1. アリエル役ハリー・ベイリーの起用と反響
明るく活発で好奇心旺盛な人魚姫、アリエル役に抜擢されたハリー・ベイリー。2歳上の姉とともにR&Bデュオ、クロエ&ハリーとして活動していた彼女は、2019年のグラミー賞に出演したてパフォーマンスする姿を見たロブ・マーシャル監督に誘われ、オーディションに参加した。姉のクロエも挑戦したが、見事に主役の座を射止めたのはハリー。監督は彼女について「このアイコニックな役を演じるために必要な資質であるスピリット、心、若さ、純真さ、そして本質を併せ持つ稀有な存在。素晴らしい歌声も持っています」と絶賛している。
「最高のアリエルを見つける」ためのオーディションでは、あくまでも才能を重視したというが、一部では差別的な反発も起きた。しかし監督は「それは古臭い考え」と一蹴し、「今では多くの子どもたちが自分自身を物語の中に見ることができる」と前向きな側面を強調している。実際、予告編が公開されると、黒人の少女たちがハリー演じるアリエルに歓喜する「リアクション動画」がSNSなどにあふれ、ハリー自身も「涙が出るほど感動した」と喜びを語った。
2. マーメイドを演じるための役作り
ハリーはディズニープリンセスを演じるのにあたり、ブランディが主演したTV映画『シンデレラ』(1997)やアニメの『プリンセスと魔法のキス』(2009)のティアナからインスピレーションを受けたそうだ。人魚であるアリエルの水中でのしなやかな動きを表現するため、過酷なトレーニングに取り組んだ。ワイヤーで吊るされる撮影に備えてクランクインの3カ月前から体幹を鍛え、首の筋力をつけるためには重りを使って30〜90秒間静止するアイソメトリック・トレーニングも行った。
筋肉をつけるためにタンパク質摂取は欠かせない。ヴィーガンであるハリーは、高タンパクで自然食品中心の食事を実践した。撮影は2020年3月に開始予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大と重なって延期となり、準備期間を含めて約2年間にわたって体型を維持しなければならなかった。ハリーは「毎朝4時からジム、それからスタント撮影、そして水中撮影」と当時のハードなスケジュールを明かしている。
そんな努力を実らせたのが、アニメ版のアイコニックなシーンの1つ、アリエルが水から飛び出し髪を振り上げる演技だ。髪が水を含んで重量を増すのに耐えながら、1日がかりで納得いくまで20回以上挑戦し、完ぺきに再現してみせた。アリエルの象徴である赤い髪はオリジナルを尊重しつつ、自身のアイデンティティであるドレッドヘアを活かし、30インチ(約76センチ)のエクステンションを14〜15時間かけて編み込んだ。
3. アニメ版との違いは? アップデートされた歌詞や設定
実写版では、現代の価値観に合わせた重要な変更がいくつか施されている。まず、アリエルの年齢が16歳から18歳(世界で主流の成人年齢)に引き上げられた。また、世代を超えて親しまれている名曲の歌詞もアップデート。「Kiss the Girl(キス・ザ・ガール)」は、アニメ版では「何も言わなくていい / さあ早く / キスして」とエリック王子にけしかけるが、実写版では「目を見て尋ねてごらんよ / そして / キスして」とアリエルの同意を確認するよう促す歌詞に変更された。
さらに、海の魔女のアースラがアリエルに声と引き換えに人間の脚を手に入れる契約を結ぶ際、声を失うことをためらうアリエルに聞かせる「Poor Unfortunate Souls(哀れな人々)」からは、女性をステレオタイプにはめる歌詞がまるまるカットされた。「人間の男たちは大嫌いよ / おしゃべりは」「好まれるのは物言わぬ静かなレディ」など、“外見がきれいでおとなしい女性がモテる”とする価値観は、もちろんヴィランであるアースラの策略だが、若い世代が間違ったメッセージを受け取る可能性を少しでも避けるため「いくつか修正を加えています」と作曲者のアラン・メンケンは語っている。
