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フェリシティ・ジョーンズが『ブルータリスト』に賭けた強い思い──2年費やした役作りを33日で出しきる

第97回アカデミー賞に10部門でノミネートされている『ブルータリスト』(2月21日公開)。低予算で製作されたとは思えない壮大なスケールと、215分という長尺(途中15分のインターミッションが設けられている)で語られる物語で、自身も助演女優賞にノミネートされているフェリシティ・ジョーンズが、今もっとも注目を集める若きブラディ・コーベット監督と作品の魅力について語ってくれた。

『ブルータリスト』は2月21日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開。

© DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED. © Universal Pictures

第二次世界大戦下にホロコーストを生き延び、夢を抱いてアメリカへと渡ったハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)。『ブルータリスト』は、見知らぬ土地で移民として苦境にさらされながら生きたラースローの、35年にわたる半生が描かれる。今作でフェリシティ・ジョーンズは、苛酷な強制収容所体験の後遺症に苦しみながらも、強く生きようとするラースローの妻エルジェーベトを、尊厳をもって演じている。

──本作はとても壮大なプロジェクトでありながら、1000万ドル以下という製作費も話題になっています。ブラディ・コーベット監督は、キャストの方たちも通常よりもかなり安いギャランティで出演してくれたと話していました。そこまでしてでも出演したいと思った理由を教えてください。

それは間違いなく、物語とキャラクターにインスパイアされたからです。脚本を読んだ瞬間、物語のパワーに圧倒されました。とても知的で強いイデオロギーが感じられ、すぐさまこの脚本が特別だと感じられたんです。こういう作品はお金のためではなく、物語の素晴らしさとそのパワーを信じるからこそ出演をしたいと願うもので、作品のために自身を投資するような感覚です。また監督が手がけたほかの2作も観て、彼の作品に通ずる美学にも感動したからです。

──リハーサルなしで撮影に臨んだと聞いています。いわば、ぶっつけ本番というスタイルの難しさはありましたか?

リハーサルをしないというのは、逆に完璧な準備をしてから現場入りする必要があるという意味でした。低予算の作品だったので、撮影に日数はかけられませんでしたから。当然我々はそれを理解して作品に臨んでいますし、ブラディ監督自身も役者の演技ではなく、撮影に集中したいという意思を明確にしていたので、私たちには何ら問題はありませんでした。

また、私自身が脚本を手にしてから2年ほどの時間があり、その期間を物語とともに過ごしたので、自分が何をすべきなのかを理解していました。リハーサルをしないというのは、俳優よりも監督の方が大きなリスクを背負うことだと思うんです。ただ、ブラディは私たちを心から信頼してくれていたので、それが俳優陣を勇気づけてくれました。演技に関しても一発OKではない場合も、「いいね。ただ、もう一回だけやってみましょう」と言う程度でした。我々がスクリーンの中で思いっきり役をさらけ出せる環境に導いてくれたんです。

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──リハーサルなくして、どうエイドリアン・ブロディとあの親密な関係を構築したのでしょうか?

エイドリアンとは撮影に入る数カ月前にZoomで挨拶をし、ハンガリーで初対面となりました。本当にそれだけだったのですが、お互いに監督と脚本を信頼していましたし、私たちが語る物語がいかに大切なのかを知っていたので、あらゆる感情と力をすべて注ぎこんだだけです。結果的に、とても息の合った演技ができたと思っています。撮影の初日は、(ガイ・ピアースが演じる)ヴァン・ビューレン家の食卓にエルジェーベトが招かれるシーンでした。物語の流れ的にとても重要なシーンだったので、お互いこのシーンを上手く演じようという気持ちで意気投合ました。エイドリアンの芝居はどのシーンでも、説得力にあふれていますよね。彼が出演している『ダージリン急行』(2007)は私のお気に入り映画の1本で、あれを観て以来、ずっとエイドリアンの演技に注目してきました。

──骨粗相症を患い、痛みに悶絶するシーンには胸が張り裂けそうでした。一方で、人間としての尊厳を保ち、強くあろうと振る舞うエルジェベートに感動しました。エルジェベートになりきるために、最も大切にしたことは何でしょうか?

