ブレイク・ライブリへのインタビュー当日、約束の場所に現れたのは「映画スター」ではなかった──そこになったのは4人の子どもを釣れた母親の姿だ。「ごめんなさい、こんなに大勢で! 」と明るく声を張り上げるブレイクは、腕に抱いた子どもの重さによろめきつつ、もう一人の子どもの手を引いている。私からは、この記事では子どもについては触れない旨を伝えたが、彼女は別にかまわないとの考えだという。「チキンダンスをしている子どもたちに囲まれながら、インタビューでまじめな話をする──これ以上に今の私を正確にとらえたポートレイトはないでしょう?」
そう言うと、彼女は「あら、クッキーを持ってきてくれたのね」と、私が手に持ってバッグに目を向けた。私は彼女に、ローマ・サステナブル・フード・プロジェクトのキッチンでぜひ彼女と一緒にお菓子を焼きたいと思っていたと伝えた(私が持ってきたのは、このプロジェクトから送られてきたものだ)。ブレイクは焼き菓子作りの名人としても知られているからだ。「私も一緒にお菓子作りがしたかった! でも。私の人生は今、ご覧の通りの様子なので……」ここまでのやり取りで、私が彼女の人生をすっかり把握できたかは微妙なところだが、ある程度は察することができた。その明るいふるまい、連れてきた子どもたちをホテルの部屋に戻す心配り、クッキーをほおばる楽しげな様子、作品について熱く語る様子。そこから、見えてくるものはある。
私の目の前にいるのは、ライアン・レイノルズの妻にして「ゴシップガール」『旅するジーンズと 歳の夏』『アデライン、100年目の恋』『シンプル・フェイバー』などの代表作で知られているスターだ。そもそも彼女がローマにやってきたのも、『シンプル・フェイバー』の続編の撮影のためだった。さらにコリーン・フーヴァーのベストセラー小説を映画化した『ふたりで終わらせる/ IT ENDS WITH US』(公開中)も8月に全米で公開されている。だが、バズ・ラーマン監督について語る口調は、セレブリティというよりも、ティーンエイジャーのようだ。
サンフェルナンド・バレーにあった自宅のベッドルームで、ラーマン監督が演出したオペラ『ラ・ボエーム』のサイン入りポスターをうっとりと見上げていた10代のころも、きっとこんな感じだったのだろう。「こんなことを言うとリスクがあるのはわかっているけれど、あえて言うと、私が一番好きな監督はバズなんです」と彼女は言い切る。ブレイクはこのあと、真夜中にトレビの泉で『A Simple Favor 2(原題)』の重要なシーンの撮影を控えており、ここの話ができるのは数時間に限られていた。「本当にバズが大好きなんです。それは彼が愛を讃えているから。あんなふうに愛を描ける人は他にはいません。」と、熱く語る。
今回の『VOGUE』の撮影に応じたのは、それが理由ですか? と私が尋ねると、「私はすごくシャイなタイプなので、本音を言うと、写真撮影は好きじゃないんです。演技をしているときは、登場人物を演じているでしょう? でも私は......撮影のカメラの前ではぎこちなくなってしまう。雑誌からのオファーをお断りしているのは、それも理由の一つなんです。こういうことはあまり言うべきでないのはわかっているけれど......たぶん雑誌に出るのは、これが4年ぶりだと思います。それはただ......」と答え、クッキーに再び手を伸ばし、しばし黙り込んだのち、こう続けた。「本当にシャイだから、なんです」これほど朗らかで、上がるく自分の表情できるあなたのような人が、自分のことを「シャイ」と表現するのはなぜですか? と、私はさらに問いかけた。
