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インドから世界へ──『RRR』出演俳優、アーリヤー・バットが目指す未来

インド映画界でも最大級の輝きを放つスター、アーリヤー・バットは世界から注目を浴びる存在だ。いかなる型にもはまらない彼女が目指す俳優や母としての在り方について聞いた。

プロデューサーも務めるインドの若きスター

時刻は朝の8時。アーリヤー・バットは、次回作のスパイアクションスリラー『Alpha(原題)』の撮影現場へと向かっている。その車内から、一瞬も時間を無駄にすることなく、Zoomでの取材に
応じてくれた。というのも、彼女が今いるインドのムンバイでは、移動にどれだけの時間がかかるか、まったく予測がつかないからだ。画面の反対側の私はというと、自宅のアパートメントがあるニューヨークで、 深夜の暗闇の中にあった。

渋滞をかきわけて目的地に向かう車中のアーリヤーに、私 は自己紹介を兼ねて、彼女の最新作の一つ 『Rocky Aur Rani Kii Prem Kahaani(原題)』との個人的な縁についてのエピソードを披露した。インドの映画ファンに再びロマコメを観る喜びをもたらしたと賞賛されるこの映画で、彼女が演じるテレビジャーナリストは、デリー大学とアメリカのコロンビア大学の両方を卒業している設定だが、実は私も同じ経歴を持っているのだ。この映画を観た後、「もし自分が彼女ほど容姿に恵まれていれば、軽んじられることもなく、アイデンティティを尊重してもらえたのに」と半分本気で思ったのを、今でも覚えている。

ムンバイで生まれ育ち、イギリスの市民権を持つアーリヤーはインドで最も名の知れた俳優の一人で、インド系のセレブリティの中でも世界でトップクラスの人気を誇る。さらに男性が圧倒的優位に立つインドの映画業界で、複数の作品でプロデューサも務めている。自身のスターパワーで多くの観客を映画館に引き寄せる彼女は、女性の社会進出を阻む複数の「ガラスの天井」を打ち砕いてきた。最近も、インド系セレブリティのブランド価値ランキングで、女性で唯一トップ5入りを果たしたと報じられたばかりだ。このランキングには、インド映画界のスーパースター、シャー・ルク・カーンやクリケット選手のヴィラット・コーリなどの有名人が名を連ねている。「多くの正しい決断を下し、素晴らしい人たちがここまでの道を導いてくれたおかげで、今の私があるのだと感じています」とアーリヤーは語る。

「私はこれまで、自分の価値を過大評価したことも、過小評価したこともないと思います」クリック数で人の経済的な価値が決まる現実(アーリヤー自身、インスタグラムでは8500万人のフォロワーを誇る)や南アジア市場の巨大さを考えると、世界的なブランドが、たぐいまれなスター性を持つ彼女に注目しているのも、まったく不思議ではない。

2023年に、アーリヤーはインド系の女性として初めて、グッチのグローバルアンバサダーに就任した。さらに2024年に入り、ビューティー業界屈指の巨大企業、ロレアル パリからもアプローチがあった。これは完璧なタイミングでのオファーだったと、彼女は考えている。「私はちょうど30歳になったところです。20代は、自分を見つける時期だと感じていました。カオスの中にあり、活気にあふれ、毎日が新鮮に感じられる時期です。あらゆるものに関わりたいと思っていました。でも30代に入ると、自分が中にいると安心できるコクーンをつくり始めて、『悪いけれど、私が許せるのはここまで。ここから先はダメ』『これが私。そしてこれがその理由』と、主張できるようになります」

もちろん、この場合、「自分を知ること」は多額のギャランティにもつながっている。とはいえ、金銭面の下世話な話題にはあえて触れないのが、ブランドと契約したセレブの品格というものだ。たとえ触れるとしても、ここは遠回しな表現を使うべきだろう。「(ブランドとの)関係は製品に関するものだけにとどまりません。彼らには何十年にもわたって連綿とつくり上げてきた伝統があり、人の価値を理解してくれます」とアーリヤーは語る。これは「あなたにはその価値があるから」というロレアル パリの有名なコピーを思わせる発言だ。ロレアルのイメージと結びつけられてきた、歴代の輝かしい女性たちの仲間に加わることを、彼女は今から楽しみにしている。「こう伝えたんです。『御社は一度関係を結ぶと長くその絆を保つことで知られています。私も一度「これ」と決めると、添い遂げるタイプなんです』と」万人に愛されるアーリヤーの魅力を考えると、ビューティーブランドの顔に選ばれるのも当然に思える。

