの瞬間はハイファッションが最も輝き、衣装とそれを着る人の個性が互いに最も完全な形で生彩を放つときとなる。こうして美術館に入ったゲストたちを待っているのは、例年、歴史あるドレスの展覧会だ。かつてそれらを着ていた人々はこの世から消えて久しく、ドレスだけがそこに静かに佇んでいる。
同館のコスチューム・インスティテュートの首席キュレーターを務めるアンドリュー・ボルトンは午前中、美術館の薄暗い会議室で取材に応じ「いつも頭を悩ませているのは、衣服は一度美術館に収蔵されると、私たちが服を着たときに当たり前に体験している感覚の多くが失われてしまうということです」と、お茶を飲みながら説明した。壁には50点以上の衣服の写真がピン留めされている。「私たちが衣服を管理し、ここで半永久的に手入れできるというのは良いことでしょう。ですが、それには非常に特殊な条件が付随します。その服は触ることも、匂いを嗅ぐことも、着ることもできません。『音を聞く』こともできないのです」
テクノロジーで蘇る、衣服の歴史と軌跡
何世紀にもわたり、これらの感覚的な特性はファッションに付随する脇役的なものではなく、服を着るという体験やデザインにおいて不可欠な要素と考えられてきた。たとえば「スクループ」と呼ばれる衣擦れの音は、部屋の中で動いたときに重なった布地が触れ合って奏でる官能的な音として、ドレスのセールスポイントの一つとされた。また布製のボタンは香水を吸い取って香りを発散するよう、芯に脱脂綿を使っていた。ボルトンは「今、私たちがこうした情報を捉えることができたら、これらの衣服がかつてどのように着用され、どのように体にフィットし、どのように動いていたかを後世の人々が理解する助けになるはずです」と語った。
5月10日に開幕し、9月2日まで展示される「SleepingBeaut ies: ReawakeningFashion(眠れる美への追憶──ファッションがふたたび目覚めるとき)」は、ボルトンとコスチューム・インスティテュートが展示の限界を超え、長い間眠っていた衣服に命を吹き込み、美術館が開催する展覧会のあり方を刷新しようとする試みである。研究者チームの力とさまざまなテクノロジーを結集させ、歴史ある衣服がかつてどのように五感に働きかけていたのかという情報を抽出し、そのデータを展示する方法を編み出した。「この情報は展覧会だけでなく、ウェブサイトにも永久的に掲載されます」とボルトンは言う。
メトロポリタン美術館が新たな視点で自らのコレクションを見直せるようになったことも、この展覧会が美術館にとって画期的である理由の一つだ。この展覧会では、展示を充実させるという目的で他の団体からの貸与は一切受けていない。コスチューム・インスティテュートは、クリスチャン ディオール(DIOR)の花びらのようなドレスや、イリス ヴァン ヘルペン( IRIS VAN HERPEN)の蝶の羽のように繊細でドレープが美しいドレス、フィリップ・トレーシーのバラを逆さにしたヘッドピースなど、約75点を新たに購入したが、展覧会のインスピレーションはあらゆる点において、3万3000点を超える同美術館の既存のコレクションの中から自然に生まれたものだ。資料を留めたボードを指差しながら、ボルトンは「すべての収蔵品の写真がこのボードに貼り付けられたとき私が驚いたのは、その多くが自然界からインスピレーションを得ていたことです」と語った。 テーマというのは繰り返される。花、鳥、蝶の模様が複数あり、また大地、空気、水といった要素もコンスタントに登場していることに彼は気づいた。これらすべてが、展覧会の形式的な構成を形作ることになる。「ファッションが非永久的で儚いものであると同時に、循環的であり、再生すること。それが私の心に響くと同時に、自然が特に今日的な意味合いを持っていると考える理由となりました」
儚さを体現する衣服、研究を重ねたその蘇生法