「私は今、プライベートな面をより重視していて」と彼女は説明を始める。つまり、最近はまだ幼い子どもたちの世話に集中していて、映画に出演する機会を抑えているということだ。「それでも、バズが監督をすると聞いたら......バズとはずっと一緒に仕事をしたいと思っていたんです。たとえった1週間で、映画ではなく『VOGUE』の写真撮影だったとしても、彼と仕事ができることに変わりはないですよね。彼のレンズ、彼が語る物語を通じて世界を見ることができるチャンスですから」。そう言うはないでしょう? 」と彼女は微笑み、軽く笑いながらこう付け加えた。「こうして、雑誌のページを飾る名誉をいただきました。でもこれが私から世界への贈り物かといったら、それは違い ます。自分がどれだけ運に恵まれているかはわかっているつもりです」
バズ・ラーマン監督と撮影したフォトストーリーの制作秘話
そこで、撮影で彼女が演じた宝石泥棒のキャラクターは、ラーマン監督と共同で生み出したアイデアなのですか? と質問すると、監督は『シンプル・フェイバー』を観て彼女の新たな一面を発見し、その少し危険な雰囲気が気に入ったのだと、ブレイクは明かしてくれた。そこから「時代を超えた輝き」「古きよきハリウッド」、映画『泥棒成金』といったキーワードが、監督の頭に浮かんだという。
「『それって、いたずら心があるっていうことですよね。そういうの、私は大好きです』と言ったんです」と、ブレイクはラーマン監督とのやりとりを回想した。このあとで話を聞いたラーマン監督も、今回のフォトストーリーは「ブレイクを主人公として構築した」と解説してくれた。このストーリーで、ブレイクは主役の怪盗「ザ・キャット」を演じている。ザ・キャットはヒュー・ジャックマン演じるミステリアスな男性、「ロンブル」に惹かれるが彼には別の思惑があり......というストーリーだ。「彼女の別の一面、これまでの出演作のイメージとは即座に結びつかないような役を演じるところを見たいと思いました」と、ラーマン監督は演出の意図を語った。
ブレイクはインタビューの席で、撮影前にフィッティングのために『VOGUE』のオフィスを訪ねたときのことを振り返った。「普通のフィッティングで、衣装を試すだけだと思っていたんです。お針子さんがいて、服をピンで留めるような」と言い、彼女は笑いながら首を振る。「ピン留めなんて、全然しませんでした。だってこれは、バズのプロジェクトだから。気がついたら撮影をしていて、あっという間に数時間が経っていました。ヘアドライヤーが即席の送風機になり、私は机の上に乗り、懐中電灯を持った人たちが照明係を務めて。あとになって気づいたんです。そう言えば、フィッティング用の写真を一枚も撮っていなかった、って! 監督はそういう人なんです──自分の世界にみんなを巻き込んでいくので」ラーマン監督も、笑いながらこのときのことを振り返った。
「遊び心は絶対に必要です。俳優は子どものようなもの、なんて言うつもりはないですが、僕自身が遊び心を発揮し、自分の中にある恐怖心や恥ずかしいと思う心を捨て去れば、その場にいる人もみんな、『ああ、こうやって自分を解放していいんだな』と思えるはずです」テーブルの反対側に座っていたブレイクは、ここで席を立ち、私の隣に座ると、「私、エリザベス・テイラーのネックレスに触ったんですよ!」と、私に打ち明ける。「エリザベス・テイラーのネックレスをこの手に持つシーンがあって。これだけは絶対に見せたかったんです。現場には指先にゴムのカバーをした、係の人たちが控えていて、万が一ネックレスを落としてしまったときのために、私の足元には衝撃吸収用のマットが置かれていて......」こう言って、スマートフォンの写真を見せてくれるブレイクを見ていて、私の頭に、ある疑問が浮かんだ──映画スターの条件とは何だろうか? 少なくとも、かつてのグレース・ケリーやオードリー・ヘプバーンのような、古きよき映画スターと呼べる俳優は、今はほんの一握りしかいない。そして私の目の前に座っているのは、もはや絶滅危惧種となった、そうしたスターの一人だ。それでいて軽やかで思慮深く、オタク語りができるほどの情熱を持ち合わせた彼女は、今度はラーマン監督が踊っている映像を披露した。