しかし彼女はその一方で、議論を呼ぶテーマを持つ映画にも、ためらいなく出演してきた。例えば『ガングバイ・カティヤワディ』では、1960年代に労働者の権利向上を要求したセックスワーカーを演じた。この作品は、インドの映画界がコロナ禍の停滞から抜け出せずにいた2022年に、数少ないヒット作となった。インドでは通常、大規模に公開され、幅広い層に届けられるのは、男性のヒーローが主役の映画に限られる。しかし『ガングバイ・カティヤワディ』でヒロインを演じたアーリヤーは期待を上回る興行収入を叩き出したうえに、その演技も高く評価され、栄えある国家映画賞を受賞した。

また、同じく2022年にNetflixで配信された、結婚生活における家庭内暴力の問題に光を当てた映画『ダーリンズ』では、製作者にも名を連ねている。さらに複数の作品で、インド映画の通例とは異なる、強い女性キャラクターを演じてきた。「私は大勢に従わず、自立して、自分の頭で考えるように育てられました」と彼女は胸を張る。「私は自然にこうしたキャラクターに惹かれているのだと思います。どの役も、生まれながらの芯の強さがある女性たちです」。とはいえ、王道のインド映画への出演を拒んでいるわけではなく、『RRR』にも出演している。こちらは壮大なスケールのアクション大作で、アメリカでは公開後何カ月も経ってから予想外の大ヒットとなり、劇中歌の「ナートゥ・ナートゥ」がアカデミー歌曲賞を受賞している。

また、アーリヤーはインドの伝統衣装、サリーの魅力を世界に伝えるアンバサダー的存在になっている。特に彼女が『Rocky Aur Rani Kii Prem Kahaani(原題)』で着用したシフォン生地のサリーは、ファンを熱狂させた。「カラン(・ジョーハル、この映画の監督)からは『この映画ではサリー以外の服は着ないでほしい。それから、サリーをクールに見せたいと思っているんだ。若い女性に「ああ、私もサリー以外着たくない」と思わせたいからね』と言われました」と、彼女は振り返る。そしてこの映画が公開されると、若い女性だけでなく年長の女性も巻き込んで、監督の狙い通りにサリーブームが起きた。これを受けて、アーリヤーとこのサリーをデザインしたマニッシュ・マルホトラは、劇中で着用したコレクションをオンラインで販売したところ、数分で完売し、模造品が市場にあふれた。

また、2022年に俳優のランビール・カプールと結婚式を挙げた際にも、アーリヤーは「新婦は赤を身につけるもの」というインドの慣例を破り、著名インド人デザイナーのサビヤサチの手によるアイボリーのオーガンザ生地のサリーをまとった。2024年のMETガラでも彼とコラボレーションし、ミントグリーンのフローラル柄のサリー姿でレッドカーペットに登場した。こちらのサリーは、絹糸、ガラスビーズ、宝石をあしらった手刺繍が施された、長さ7メートルのトレーンを持つ、豪華なものだった。

また、この夏にムンバイで開催されたアンバニ家の御曹司、アナント・アンバニの結婚式に出席した際には、マニッシュ・マルホトラ秘蔵のアーカイブから提供された、160年前のシルクのサリーを着用した。この宴は、アーリヤーも「目を疑うほど華やか」と語るほどで、アジア随一の富豪として知られるアンバニ家の豊かさを知らしめる、豪華絢爛たるスペクタクルだった。このとき着用した由緒あるサリーについて、「本当にタイムレスな服で、何より、着ていると安らぎを覚えます」と、彼女は語る。「私たちが暮らすこの国の気候に合わせて作られているので、自由でくつろいだ気分になれます。しかも見た目もとてもエレガントで、シックかつグラマラスです。今挙げたすべての要素を同時に満たしてくれる服なのです」

母親と俳優業の両立

2022年にアーリヤーは母となった。娘のラーハについて、「とってもやんちゃなんです。おしゃべりも大好きです。でも人見知りをすることもあります。自由で、とても賢いんですよ」と語る。その口調は、この夏、一週間にわたったこの取材の期間中で一番生き生きとしていた。今は仕事と育児の間で、限られた時間をいかにやりくりするかが、何より大きな課題だという。

「2つの務めの間を行ったり来たりしながら、どうやって両方をうまくやりとげるか、そこが私が一番苦心しているところです。でも、自分自身のための時間もなんとか確保していきたいですね。それができていないので。今は正直、『私の時間』なんてものはないんです。いつも通っていたセラピーでさえ、この2カ月は一度も受けられていないんですよ」