展覧会のタイトルは、ボルトンが今回の目玉に位置付けた非常にもろくなった衣服を指している。触れるのもやっとの状態で、マネキンに着せるなどもってのほか、というほどデリケートな“スリーピング・ビューティー(眠れる美)”たちは、ケースの中で平らにならし、安らかに横たえなければならない。これらの衣服のほとんどは、保存修復の世界で言うところの「固有の瑕疵」を免れられない。つまり、使われている素材やパーツのつなぎ方のせいで不可逆的に劣化が進み、いつかは千切れてぼろぼろになってしまうのだ。これらの眠れる衣服たちの中に、ボルトンのチームはこの展覧会で展開する感覚的なプロジェクト、つまり衣服から失われた物理的特性を蘇らせることと、科学的な目標の両方を象徴するものを見出した。「この展覧会を機に、私たちは収蔵品の完全性を保ち、維持するために何をすべきか、もう少し深く考えることになりました」とメトロポリタン美術館の館長を務めるマックス・ホラインは言う。「こうして得たノウハウは体験をより豊かにする方法だけでなく、収蔵品の個々の真正性を蘇らせる方法を理解するのに役立つでしょう──そして、美術館の他のエリアにも影響を与えるでしょう」「衣服は、ただハンガーにかけたり、マネキンに着せたりするために購入するのではありません」と写真家のニック・ナイトは言う。「私たちは服に夢を抱き、服を通して人生を生きているのです」。少し前に、ビョークのミュージックビデオでアレッサンドロ・ミケーレが手がけたグッチ(GUCCI)の特注ドレスを元にデジタルアニメーションを制作したナイトが主宰するデジタルファッションカンパニー、SHOWStudioは今回、ボルトンと協力し、2点の衣服を同様の方法で蘇らせた。またいくつかの重要なドレスは、平面画像の投影が3次元空間の物体に見えるペッパーズ・ゴーストと呼ばれるホログラフィの視覚トリックで命を吹き返す。
コスチューム・インスティテュートは視野をさらに広げ、これらの衣服が着用されていた当時の人々の身のこなし、香水、習慣など、社会環境におけるさまざまなことを丹念に研究してきた。「ここにはボールガウンが何着かありますが、それを着て舞踏会に出かけることもあったでしょう」とナイトは説明する。「どんなふうに扇子を持ち、シャンパングラスを掲げ、カーテシーをしたり頭を下げたり、あるいはダンスをすればいいのか。そのどれもが重要な環境に、これらのドレスは存在していたわけです」。今回の展覧会は衣服を展示するだけでなく、その衣服に出会ったときの体験も再現する。「150年前の舞踏会で誰かに出会ったとしたら、どんなふうに感じるでしょう? なぜ……胸が躍るのでしょう?」
“眠れる美”を起こす理由
今、コスチューム・インスティテュートのオフィススペースの奥深くでは、修復士のエリザベス・シェーファーがドレスのパネルに合わせて裁断された半透明のシート、マイラーフィルムを広げている。スタジオは実験室のような雰囲気で、明るく静かで、さまざまな機器であふれている。メトロポリタン美術館の厳格な基準に照らしても、ここは並外れた配慮の行き届いた場所だ。金属製のテーブルには美術品を保護するために白い布がかけられ、出入り口の内側には、入室者の靴底に付着したごく小さな粒子も取り除くために、足拭きマットが粘着面を上向きにして床に固定されている。じっと耳を傾け穏やかに話すシェーファーは、切り取られたマイラーフィルムをテーブルの上に並べた。「こちらはドレスを縫うための原寸大のモデルとなります」と彼女は説明する。眠れるドレスを構成する各パネルから型紙をとることで、本体を損ねることなく構造に関する情報を収集することができる。パターンをマイラーフィルムから紙に転写し、グリッドで印をつけると同時に、ドレスをデジタルでもレンダリングする。デジタル処理されたフォルムは、理論上、永久に存在できる。「これらの情報はすべて、ドレスに命を吹き込むために使われます。それは3次元のもの、つまり体に着せた状態であるだけでなく、体を動かしたときの状態も含めています」とボルトンは言う。
テーブルの上に置かれている「標本」は20世紀のクチュールの基礎を築いたハウス・オブ・ウォルトの英国人デザイナー、シャルル・フレデリック・ウォルトが1887年頃に手がけたケープで、今回の展覧会全体にインスピレーションを与えた眠れる一着だ。かつてアスター家の人物が所有していたこの衣服は、展示品の中でも最ももろい状態にあり、縦糸がなくなってしまったのが悩みの種となっている。この劣化したケープはサテンの長く光沢のある繊維がすり減って縦に裂けており、筋状になった生地は羽を思わせる。眠れる衣服の多くがそうであるように、ドレスを手に取ることは、たとえどんなに繊細な扱いであっても、劣化を早めることになる。それでもボルトンは、全盛期のウォルトのケープがどのようなものであったか詳細な情報を収集する機会と考えれば、取るに値するリスクだと判断した。「確かに引き出しにしまってもう二度と、絶対に見ることがなければ、劣化を遅らせることはできるでしょうが」と彼は言う。「だが、そこにある価値とは何だろうか」