撮影中にとるべき動きについて指示を出したときの一コマだという。時折、「しゃべりすぎかしら?」というように黙りこむこともあるが、すぐに活気を取り戻し、猛烈な勢いで、すべてにおいて「濃い」ラーマン監督の発想や、ヒュー・ジャックマンへの愛情と信頼を語り始めた。「ヒューはいつでもどこでも、必ず駆けつけてくれる人なんです。公の場とかプライベートとかは関係なく、絶対に!」このようなキャラクターを持つ女性に、心を奪われない人がいるだろうか? これがスターの条件なのかと、私は思い至った──すなわち、何かを創り出そうとするあくなき情熱だ。人を惹きつける魅力、才能、愛嬌といった要素よりも、『シンプル・フェイバー』でメガホンをとったポール・フェイグやバズ・ラーマンをはじめとする監督が評価するのは、彼女の意志の力だ。これこそが、ゼロから何かを生み出す、不屈の意志と決意なのだ。
ヒュー・ジャックマンが語るブレイクのスター性
「あなた、お腹がすいていない?」とブレイクは私に話しかける。「何か頼みましょうか? 私はお魚にしようかな」。そこから私たちの話題は、ハロウィンのコスプレ衣装に移った。「二人はメガワット級のスターだからね」。ロンドンからの電話取材に応じたヒュー・ジャックマンに、ブレイクと夫のライアンについて聞くと、こんな評価が返ってきた。「まさに昔ながらのメガワット級のスターで......もちろん、僕は二人とは長い時間を過ごしてきました。自宅で子どもや愛犬に囲まれて、パジャマ姿で過ごしているときの様子も知っています。本当によくある家庭の光景で、ブレイクが焼き菓子作りや料理に精を出し、『ピザを作りましょう!』と声をかけてくれる。でも振り返ると......」と言って、ヒューはブレイクがイベントに合わせて着替える様子を真似て見せる。「そこにいるのは、クラクラするほどまばゆいスターなんです。あれは......何と言うか、あっけにとられちゃいますね」
私はヒューに、ブレイクの変貌の秘密はどこにあると思いますか? と尋ねた。「彼女が何の気負いもなく、自分らしくいられるからだと思いますよ」と、ヒューは解説してくれた。「あれは意図的にできるものでもないし、誰かに授けられたものでもないですよね。彼女は、『自分はシャイだ』というのが口ぐせです。それは本当なんだと思います。確かにシャイな部分があって、そういうところを見たこともあります。ニコール・キッドマンとか、ほかにもそうい う面を持っている人はいます。シャイだか らこそ、イメージを自由自在に変えられる んです。しかもブレイクは、さっきも言っ たように、パジャマ姿で歩き回っていた5分後には、エリザベス・テイラーかと思うような、最高に美しい姿を見せるたからどうしたらこうなるのかと、不思議で仕方がないんです。あれは本当に......奇跡ですよ。あの美しさにはほれぼれしますね」
ラーマン監督も、私の疑問にこう答えてくれた。「ありふれた表現に聞こえるかもしれないけれど、映画スターというのは光 を放つ存在なんです。映画のシーンやスクリーンの中で、さらに輝きを放ちます。深く、深く、人の心を掘り下げたリアルさがあるけれど、その魅力や人間性は、まるで 天から降りて来たかのように、浮世離れしている。僕自身、映画やドラマ、そしてミュージカルのスターを見てきて、実感しています。隣に立って見ていると、とても愛らしくて人間的なのですが、一度ステージに立つと、とてつもない存在感を放っている。わかりますよね?」 実際に会ってみると、ブレイク・ライブリー自身は、彼女が演じているどの役柄ともまるで似ていない。『シンプル・フェイバー』のシックで小悪魔的なエミリー・ネルソンとも、「ゴシップガール」のいささかモラル的に問題があるセリーナ・ヴァンダーウッドセンとも違う。さらに言えば、最新作『ふたりで終わらせる/ IT ENDS WITH US』で演じた、暗い過去を抱えた芯の強い女性、リリー・ブルームとも違う。一方で、どんな質問を投げかけられても、常に用心深く、当たり障りのない答えを返すセレブという感じでもない。 むしろ、1分ごとに 表情を変える、流れ の速い川の中にたたずんでいるような感 覚を覚える。