アーリヤーにとって、母親とは、究極の喜びと究極の心配が入り交じる立場だ。「ある意味、魂は満たされているのですが、一方で常に恐れもあり、ひやりとすることばかりです。それは、きちんとやりたい、うまくやりたいという気持ちが強いからです」と彼女は自己分析する。インド社会では、ヘリコプターペアレントと呼ばれる、子どもに過干渉な親が非常に多い。だがそんな中でも、アーリヤーは自身の両親からもらった言葉を指針にしているという。「子どもたちは母親から生まれてくる。子どもはお前のものだし、お前は触媒で、子どもたちの命の源だ。それでも、子どもたちの人生はお前のものではない。子どもたちの人生は、子どもたち自身のものだ。親が子どもにやるべきことは、自分の人生に向き合えるようにツールを与える、それだけだ」と言われたという。

母親となったことは、アーリヤーの俳優としての仕事の選択にも影響を与えている部分もある。次に公開を控える映画『Jigra(原題)』は、二人のきょうだいを追ったスリラーだ。この作品でプロデューサーも務める彼女は、ストーリーをこう説明してくれた。「『人は愛する者のためにどこまでできるのか?』というテーマを描いた、ある意味古典的なストーリーです。契約にサインしたときは、ちょうどラーハの出産直後でした。それで私はすっかり“雌トラ”モードに入っていたように思います。『大事な子どもを守らなくては!』という思いが強くなっていて」

彼女が自身をたとえた“雌トラ”はおそらく、インド亜大陸で最も恐ろしく美しい生き物だろう。ゆえに、この表現を耳にした私が、次のような質問を投げかけたのも、あながち大きな飛躍とは言えないだろう。それが「アーリヤー・バットは美をどう定義しますか?」という質問だ。この問いに、彼女はありきたりな答えだと謙遜しながら答えたが、私から見れば、その回答は実に個性的だった。「美とはその人が自分に抱くイメージです。『美は見る人次第』という言葉もありますし、それも美の捉え方の一つでしょう。でも私は、『美は自分を見つめる目の中に宿るもの』だと確信しています。自らが抱くイメージが、ひいてはほかの人に見せる姿になるのだと思います」

世界が注目するインド美容

そして今、インド特有のビューティーメソッドも、世界の人々から関心を集めている。ターメリックパウダーとヨーグルトを混ぜ合わせてフェイスマスクに、ココナッツ油とヒマシ油を合わせるとコンディショナーに、など、キッチンにある食材をバスルームでも活用するインドならではのメソッドが興味を持たれている。しかもこれが、とても効果的なのだ。

ここでアーリヤーが「ちょっと待って──ぜひ話したいことがあるの」と話を持ちかけてきた。「アイメイクのカージャルについて、話したいです」(「カージャル」とは、北インドの標準語であるヒンドゥスタニ語でコールを指す言葉だ)。彼女の言葉で、黒い顔料でまぶたをぐるりととり囲むようにラインを引く風習を、私は改めて思い返した。地域によっては「スルマ」とも呼ばれるこの伝統的なメイクはエジプトにルーツを持つが、今では南アジアの文化に不可欠の要素となっている。この地域では、少女時代に使うことを許された最初のコスメがカージャルだったという女性も多い。「言ってみれば、スモーキー・アイが登場する前に、私たちはすでにこれを発明していたわけですよね」とアーリヤーは指摘する。

彼女はさらに、最近TikTokでトレンドになったあるミームを振り返った。それはインドの俳優、カリーナ・カプール・カーンが2001年の映画『A ̄soka(原題)』で披露したルックが、Z世代の間で大人気となり、TikTokで繰り返し再生された現象だ。古代インドに君臨した実在の君主、アショーカ王が主人公のこの時代劇で、カリーナはほとんどメイクをしていなかったが、それでもコールを使ったアイラインだけはしっかりと引いていた。「あの目の周りを囲むアイメイクは唯一、はるか昔から続けられてきたものですよね。インドの人にとって思い入れのあるものだと思います」とアーリヤーは言う。だが彼女にとって、ビューティーにおける優先事項は「肌への優しさ」と「ある程度のスピード感」だ。

自分のルックについては、誰でも手が届く、シンプルなものにしたいという。「本当に手早くできるものでなくてはいけません」と彼女は言う。「私はADD(注意欠陥障害)なので、多くの時間を費やすことに関心が持てません。効果が出てほしいと思えば、すぐに結果を求めます」。そのため、メイクアップチェアに座っている時間が、45分を超えることはないという。「結婚式の日も、担当してくれたメイクアップ・アーティストのプニート(B・サイニ)にこう言われました。『アーリヤー、今日という今日は、2時間はもらえないと困るよ』って。それで彼女にこう言ったんです。『あなたの負けね。せっかくの自分の結婚式の日なのに、2時間をメイクに費やすなんてとんでもない。私はゆっくり休みたいもの』って」