彼がキュレーターとして下したもう一つの決断は、今は色あせ、美しいパステルカラーになっているドレスを、元の色に蘇らせることだった。修復作業用のスタジオを出たところにあるオフィススペースでボルトンと席に着いたシェーファーが、縫い目付近のシフォンの切れ端をじっくりと観察する。日焼けによる退色がないこの部分をパントン社の色見本と照らし合わせ、そこからデジタルで再現してペッパーズ・ゴーストに色をつけるのだ(チームは分光測色計を用いた分析も行い、オリジナルの色を特定している)。
シェーファーはスクリーンに映し出された色を見ながら、「ここは少しおかしい」と指摘する。「これはイヴニングドレスですから、夜にしか着られないはず。ガス灯や初期の電球は、とても暖かみのある色調でした」
彼女はナイトのチームが送ってきたアニメーションのドラフトを再生し、ドレスの動きをじっと眺めた。コンピューターで描かれたドレスを着たアバターがくるくると回りながら勢いよく踊り、空中に向かって膝を蹴り上げているように見える。ボルトンは眉をひそめた。「なんだかミュージカル『王様と私』みたいだね」と穏やかに言う。
シェーファーがぐっとスクリーンに近づく。「シフォンはちょっと弾みすぎているし、下に何層も重なっているのが考慮されていないように思います」と彼女はつぶやいた。
衣服の再生に不可欠な「音」と「香り」の分析
動きに関する研究が保存修復の作業において異例だとすれば、「Sleeping Beauties」展にはさらにその上を行く奇妙な点がある。この展覧会は主に「音」を基盤としているのだ。修復作業室には、フランチェスコ・リッソがマルニ(MARNI)の今年の春夏コレクションのためにデザインした、アルミニウムの花で覆われた華麗で色彩豊かなドレスも置かれている。メトロポリタン美術館が最近購入した収蔵品の一つであるこのドレスは、ニューヨークのビンガムトン大学の無響室から戻ってきたばかりで、ボルトンはそこで花同士が触れ合ったときの硬質な音を録音した。これと同じプロセスは歴史あるドレスの衣擦れの音を記録するのにも用いられており、どちらの音声サンプルも展覧会で披露される予定だ。
だが、このマルニのドレスを選んだ本当の理由は音ではなく、香りを連想させるデザインにあるとボルトンは説明する。リッソはこのドレスが登場したランウェイショーの招待状で、自分が14歳の時にパリで開かれたパーティーで魅惑的な香水と出会い、その後、大人になってからもその香水や香りを纏っている人を見つけようと街をさまよい歩いたと語っている。
この展覧会の主要な協力者の一人に、ベルリンに拠点を置く香りのアーティストであり嗅覚の研究者でもあるシセル・トラースがいる。彼女は匂いの世界を創造し、また記録する作品を生み出すパイオニアだ。化学者、言語学者として研鑽を積んだトラースは、故郷ノルウェーの小さな島から7年間かけて、あらゆる匂いを嗅ぐことを目標に世界中を旅した。「犬になるのが好きだった」と言う彼女は「香りの膨大なデータベースを構築し、記憶、言語、耐性の面で匂いの重要性を理解する術を身につけました。そうして7年の旅を経て、この世界のすべてを知る準備ができたのです」。
トラースはコスチューム・インスティテュートの展覧会のために、1年近くかけて衣服とその着用者のそれぞれに関連する香りを分析した。研究の成果は展示の一部として採用される予定で、特定の香りは展覧会が開かれるホールに合わせて再解釈され、来場者も嗅ぐことができる。「ドレスから匂い立つ香水だろうか/私の気をこれほどそぞろにさせるのは」。詩人のT・S・エリオットは20世紀初頭にそう書いた。メトロポリタン美術館で、当時の香りに出合うことができるだろう。 花をテーマにした一室では、花をモチーフにした帽子がずらりと並ぶ。別の部屋は、20世紀初頭の社交界の名士だった慈善家ミリセント・ロジャースに関する展示スペースだ。「この女性が使っていたさまざまなものから発せられるものを、文字通り分子レベルで分析しています。彼女の体の香り、習慣、文化、ルーティン、食べ物なども」とトラースは言う。科学的データと芸術の感覚的な神秘が、互いの中から浮かび上がる。「私は空間に“香りづけ”をしているのではありません」と彼女は説明する。「衣服に隠された情報を際立たせたり、増幅させたりしているのです」