実写版では、エリック王子のキャラクターもより深みを増し、新たにソロで歌う曲も作られた。
王子は国王の実子ではなく、幼い頃に船の難破事故で陸に打ち上げられた後、今は亡き国王とセリーヌ女王の養子となった背景が描かれている。航海に出たい王子は、彼を陸に留まらせたいセリーヌ女王と対立するが、その冒険心ゆえにアリエルと惹かれ合う設定に説得力が増している。また、アリエルの姉たちは外見や話し方がそれぞれ違い、彼女たちが7つの異なる海を治める存在として多様性を象徴している。
4. コリーン・アトウッドによる見事な衣装デザイン
衣装デザインは、アカデミー賞を4度受賞したコリーン・アトウッドが担当し、「すべての衣装が海に由来する」ことをコンセプトに据え、アニメ版への敬意を保ちつつ、実写ならではリアリズムを追求した。水中シーンの撮影では、衣装の実物はほとんど使用していない。デジタルアーティストと共に作成したスケッチを実際の素材で制作した後、スキャンしてデジタルで作成、ポストプロダクションでキャラクターに着せるという工程を踏んだ。
キャストたちは、ウェットスーツのボトムスと視覚効果用のマーカーを着けた状態で演じたが、例外的にトリトン王を演じたハビエル・バルデムだけは常に本物の衣装を着て演じた。なお王冠は、サメの歯を模造したモチーフを海藻で装飾し、金でコーティングしているそうだ。
アリエルの場合、実写であることを考慮して現代的なデザインを目指したという。虹色に光るスパンコールや、尾ひれに小さなフリルを加えて現代的かつ若々しい印象に仕上げた。「アリエルがただ美しいだけでなく、力強さと独立心を感じさせるようにしたかった」とアトウッドは語っている。
ただ、貝殻ブラはアニメ版のトレードマークだが、こちらは不採用に。「実際に試してみたけれど、奇妙に感じられた」ことに加え、より魚に近い印象を与えたいというのが理由だ。ウロコと肌の境界も、カメラテストを重ねて絶妙なバランスを探った。また、7つの海を守る姉の王女たちは、カスピ海や紅海など、それぞれ異なる海に実在する魚からインスパイアされ、多様性を反映したデザインとなっている。
ヴィランのアースラは暗闇で光る触手のほか、ラベンダーのスパンコールにスエードを重ねて質感に特徴を持たせた。ネックレスはオウム貝をモチーフに、シーンによってサイズを変えて制作した。
5. リン=マニュエル・ミランダによる新曲
本編を彩るのは、珠玉のナンバーばかりだ。「Under the Sea(アンダー・ザ・シー)」などのお馴染みの楽曲に加え、『モアナと伝説の海』(2016)や『ライオンキング ムファサ』(2024)などを手がけたリン=マニュエル・ミランダが新たに3曲を担当した。アリエルが初めて陸に上がったときの心情を描く「For the First Time(何もかも初めて)」は、声を失った状態の彼女の内面を音楽で表現する役割も果たす。「アリエルが人間の世界で感じる驚きと不安、喜びと戸惑いを表現したかった。彼女の内面の声を音楽で描くことで、観客も彼女の旅に寄り添えるようになるんです」とマーシャル監督は語っている。
また、海で溺れかけた自分を救った女性との再会を切望するエリック王子のソロ曲「Wild Uncharted Waters(まだ見ぬ世界へ)」では、王子の冒険心やアリエルへの想いが強調されている。「エリックがただの王子ではなく、アリエルと同じように世界を知りたがる探求者だと示す曲です。2人の共通点を歌で表し、恋愛がより自然に感じられます」とミランダは語る。
一方、ユーモラスな曲に仕上がっているのが、トリトン王に仕えるカニのセバスチャンとシロカツオドリのスカットルが城のうわさ話をする「The Scuttlebutt(スカットル・スクープ!!)」だ。スカットルの声を担当するオークワフィナのラップが聞かせどころとなっている。
Text: Yuki Tominaga
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