「私が最初に入れたタトゥーは“浮浪者のプリンセス”の絵柄(笑)。でもそれは、単なるデザインではありません。私はとても保守的なキリスト教徒の家庭に生まれ、“謙虚さが美徳”という教えの中で育ちました。そのせいで、ずっと自我をおさえて生きてきたから、今パン!と弾けた感じ。このタトゥーは、(超保守的な社会に対し)‘f--- you’というメッセージでもあるのです」
2023年10月、AP通信のインタビューに対しこう語ったチャペル・ローンは、レズビアンのドラァグクイーンとして目下世界のチャートを賑わせているアーティストだ。1998 年、アメリカ・ミズーリ州ウィラードで、医師の父ドワイト・アムスタッツと獣医師の母カーラ(旧姓チャペル)の間の四きょうだいの長女ケイリー・ローズとして生まれ育った彼女の家系は、叔父で現ミズーリ州下院議員のダリン・チャペルともども敬虔なキリスト教徒であった。その一家の教育方針により、幼少期は週3回教会に通い、夏休みはクリスチャン・キャンプで過ごすなど、超保守的な環境の中で育った彼女は、いつも良い人だと思われる努力を怠らなかった一方で、息の詰まるような生活から逃げ出したいと思っていたという。
双極Ⅱ型障害を“中西部スタイル”ポップカルチャーへと昇華
「いつもみんなからいい子だと思われたくて、気に入られたかった。特に親から。でも、それが叶わなくて子どものころはいつも気分が落ち込んでいました。だから家からいつも逃げ出したくて、ただ叫びたくて……それでよく家出しました。それなのに、週3回きちんと教会に行っていたのです! この矛盾がどういうことかわかりますか? 私の中で長いこと“良い子でありたい・暴れたい”という2つの極端な衝動が共存していて、22歳のとき双極Ⅱ型障害と診断されました」と『Variety』誌に幼少期をこう振り返っている。
だが、そんな彼女の人生に転機が訪れたのはこの頃だ。双極Ⅱ型障害の治療の一環で、セラピストとインナーチャイルド(潜在意識の中に住む、自分の中の内なる子ども)についてディスカッションを続ける中で、ある日彼女は“ダサいポップスター”のアイディアを思いついたという。これが原点となり、芸名を「チャペル・ローン」として2014年に初のオリジナル曲「Die Young」をYouTubeで公開。直後にアトランティック・レコードと契約した彼女は、続く2017 年の5曲入りデビューEP「School Nights」、そして2020年には、アメリカ中西部のシンボルでもあるカウボーイハットを被ってLGBTQにナチュラルメイクで自由を謳うMVが話題となったシングル「Pink Pony Club」で世界の注目を集めた。そして2023年に同曲を収録したアルバム「The Rise and Fall of a Midwest Princess」で、一気に世界的な知名度を上げた彼女は、80年代のシンセポップとミレニアルポップからインスピレーションを得た楽曲と、ドラァグクイーンの影響を強く受けたスタイルで一躍ときの人となった。だが、意外なことに成功の鍵となった“ダサいポップスター”のコンセプトの根底にあるのは、あれほど抜け出したいと思っていた故郷だったという。
「私のプロジェクトにとって、“ミッドウェスト”(ミズーリ州を含むアメリカ合衆国中西部)は非常に重要で、音楽やファッション、歌詞全般のインスピレーションとなっています。私にとってミッドウェスト的なカントリースタイル──つまり“ダサさ”はとても大切にしたい要素。だからこそ、自分のそういう部分を失いたくないと思っているのです」
双極Ⅱ型障害を克服し、キリスト教自体には共感せずとも深い理解を示すまでになったというローン。そんな彼女は、そのコミュニティの一員であったことや、その視点を身につけたことで、自身のクリエイションが更なる進化を遂げたと感じているという。
SNSの誹謗中傷は“有名税”なのか?
「私はクィアコミュニティの一員です。そのおかげで、自分がクィアでいることの自由を感じています。ここにいる皆さんの多くがクィアであり、私と一緒にただ楽しい時間を過ごしたいだけだということもわかっています。だからこそ、皆さんとともにいるこここそが、私にとって心底休まる場所なのです」
2023年のパフォーマンスの最中にステージ上から観客に向かってこう語りかけたローンは、デビューと同時にクィア・ポップ・アイコンとなり、その“ドラァグ・ペルソナ”に宿した反骨精神を、旧態然として“異性愛”をテーマの主流に掲げる現在のポップミュージックシーンのあり方へと向けている。だが、ときに若い女性たちに自分のセクシュアリティを誇るよう呼びかけ、「男の目線」を一蹴する強いパンク魂で変革を訴える彼女に対し、SNS上では「気持ち悪い」と容赦ない言葉を投げつけ、道を歩けば罵声を浴びせるばかりか、行きすぎたファンによる家族へのストーキングなどの被害も被っていることがメディアで報じられた。この現状に対し、ローンは自らの見解をこう語る。
「有名人に対する嫌がらせは普通にあることなので気にしませんし、それが常態化していることも、私が(アーティストという)好きな仕事をしているだけで批判されることも気にしません。だからと言って、全て許すというわけではない。オンラインで私と繋がったり、私の楽曲を聴いてるだけで私の全てを知っていると勘違いしないでほしい。私は、気に入らない行動に対しては断固NOを突きつけます。一緒に写真を撮ることやハグを拒否されたからといって、私がわがままだと言われるのも大いに結構。むしろ、知らない人といきなりハグしたりする方が本来はおかしな話だということに気づくべきです。ただし、これは私の個人的な見解であり、特定の誰かに向けて言ったものでもありませんが」と、2024年8月に『BBC』に対しきっぱりとこう言い切ったローンは、今後も悪質な嫌がらせには対抗することや、行きすぎたファンには今一度自分の行動を見直すよう促している。
プライベートでは交際中の一般女性との関係を育み、ハーバード大学医学部で精神疾患についてレクチャーしたり、社会的・環境的な変化を促進するための活動を支援するプラットフォーム「Propeller」で募った$160,000(約2,480万円)の寄付金をLGBTQコミュニティに還元しているローン。有名人としての“声”を社会変革に行使し、一度はレコード会社に解雇されながらも、ミュージックシーンに“レズビアン・ポップ・ルネサンス”という変革をもたらした彼女は、これまでの道のりを「LA Times」紙にこんな風に振り返っている。
「実は、音楽で身を立てることができなかったらどうしようかと、これまで何度も思ったことがありました。そのたびに、エステティシャンになろうか、とかさまざまな考えが頭をよぎりましたが、どんなときでもドラァグクイーンになることだけは絶対諦めないと決めていました(笑)。私は今、こうしてミュージシャンとしてここまでたどり着くことができましたが、振り返るとデビュー当時の自分の方が(今より)大胆だったような気がします。結局、人はお金を持っていないときほど怖いもの知らずになれるのかもしれません」
Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba
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