ロジャースのコレクションには、スキャパレリ(SCHIAPARELLI)が1930年代に発表した有名な種袋のドレスも含まれている。デザイナーがより美しくなろうとして自分の口の中に種を含んで体の内側に庭を作ろうとした、という過去のエピソードを表現したドレスで、ファッションの個性と特異性を表している。一人の人間の感性は、それだけで恍惚の域に達することもあるということだ。ロジャースのコレクションとは別に、クリスチャン ディオールの定番となった「ヴィルモラン」ドレスもある。これはディオールの母親が種子会社ヴィルモラン = アンドリューの種のカタログを愛読しており、ディオール自身もガーデニングが大好きだったという幼少期を反映した作品だ。さらに、キャベツにそっくりに作られたバレンシアガ(BALENCIAGA)の華やかな帽子のほか、女性が普段の歩幅では歩けないくらい裾幅が極端に狭い、戦前の一時期に大流行したホブルスカートは、どこか不格好なのにシックというデザインの見事な成功例と言えるだろう。蝶をテーマにしたチャールズ・ジェームスの眠れるドレスと並んで展示されるのは、サラ・バートンが手がけた首まわりにいくつもの蝶の羽をあしらった驚きに満ちたバタフライドレスだ。
今回の展覧会に並ぶ“スリーピング・ビューティー”たちの中で最も意外性に満ちた作品の一つは、ジョナサン・アンダーソンがロエベ(LOEWE)のために制作した、農業的な視点から表現すれば、草の種を蒔いたコートである。時間の経過とともに草が生え、緑が青々と茂ると毛皮のようになる。当初、ボルトンはこの生きた状態のコートを展示したいと考えていたが、それには水分を与えるための手の込んだ装置や栽培用の照明が必要だった。結果、夏のカリフォルニアの丘のように草が枯れてしまった、すでに成長を終えたバージョンが展示され、またそのそばに草が芽吹くところを収めたタイムラプス動画が映し出されることになった。アンダーソンがこの展覧会に提供したもう一つの作品は、中央に一輪のアンスリウムを大きく再現した衣服だ。これはガーデンギャラリーの一部として展示されるが、ランウェイに登場したとき以上にオブジェらしく見えるだろう。「衣服が彫刻作品のようになるのが好きなんです。フォルムを立体的に捉えると、それがどのように体と相互作用するのかが見えてきます」と彼は説明する。ロエベはこの展覧会のスポンサーで、アンダーソンは、衣服の物理的な特質をこのような形で引き出しているのが展覧会の魅力の一つであり、感銘を受けたとコメントしている。「アーカイブから何かを取り出し、それを再検証し、古いものの中に新しさやストーリー性を見出そうとするとき、どうすれば新しい観客を惹きつけながら、同時に『過剰な説明』を避けることができるでしょうか?」と彼は問う。
一方、この展覧会の技術面での最大の見どころは、驚くほど大胆である。ジャズエイジのニューヨークの社交界で輝いたソーシャライトで女優のナタリー・ポッターが1930年代に着用した精妙なウエディングドレスが、OpenAIによって展覧会のために特別にデザインされたインタラクティブインターフェイスで蘇る。OpenAIの技術者であるアイサ・フルフォードは、「メトロポリタン美術館のチームは、ナタリーや彼女の人生、ドレスに関する多くの文書や事実、資料を提供してくれました」と言い、「私たちはAIがナタリーの話し方や声色で来場者とどのように対話するか、モデルにカスタムインストラクションを与えた上で、彼女の人生や、ドレス、結婚式などに関するすべての情報にアクセスできるようにしました」。これにより、来場者はAI版「ナタリー」とテキストでやり取りができ、彼女から具体的な答えが返ってくる。ボルトンは「来場者がその衣服に関わる中で、能動的な反応を示す服というものを見せたいと思いました」と説明する。「どの展覧会に行っても、展示されている作品があまりに受動的であることが少し不満だったのです」