彼女の 取り上げる話題は、 演技術や映画の編集、 ビジネスの経営、さらには母親としての体験まで、くるくると変わる──そして話を聞く側は、この強く、確実な「流れ」に身を任せるのもまた、悪くないように思えてくるのだ。 ブレイクはさらに、 子どもたちのために 作ったハロウィンの衣装について語る。「エッツィ(オンラインのハンドメイドマーケット)でマントをゲットして、ガーメント・ディストリクト(ニューヨークの問屋街)に行って、飾り用のパーツを買い込みました。見て、これ全部、私が作ったんですよ。ハート形のフォルムに、袖のディテール......」。さらに話題は、お菓子作りに関する彼女独自のセオリーにも及んだ。「完全に手作りするよりも、『ベティ・クロッカー』ブランドのバニラ風味のケーキミックスを買うほうがずっといいと思っています。科学に基づいた最良の配合で材料がミックスされているわけでしょう? これがあれば、あとは美味しく作ることに集中できます。ここに、バーボンか、エルダーフラワーリキュールをプラスするのが私流のアレンジで......」。そしてインテリアについても、友人たちが自宅やドミトリーの写真を送ってくれると話してくれた。「私はそれをヒントにして、良さそうなインテリアアイテムを見つけたら、お返しに教えています」
実際、このインタビューで繰り返し取り上げられたメインテーマは「創造」だった。彼女はオーダーした食事の上に覆い被さるようにして、ある友人のエピソードを話してくれた。その友人は建築家で、熱意なしに建てられた建築物に素晴らしいものは何もない、という意見の持ち主だそう。「つまり、自分が良いと信じるもののために、 表に出て戦うべき、ということだと思うん です。それには情熱が必要ですよね」 文章を書くことはないのかと尋ねると、ブレイクは首をかしげ、興味を持ったような様子を見せた。「夫があるインタビューで、こんな質問をされたことがありました。『奥様について、あまり知られていない、驚くような話はありませんか?』って。それで彼はこう答えたそうです。『物書きだということだね。自分が出演する映画すべてでセリフを書いているんだよ』と。するとインタビュアーはこう言ったんです『あとは、お菓子作りも、ですよね?』。ちょっと面白いでしょう? その人はお菓子作りのほうを話題にしたかったみたいで」そう聞いて、少し恥ずかしく思った私は「一緒にお菓子を焼きたい、なんて言ってごめんなさい」と詫び、私はお菓子作りの才能がまったくないと打ち明けた。すると、彼女は目を細め、逆に私にこう問いかけてきた。「ではなぜ私に、文章を書くか、と聞いたの?」
私は、これは前夜から温めていた質問でした、と説明した。彼女の幅広い創作活動についてはすでに読んで知っていた私は、このあくなき探究心は物を書く作業に通じるように感じていたのだった。その後フェイグ監督に確認したところ、自身の頭に浮かんだイメージをもとに、ブレイクがセリフを提案していることがわかった。「彼女は自分のセリフについては、リアリティを出すために手を入れていますよ」と、監督は尊敬の念を込めた口調で証言した。「キャラクターが生き生きしているのは、そのおかげです」
そこで私はさらに、何かをアレンジするのではなく、一からストーリーを書くことはありますか? とブレイクに尋ねた。「脚本をもとに色々考えたり、見落とされていたポイントを見つけたりするのはいいんですけれど、まったくの白紙だと、私はワクワクしないんです。『違う違う、ここに大事なものがあるじゃない!』と声をあげるのは、私にとっては宝探しのような感覚です。お宝が見つかると、今度は考古学者になります。埋もれていたお宝を掘り起こして、その価値についてみんなに伝える。私が好きなのは、そういうことなんです」
