「モデルというのは、簡単に交換ができる価値が低くて安価な商品。トレンドが去ったら、もう用はない──まさにファッショントレンドそのものです。ですが、スカウトされた新人を、もっと時間をかけて大切に教育していけたら、モデルのキャリアは長続きするのではないでしょうか」
2023年、オーストラリアのメディア「What Else」のインタビューで自身のキャリアについてこう語り始めたモデルのフェルナンダ・リー。1995年10月、ベトナムからオーストラリア・シドニーに移住した中国人の両親のもとに生まれた彼女は、地元の高校在学中にショッピングモールでスカウトされたことを機にモデル業をスタートした。その後シドニー工科大学で建築の勉強中にニコラ・ジェスキエールの目に留まり、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のショーでデビューを果たした彼女は、以降トレードマークのピンクのロングヘアで時代の寵児に。そして現在も、シャネル(CHANEL)やディオール(DIOR)のなどの錚々たるメゾンの顔を務めるアニメ好きのイットガールとして、各方面からラブコールが絶えない存在でもある。
モデルの使い捨てに終止符を
「私はアウトサイダーであり、完全な中国人でもなければ、オーストラリア人でもありません。見た目は東洋人ですが、私の心と意識は西洋的です。このようなギャップのせいで、常に私は自分が何者なのかを自問自答してきました」
かつてオーストラリア版『VOGUE』にこう語った彼女は、その複雑なアイデンティティが養った独自の視点から、デビュー以来モデル業界内におけるさまざまな問題点を指摘してきた活動家としても知られる。そんな彼女がキャリアをスタートしてから特に懸念してきたのが、モデルの“使い捨て”だ。多くのモデルエージェンシーの青田買い傾向により、新人を満足に教育せず、スキルも持たせず、心の準備をさせないままグローバルな舞台にデビューさせるシステムのせいで、多くのモデルが短命に終わってしまうと彼女は「What Else」に語る。
「子どもたちを必要以上に美化したり、大人向けの広告に利用したりといった歪んだ姿勢も問題です。私は、こうした点が改善されることをずっと望んできました。モデルとして長いキャリアを築くには、メンタルの面でも、スキルの面でもある程度成長していることが必要です。私は、最初からモデルになりたくてこの世界に飛び込んだわけではなく、モデルというのはある意味“運”に左右される仕事だと思っていました。だから私には、事務所からいつ追い出されても大丈夫だという心持ちがあったのです。若くしてこの仕事にすべてを賭けるのは、あまりにも危険ですから」
セクシュアルハラスメントとの対峙
さらに、若くしてこの世界に飛び込むモデルたちがさまざまな面でセクシュアルハラスメントの被害に遭っていることもUK版『VOGUE』に明かした彼女は、かつて自身が経験した被害についてこう語っている。
「若いモデルの世間知らずなところにつけ込んで、自己満足のために利用する人があまりにも多すぎると思います。それに正常な思考を持つ人なら、仕事のため祖国を離れて異国で一人仕事をこなす若い女の子が、“何か”されても声をあげられないことくらい想像がつくはずです。
以前私があるブランドのルックブックを撮影していたとき、ある男性スタイリストが着替えを手伝ってくれました──少なくとも、そのときはそう見えました。ですが、彼は必要以上に私の身体に触り続け、撮影中もずっと離れませんでした。公の場で服を脱がなければならなかったことも数え切れないほどありますが、そのときも彼はずっと私の身体を触り続けていたのです。その嫌な感触は、今でも鮮明に覚えています。私の身に起きたのだから、無名の若いモデルならなおさらかもしれません」
この直後、リーは「How Should Model Be Treated?」(モデルの扱いについて)と題し、モデルの世界ランキングや所属エージェンシーを公開しているメンバーシップ制メディア「Models.com」のアンケートの一環として自身のコメントを公開したところ、同様の経験を持つ22人(うち13人は匿名)のモデルから意見が寄せられた。そして彼女の活動に賛同し、実名で公表したいと申し出たジェイ・ライト、エミリー・ブッチャー、エカテリーナ・オジガノワらがコメントを公表し、一丸となって業界内のセクシュアルハラスメントに対抗措置を取ったという。
終わらない人種差別との戦い
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その甲斐があってか、以後業界内でのハラスメントには改善の兆しが見られるようになったと安堵するリー。だが、彼女の中にはもう一つの最大の懸念材料がある。それは、未だ終わりの見えない人種差別の問題だ。
「自国を離れたアジア人なら、誰でも人生で何らかの人種差別を経験したことがあるはず。 私の場合、仕事現場で一番多かったのが、私の第一外国語が英語だということを知らずに、私の悪口を目の前平気で言われたことです。こういう小さなイライラが蓄積すると、自分の中で大きな怒りとなって膨れ上がるものです。最悪なことに、そんな状況は今もあまり変わっていません」
パンデミックの発生直後から、世界中でアジア人をターゲットにしたヘイトクライムが多発し、暴力を含めたあからさまな人種差別が横行するようになった。このころから、自身の身の上を案ずることが多くなったというリーは、一見沈静化しているように見える現在もなお、根本的な問題は蔓延ったままだと指摘する。そして、上部だけのポリティカル・コレクトネスを追求する業界や社会に対し、こんな言葉を投げかけている。
「自分たちの都合で、私たちアジア人の存在を無視したり、ポリティカルコレクトネスを追求して持ち上げたりするのはもういい加減にしてほしいと思います。それに、アジア市場やアジア人は、安い労働力のリソースでも、高級品を売りつけるターゲットでもありません。私たちは豊かな歴史を持つ国の人間であり、誰かの利益のためだけに存在する下級国民ではありません。このことを、今こそ世界が理解すべきなのです」
Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba