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“聖なる扉”の裏側へ。ミステリー映画『教皇選挙』が迫る、バチカンの知られざる内幕

第97回アカデミー賞で作品賞受賞を有力視されているエドワード・ベルガー監督の『教皇選挙』(3月20日全国公開)。バチカンを舞台にしたこのミステリー大作は、意表を突く展開に胸をざわつかせる名音楽、そしてレイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、イザベラ・ロッセリーニといった実力派の布陣による迫真の演技で、観る者の心を最後まで掴んで離さないものとなっている。

『教皇選挙』は3月20日より日本公開。

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

ローマ教皇を題材にしたミステリー映画『教皇選挙』(3月20日全国公開)は、第97回アカデミー賞において最有力との呼び声も高まっている注目作だ。壮観なセットを背景に繰り広げられるバチカンの陰謀、法衣を身に纏い棘のある言葉をぶつけ合う実力派キャストたち、そして現代社会における宗教の役割に対する鋭い洞察──これらが巧みに合わさったこの作品に、興味をそそられない者はいないだろう。

こういった特殊なテーマがいかに味わい深いものであるかは、アンソニー・マッカーテンが脚本を、ジョナサン・プライスとアンソニー・ホプキンスがW主演を務めたフェルナンド・メイレレス監督による『2人のローマ教皇』(2019)でも証明されており、教皇制の未来を考察した同作はアカデミー賞で3部門にノミネートされている。

そのため、同じく受賞歴のある『西部戦線異状なし』(2022)のエドワード・ベルガー監督がメガホンをとった『教皇選挙』が、似たようなカトリック教会の新教皇の選挙と任命の物語だと思われても仕方がないかもしれない。批評家から絶賛されたロバート・ハリスによる同名のベストセラー小説をもとに、レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニらハリウッドの実力派キャストを迎えた本作はある意味、内容や展開のテンポのよさといった点で『2人のローマ教皇』に共通するところは多くあるようだ。しかし『教皇選挙』は驚くほどユーモアにあふれていて、最後には思いがけないクライマックスが待ち受けている。

迫真の演技によって描かれるバチカンの権力闘争

教皇選挙を執り仕切る首席枢機卿のローレンス(レイフ・ファインズ)と、リベラル派の事実上のリーダーであるベリーニ(スタンリー・トゥッチ)。

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

物語はローマ教皇の死、つまり一時代の終焉を機に幕を開ける。バチカンの奥深く、密閉された宝石箱のような部屋では、遺体が冷めやらぬうちから枢機卿たちの脳内で歯車が回り出す音が聞こえてくる。このことが知れ渡ると、息つく暇もなく卑劣な権力争いへと発展していく。

世界各国から指導者たちが集まり、外部との接触を禁じられた隔離状態に置かれると、後継者を指名するためのコンクラーベ(=教皇選挙)が始まる。そして血で血を洗うような闘いが繰り広げられるなか、有力候補たちが現れる。アメリカ人のベリーニ(トゥッチ)は故ローマ教皇の遺志を継ぐ慎重なリベラル派。トランブレ(リスゴー)はカナダの保守派で、テデスコ(セルジオ・カステリット)は、イタリアの強硬な伝統主義者。前指導者を酷評し、彼が成し遂げた進歩の大部分を元に戻そうと躍起になっている。

ローレンスは、保守派トランブレ(ジョン・リスゴー)にある疑念を抱く。

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

そのなかでひとり冷静さを保とうとしているのが、コンクラーベを円滑に執り行うという重大な責務を負ったイギリス人主席枢機卿のローレンス(ファインズ)だ。リベラル派のローレンスはベリーニを支持するが、ベリーニが選挙前に行った説教が選挙演説と誤解されたことを理由に、分断された混乱状態から抜け出す道を彼に見出す者が出始める。そのうちのひとりが、カブールを拠点に活動するメキシコ人聖職者である新任のベニテス(カルロス・ディエス)で、彼はこの無慈悲な競争をまったく予期せぬ方法で形成していく。

そのベニテスは前ローマ教皇と親しかったことが判明する。教皇は死の直前にもトランブレに辞職を要求したと囁かれているが、その理由は誰も知らない。やがてあるスキャンダルがアデイエミ(ルシアン・ムサマティ)を飲み込んだかと思えば、今度はシスターたちのリーダー的存在であるシスター・アグネス(ロッセリーニ)が大きな秘密を暴露する。