母親としてのブレイクの姿
私が話を聞いた人は誰もが、ブレイクの献身的な母親ぶりを強調する。『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』の 原作者で、彼女や家族と多くの時間を過ごして来たフーヴァーも、こう語る。「電話をしていて、たとえその相手がローマ教皇だとしても、関係ありません。話の途中で我が子が部屋に入って来たら、彼女は子どもに100%の注意を向けます。母親として、私はそういうところが心から素敵だと思います」フェイグ監督も同意見だ。「彼女は私が今まで見た中でも、最高のお母さんの一人ですよ」と言い、笑い声を上げる。「仕事中、役に入り込んでいるときは、プロ中のプロです。でもそうかと思うと、子どもたちのためにジェラートを確保しようとダッシュするところもある。本当に微笑ましいんです」
フェイグ監督はさらに、映画スターの定義についてもこう話してくれた。「私の経験から言わせてもらえば、映画スターとは否定しようのないカリスマ性を備えているものです。なぜあれほどのカリスマ性があるのか──生まれつきとか、巨大なエネルギーを放つ才能があるのだとか、ありきたりなことしか私には言えません。うまい俳優はたくさんいますが、それだけでは映画スターとは呼べない。一方で、世界最高クラスの名優ではないけれど、決して目が離せない、そんな映画スターも確かに存在します」。ここまで話すと、監督は一瞬黙り込んだ。「ブレイクは、偉大な俳優が、映画スターでもあった、という例です。この 2つの資質を兼ね備えていれば、それはもう天井知らずですよ」
インタビューを終えたブレイクと私は、撮影の現場に向かった。ブレイクからはメ イク用のトレーラーに誘われていたが、私 がつきっきりでは彼女も気が張るだろうと考え、夜のローマの街を見て歩くことにし た。背後の暗闇には、巨大なドーム状の建物がそびえ立っている。それを見て、私はこの場所が動物園のすぐそばだということ に気づいた。それからほどなくして、叫ぶ 声が聞こえた。「オーケー、さあ行きましょう!」声の主は、もちろんブレイクだった。糸に通したパールをダイヤ形のメッシュ状に編み上げたドレスをまとっていて、ちりば められた宝石が輝きを放つ。このドレスに、 驚くほど高いハイヒールを合わせ、彼女は 移動用の車に向かう。ヘア&メイクもすっり終えている様子だ。ドレスの裾にあしらわれたパールのフリンジを持ち上げると、ブレイクはひょいと車に乗り込んだ。このドレスは、タマラ ラルフで見つけたもので、演じるキャラクターや、イタリアの名優、エレナ・ソフィア・リッチと共演するこのシーンにぴったりだと思ったのだそう。 私たちは公園を抜け、再びローマの市街地に戻ると、曲がりくねった道を経て、目的地のトレビの泉に到着した。泉に向かう、 古びた大理石の階段を降りるときに助けが必要かどうか、私は確認した。するとブレイクは周辺をちらちらと眺め、少しの間考えたのち、こう言った。
「私の腕を握っていてくれますか? 私はドレスを押さえていないといけないから」というわけで、ブレイクの腕をがっちりとつかみ、私はローマのど真ん中にある噴水へと、しずしずと降りていった。明るい 照明で照らされ、黄色いテープで仕切られた向こうには人だかりができているのがわかる。泉へと向かう間に、私はこう語りかけた──あなたは「自分は運が良かった」と言いますが、私が見る限りは努力の人、情熱の人という印象です。むしろ「幸運」とはそういう性質のものなのではないですか? 努力をした人に、チャンスが訪れる、という。この言葉に、ブレイクは思案顔でうなずいた。彼女自身も、あらゆることに自分が 注ぎ込んでいる労力の大きさに気付いてい るのだろう。実際、真夜中の今この瞬間も、 私は彼女の職場に足を踏み込もうとしているのだ。ここで「ジェラート休憩!」とブレイクが叫び、私たちは広場にあるジェラートバーに向かうことになった。集まった人たちも道を開けてくれる。同行するのは、私のほかは彼女の母のエレインだけだ。ベースボールキャップを被り、陽気で人なつこい エレインは、私とチョコレートアイスについての談義を繰り広げた。撮影の際には、 子どもの面倒を見るために、エレインがブレイクたちに同行することも多いという。