展示会場の雰囲気を演出するのは「動き」だ。これほどセンシュアルな展覧会のために物理的な空間を形作るのは至難の業であり、ボルトンはニューヨークのチャイナタウンで兄弟が運営している建築事務所、リョン・リョンに白羽の矢を立てた。リョン・リョンは昔ながらのギャラリーのような空間ではなく、一本の曲がりくねった廊下が真珠のネックレスのように丸いドーム型の複数の部屋を貫く、没入感のあるスペースを構想した。ドミニク・リョンは、「展覧会のデザインは複数のエピソードに分かれた構成で、一つの部屋から別の部屋へと移りながら次のエピソードを見ていくスタイルです」と説明した。多くの部屋は、科学的な客観性を象徴するベル形のガラスの保存容器を模したガラスケースが中心に置かれている。一方、眠れる衣服たちは、会期中、ケースの中に横たわるように収められ、すりガラスに囲まれて幽霊やホログラフィのような雰囲気を醸し出す。
会場に到着すると、まずウォルトの眠れるドレスと対話するように置かれたコンスタンティン・ブランクーシのブロンズ像が目に入る。その近くには、ウォルトのドレスがインスピレーションを与えた現代の衣服として、アレッサンドロ・ミケーレがグッチのために制作した作品も展示されている。そこから先へ進むと、シルクに描かれた植物であふれる空間に入る。これは中国の技法を18世紀にヨーロッパ人が模倣したもので、さらにそれをメアリー・カトランズがアップデートした作品もその近くにあわせて展示されている。それに続く小部屋には経糸捺染という模様や絵柄を美しくかすれさせる技法を用いた作品が集められ、ホログラムと呼応させている。
そこから、展覧会は自然主義的なテーマへと開花していく、とボルトンが興奮気味に早足で美術館を案内しながら説明する。触覚に焦点を当てた部屋には、ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)が2013年に制作したミス ディオールのドレスが展示され、触ることのできるスケールモデルも用意されている。次に登場するのはゴッホの部屋。ここには彼のアイリスを題材にした絵画からインスピレーションを得たサンローラン(SAINT LAURENT)のジャケットと、同じくゴッホのひまわりの作品にインスパイアされたロダルテ(RODARTE)のドレスが語らうように置かれている。そして次のポピーの部屋は、写真家アーヴィング・ペンの作品から着想を得たアイザック・ミズラヒの流血したようなポピーのドレスが中心となっている。ポピーは18世紀に作られた複雑で精緻なフランスの宮廷服に刺繍されたデイジーにつながり、さらにデイジーはスピタルフィールズのシルクへとつながり、そのモデルとなったオリジナルの水彩の植物画があわせてプロジェクターに映し出される。さらに、スピタルフィールズはチューリップ、バラ、そしてボルトンが「ガーデンルーム」と呼ぶものへとつながっていく。
より没入感を高めるファンタジックな空間作り
太陽のように黄色く輝くチャイニーズシルクのドレスや、スキャパレリが初期にデザインしたプラスチックのネックレスを含めカブトムシをモチーフにしたファッションの驚くほど幅広いセレクション、そして映像作品が恐怖心をかき立てるヘビをモチーフにした部屋など、さまざまな展示が続く。失われた過去の体験を取り戻すために構築された最先端技術を駆使したイマーシブな世界について詳細に語ったボルトンは、展覧会の壮大な規模よりも、この展覧会が切り開いた、未来の作品にもたらす可能性に心打たれているようだ。「この展覧会に携わっていると自分がいかにちっぽけな存在か思い知らされ、謙虚な気持ちになるのです」
Styled by Amanda Harlech Hair: Guido Makeup: Pat McGrath Manicure: Jin Soon Choi Colourist: Lena Ott Set design: Mary Howard Production: PRODn at Art + Commerce With thanks to Highline Stages, Hook Props and MHS Artists