映画スターには、映画に親しむきっかけになったエピソードがつきものだ。アーリヤーの父、マヘーシュ・バットは高名な映画監督で、母のソニ・ラズダンは俳優と映画監督の両方で活躍した。それでも、子ども時代の大部分を占める思い出は、映画の撮影現場で過ごした時間ではないという。「私が見ていたのは、プロとしての仕事と、親としての務め、両方を果たそうと懸命に働く両親の姿です……。当然ですけれど、父はとても、とても忙しくて……。私が映画に触れる機会は、自宅で一人、映画やテレビを観る時間でした」と、彼女は自分の子ども時代を振り返る。

彼女が魅了されたのは、ヒンディ語映画の典型となっている、歌や踊りがフィーチャーされた大作映画だった(原文注:この記事で、私たちは「ボリウッド」という言葉を用いていない。なぜなら、多くの言語、文化、様式が反映されている、幅広いインドの映画産業を代表させるには、この言葉がカバーする範囲はあまりに狭いからだ)。「私は、この箱(テレビ)の中にいる人々に夢中になりました」と、彼女は子ども時代を振り返る。

「いろいろな場所で踊っているのを観て……心から楽しんでいましたね」映画界で初めて主要な役を得た『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え! No.1!!』で、アーリヤーはグラマラスな魅力たっぷりで、歌や踊りもふんだんに披露する役を演じた。だが当時の撮影体験を振り返る言葉からは、楽しさはほとんど感じられない。この映画をきっかけに、一躍スターの仲間入りをした当時、彼女は18歳の若さだった。カラン・ジョーハル監督が主催したオーディションにも、母親同伴で学校から直行したという逸話が残っている。「監督は(オーディションが)とても気に入っていました」とアーリヤーは言うが、彼女が演じることになったのは多くの準備が必要な役だった。「ひたすら練習、練習、練習の日々でした」と彼女は振り返る。

「突然ダイエットをさせられ、あらゆる大好物を断つことになりました」。意中の役を射止めた彼女は、高校を終えると、撮影現場に赴いた。「そんな感じだったので、『スチューデント〜』の経験を話していても、なんだか記憶が曖昧なんです。私が今でも覚えているのは、オーディションに向けて準備をしていたところまでです。実際に現場で仕事を始めてからは、本当にいっぱいいっぱいでした。映画がどうやって作られるのかも知らなかったんですから」

その後の会話の中で、インドの美の基準に話題が及び、私たちは彼女の人生における美の意味について、再び語り合った。インドでは美の定義がとても厳格で、特に映画界では、ヨーロッパ的な価値観を背景に、背が高く、肌の色が薄く、スレンダーな俳優が好まれる。「映画界に入ったとき、私がどんな感じだったか、さっき話しましたよね。とてもぽっちゃりした、健康的な子で、楽しく暮らしていました。自分の見た目に何か問題があるなんて、これっぽっちも思っていませんでした」。こう話す彼女の口調は実に率直で、俳優になると決めてからの状況の変化や、周囲からの圧力に対しても、責めるような言葉はほとんどない。「それ以来ずっと、ボディイメージの問題に悩んできました。どれだけ体重を落としても、悩みは常について回りました。友達からは『アーリヤー、ダイエットはもうやめなさい。落ち着いて、人生を少しは楽しんで、とにかく何か食べなさい』と言われました。でも以前の私は、『一瞬でも肥満児だった過去があるなら、一生肥満児だ』と思い込んでいました。どれだけ痩せても、頭の中ではこの言葉を唱えていたんです」しかし、妊娠中に何かが変わった。「私は自分の体をとてもリスペクトするようになり、この体の可能性にすっかり魅せられました」と彼女は変化を語る。「この業界にいるけれど、これからは自分の見た目について決して厳しい目で見ることはしない、と悟ったんです。数キロ余計なお肉がついていても、お腹がぽっこり出ていてもかまわない、と」

10年をはるかに超えるキャリアの中で、20作以上の作品に出演した実績を持つアーリヤー・バットは、インド映画界にあって強く、自立した女性キャラクターを開拓してきた。その間、彼女は銀幕から離れた私生活を完全に自分の手中に収め、堂々と自らの基準を打ち立ててきた。今のアーリヤーは、自分は時に慣習に逆らうところがあると認める──その姿勢は常にまっすぐで自信に満ちている。先ほどの彼女の言葉を借りるなら「これが私。そしてこれがその理由」なのだ。

Photograph: Scandebergs Text: Subhi Gupta Translation: Tomoko Nagasawa Adaptation Editor: Sakura Karugane

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