インタビューの間にも、ブレイクが母親について触れる機会があった。子どものころはいつも「あなたが失敗するわけがないわ」と言われて育ったという話だ。ブレイクは5人きょうだいの末っ子で、母親に加え、今は亡くなった父親のアーニーがハリウッドで長く働いた業界人だったため、エンターテインメント業界特有のライフスタイルに放り込まれることもたびたびだった という。一方で、ブレイクを演技のレッス ンに連れていってくれたのも両親だったと振り返る。「私は本能的に、本当にやりたいことなら、 まず一歩を踏み出す前から、準備を積んで絶対にできる状態まで持っていかないと嫌なたちで。でも母は、『とにかくやってみなさい! やりながら覚えていけばいいんだから!』というタイプだったんです」ジェラートバーにたどり着くと、ブレイクはカウンターの向こうにいる若い女性の店員に「2カップお願い」と声をかける。「ラージサイズね! レモンとミントジンジャーとココナッツ、それから......」
ジェラートを手に入れると、私たちは人 ごみをかき分けて、撮影現場に戻った。道すがら、翌朝にはマドリードに飛ぶ予定だ と、彼女は教えてくれた。その目的は、友人でもあるテイラー・スウィフトのコンサートを一家総出で観るためだ。テイラーは、ヒュー・ジャックマンと同様に、彼女が特別な愛着を持つ友人の一人だ。 ブレイクは友人との気のおけない関係でも知られる。ジジ・ハディッドもこう断言するほどだ。「彼女と友達になれば、誰よりも美しく、自然体でクールで、ウィットに富み、楽しくて、ファッショナブルで、クリエイティブで、思いやりのあるお姉さ んがもう一人増えるんです」
すでに溶けだしているジェラートのカップを両手に持ち、こぼさないように気をつけながらトレビの泉に戻っている途中で、ブレイクが私に話しかけて来た。「あなたがさっき言ったことについて考えていたんだけれど......ほら、運の話」。そう言うと、彼女は立ち止まり、私の目をまっすぐに見つめた。「私が、『自分が幸運だ』って自覚していなかったら、それって恐ろしいことじゃないですか?」 そう言うと、ブレイクは仕事に戻った。
待つ間、母親のエレインとおしゃべりをしていた私を、後ろから呼ぶ声がした。振り返るとそこに、ブレイクがいた──私がはるばるローマまで駆けつけて見たいと思った、正真正銘の映画スターの姿だ。パールをメッシュに編んだドレスに身を包んだブレイクが、バロックな噴水の前にたたずむ様子は、ボッティチェリの描いた、 海の泡から生まれたヴィーナスを連想させる。この泉の滝やくぼみ、風雨にさらされた石、水しぶきをあげ、輝く水の流れも、 格好の舞台装置だ。彼女が歩くと、ドレスに編み込まれた小さな宝石が光を放ち、パ ールがぶつかり合い、貝殻や金貨のようにカランカランと音を立てる。こちらもボッティチェリの絵画を思わせる、ゆるくウェーブを描き、右肩にかかる髪も、夜の明かりに照らされた、流れ出る泉のさざなみと呼応している。彼女がカメラに歩み寄る──その瞬間を見守る私たちはみな、息もできないほど魅了されたのだった。
Director: Baz Luhrmann Text: Andrew Sean Greer Translation: Tomoko Nagazawa
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