ナイジェリア人のアデイエミ(ルシアン・ムサマティ)が選出されれば、史上初のアフリカ系教皇となる。

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

緊張感に満ちた侵入場面に驚きの証拠、悪巧みされた裏取引──こうして右派の挑戦者に勢いがつくにつれ、暴力の脅威が忍び寄り、神聖な大聖堂の壁を揺るがす。票が投じられ、カウントされるたびに、私は座席の端へじりじりと追いやられるのを感じた。そしてあっと意表を突かれる結末に、思わず転げ落ちそうになった。

細部に宿るベルガー監督の技

イタリア人のテデスコ(セルジオ・カステリット)は、リベラル派を嫌悪する伝統主義の保守派。

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本作の魅力は、教皇制の腐敗や権力のあからさまな乱用、傲慢さ、権勢、男のエゴのぶつかり合いといったすべてを、決してシリアスにしすぎることなく描いているところだ。

『教皇選挙』はあくまで風刺作品であり、そこにはスリリングで軽快なストーリーテリングとコミカルな描写がある。例えば、枢機卿たちが最初に到着するシーン。彼らは中庭でタバコをふかし、ズケット(カロッタとも)帽子とマントといった出立ちでスマホをドゥームスクロールをしていたり、建物に入るときのX線検査ではバッグのなかに詰め込まれた無数のロザリオが見えたり。口ひげを生やした悪役のテデスコもまた、いつも電子タバコを吸っている。

カトリック教会は女性が聖職者になることを認めておらず、シスター・アグネス(イザベラ・ロッセリーニ)は、自らを“目に見えぬ存在”と語る。

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

こういったベルガー監督による精緻な演出はもちろんだが、作曲家のフォルカー・ベルテルマンによる音楽も賞賛に値するものだ。ふたりは『西部戦線異状なし』でもコラボレーションしており、その壮大な音楽でアカデミー賞を獲得している。ベルテルマンは今回、身の毛もよだつようなヴァイオリンとチェロに不吉で不穏なピアノ、突如として鳴り響くドラム、そしてうなるようなホーンのアクセントといったひと匙の遊び心を効かせ、もっと陰気で堅苦しい室内楽作品になりそうなところを鮮やかに仕上げた。このスコアがなければ、この映画は完成しなかっただろう。

ファインズのパフォーマンスについても同じことが言える。トゥッチやリスゴーは観る者を惹きつけ、ロッセリーニも確かな存在感を示しているが、2度にわたりアカデミー賞にノミネートされたベテラン俳優であるファインズの演技には際立つものがある。責任と儀式にまみれたこの生活を捨て去りたいという切望を胸に秘めながら、権力の空白を埋めようとする不正な勢力を恐れるローレンスの揺れ動く心情を、彼は見事に引き出したのだ。

ファインズが30年以上にわたり比類なきキャリアを築いてきたことは言わずもがなだが、ここでの堂々たる名演ぶりを目の当たりにすれば、彼が主演男優賞を受賞しても納得がいく。

撮影はローマのチネチッタで行った。また、大半の登場人物が法衣を着ているため、十字架や指輪、靴や街灯といったディテールを通してキャラクターの違いが表現されている。

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脚本には、アメリカ大統領選でのトランプとバイデンの対決に絡めていると取れるセリフもあった。今となっては空虚に響くが、『教皇選挙』の純粋な美しさを突きつけられたら、そんなこじつけを取り払うのは容易い。

真っ白な傘をさした人々がバチカンへ押し寄せる様子や、灰色に塗られた石造りの中庭を背景に映される赤いローブを着た聖職者たちの姿など、撮影監督のステファヌ・フォンテーヌが構成したルネサンス絵画のような美しいショットの数々──それから、前ローマ教皇の遺体にベールをかけ、執務室を赤いリボンで施錠するところから、枢機卿たちの晩餐会でのグラスの置き方、聖なる封印が解かれる瞬間まで、あらゆる儀式的な行為を追いかける秀逸なカメラワークからは目が離せない。

映像に音楽、そしてドラマツルギー、そのどれをとっても格別な本作では、まさに私たちが今必要としているスリルと興奮を味わえること請け負いだ。