ラースローもエルジェーベトも強制収容所を経験しているため、トラウマを抱えています。そのため、彼女は与えられたチャンスを最大限に生かそうとしているし、あらゆる意味で、過去に飲み込まれないようにしようと決意している。そんな彼女の激しさ、強さを表現することを大切にしましたし、それがとても楽しくもありました。

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──ハンガリー語、ハンガリー訛りの英語など、言語の壁を超えるために7カ月かけて猛特訓をしたそうですね。どのような練習を行ったのですか?

言語の壁というのが、今回の役の大きなハードルでした。まずハンガリー語を現地の人に近い形で話せるようにならなければいけなかった。そのためにはとにかく時間をかけて、何度も何度も繰り返し話す練習をしました。それは、ハードワークの一言に尽きる感じです。また英国図書館から、エルジェーベトに近い体験をした女性の音声サンプルを借りて、何度も聞き返しました。口調や声の使い方やアクセントなど。口の中の筋肉をどう使ってどう音を出すかなど、技術的な点から学びました。アスリートのようなストイックなトレーニングを重ねました。

──言語習得におけるコツがあれば教えてください。

母国語ではない言語をなるべく自然に話すようにするには、時間が必要です。幸運なことに私は2年間も脚本とともに過ごしていたので、必要なレッスンを受ける時間がありました。エルジェーベトのアクセントが気になって、観ている方たちに物語が入ってこないのがいちばん困るので。ただ、本当に言語やアクセントの習得は時間と練習、それに尽きると思います。アクセントのことを気にせずに、芝居に集中している自分が現れたときは、言語が自分のものになったと感じた瞬間でした。

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──物語の舞台はアメリカのフィラデルフィアですが、撮影自体はブタペストで行われたそうですね。その撮影ロケーションは演技や作品にどう影響をしたと感じますか?

あのロケは本当に夢のようでした。まずスタッフのほとんどがハンガリーの方たちだったので、彼らのアクセントを聞いていることで、ハンガリー語とハンガリー訛りの英語を話す私の役にとっては演技の参考になりました。登場人物たちの出身地で撮影をすることで、演者にもリアリティが湧きますし、誰にとっても仕事のしやすいロケーションだったと思います。

──準備に2年を費やした役も、撮影自体はたったの33日間──。このようなパワフルな役柄を演じるにあたり、どのようにしてキャラクターを詰め込み、撮影を終えたら手放して次へと進んでいるのでしょうか?

私はいつも役が決まったら、その人物が「どうやってその決断を下すのか?」「その人の身に何が起こったのか?」など、スクリーンの中では語られることのない、キャラクターのバックストーリーを考えるんです。心理学者のように役を分析し、包括するのがこの仕事の一つの喜びでもあるんです。ですから、役が決まってからかなりの時間をかけ、役について自分なりの分析をします。ただ、撮影が終わったら一瞬ですべてを忘れてしまいます。それはもう、驚くほどあっという間に(笑)。

左からブラディ・コーベット監督、フェリシティ・ジョーンズ、エイドリアン・ブロディ、ガイ・ピアース、プロデューサーのモナ・ファストヴォルド。

Photo: Alan Chapman/Dave Benett/WireImage

──コーベット監督の注目度が急上昇していますが、彼の魅力は? 実際はどのような人なのでしょうか?

とてもやさしい人柄で、じっくりと話し合ってもくれましたし、撮影中はキャストの味方でいてくれて、誰もが居心地のよい環境を作ってくれました。今作は長いテイクが多く、1シーンを一気に撮ることも多かったのですが、セルロイド・フィルムを使った撮影だったので無駄は極力さけ、撮影は迅速に進みました。彼が素晴らしいのは、自分のビジョンがクリアに見えていて、それに自信を持っている点だと思うんです。細かいことに気を取られたり、雑音に悩まされることなく、常に大きな絵が見えているんです。そして、みんなの声に耳を傾け、人の話を聞くのが上手な人だと思います。その上で、それらを自分の作品の中に取りこんでいく柔軟性もある。結果的にそれが彼のクリアなビジョンにつながっていくのだと思います。