『アンドレ・チャンとオリーブの木』
台湾出身のシェフとして初めてミシュランガイドで二つ星を獲得したアンドレ・チャン。2018年、シンガポールで営んでいた「André」の閉店と星の返上を決意した彼の姿と、いかにして成功を掴み、台湾での引退生活を送るに至ったかを追ったドキュメンタリーだ。15歳でフランスに渡り、“修行”という言葉がぴったりの過酷な見習い生活を経て、現代フランス料理を極めた彼。タイで出会った妻がサービス全般、彼が厨房を仕切り、一流とは何かをスタッフに仕込んでいくさまは、ホスピタリティ大国の日本からしても目からウロコ。星の足かせを外した彼が、台湾ローカルの味に回帰していく後半部には、おいしい笑みがこぼれる。
『ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方』
自然豊かな生活を求めて、大都会から郊外へ移り住んだチェスター夫妻。彼らは、理想の農場を作ろうとするものの、自然の厳しさに直面。そこで思いついたのは、動植物の命のサイクルをコントロールするのではなく、自らそのサイクルに入ることだった。オーガニックフードは当たり前だが、家畜も農産物もすべてオーガニックかつサステナビリティを極めることは、一つの農場ではほぼ不可能。だが、それをやってのけたばかりか、高級レストランの並ぶLAからさほど遠くないロケーションで実現した。その夫婦を追うドキュメンタリーだ。彼らの奮闘を観ていると、食のありがたみを感じるはず。
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』
マーベル映画でおなじみのジョン・ファヴローが、「食」の趣味を全開にし、製作・監督・脚本・主演を務めるロードムービー。SNSの炎上で失脚したLAの一流シェフが、一からやり直すため、フードトラックで気ままに料理を提供する旅をする。製作当時大流行していたフードトラック(その筋のスターシェフ、ロイ・チョイが全面協力)とツイッターをフル活用した構成、食を通じて築く親子関係、フロリダからLAを巡るローカルフードの旅、そのどれもが完璧な味付けで一皿にプレゼンテーションされた珠玉のグルメ映画だ。キューバサンドやテキサスBBQなど、彼が行く先々で取り入れる名物料理に、お腹が鳴るのもお約束。
『二郎は鮨の夢を見る』
ミシュランガイド東京版で2007年から12年間、三つ星を獲得し続けた鮨の名店「すきやばし次郎」。カウンター10席、メニューはおまかせのみ、共同トイレの雑居ビル、と、およそ星つき高級店のイメージとはかけ離れた店。だが、誉れ高き理由はひとえに店主の小野二郎氏にあることを解き明かすのが、アメリカ人監督の目を通したこのドキュメンタリー。撮影当時85歳だった小野氏が、自ら毎朝仕入れを行い、技の探求を欠かさない姿。そして弟子でもある彼の息子たちをはじめ、彼を取り巻く人々が口を揃えるのは小野氏のストイックさ。味はもちろん、すべてをオーガナイズする小野氏に魅了される人々が後を絶たない理由がわかるだろう。
『ザ・メニュー』
予約が取れないことで有名な孤島のレストラン。最先端技術を使った極上のメニューにセレブ客たちは大満足。ところが、ある皿から雲行きが変わり……。超高級レストランを舞台にしたサスペンス・スリラー。サンフランシスコにある三つ星レストラン、アトリエ・クレンのオーナーシェフ、ドミニク・クレンがコンサルタントを務めた、見目麗しいフルコースだ。料理のたびに先が読めなくなるぶっ飛んだ展開にも、うやうやしくサーブされる料理の数々にも驚きの連続。とはいえ、これを観る大半の人は、主人公のマーゴ同様に、このメニューには物足りなさを感じ、チーズバーガーを頬張りたくなるはず。グルメを自称する人とご一緒にどうぞ。
『ジュリー&ジュリア』
アメリカの家庭の食卓にフレンチを普及させた伝説の料理研究家ジュリア・チャイルド。彼女にシンパシーを感じたブロガーのジュリーは、1年で彼女の全レシピにトライ。料理の腕は普通のジュリーだが、レシピ通りに作った料理のおいしさ、手軽なアレンジに感動し、どんどんのめり込んでいく。ジュリアの伝記パートと、ジュリーの奮闘の両側面を描いたヒューマンドラマ。一般的な家庭向けにしたフレンチのレシピは、すぐにでも真似したくなるし、実際めちゃくちゃおいしそう。特に厚めに描かれる煮込み料理ブフ・ブルギニョンは、口にしたジュリーの表情だけでも香りが伝わりそう。ただし、ジュリー同様、毎日だと太りますので要注意。
『クレイジー・リッチ!』
NYで生まれ育ったアジア系移民2世のレイチェルは、恋人ニックの里帰りに付き合うことに。実は彼はシンガポールで知らぬ者はいない不動産王一族の御曹司で、社交界の注目の的だった。おまけにニックの母は、庶民的なレイチェルにいい印象を持っておらず……。アジア系キャストがメインを務めた作品としては、歴史的大ヒットを収めたラブコメディ。注目はアジア中のグルメが集まるシンガポールの食文化。特に庶民的な料理の数々が印象的に使われる。スーパーリッチなニックや彼の友人たちも、餃子を包んだり、シンガポール屋台のホーカーに行きつけが。おいしい料理は金額じゃない、味で判断する、という当たり前をも描き切る。
『幸せのレシピ』
完璧主義者のシェフ・ケイトは、事故死した姉の娘ゾーイを引き取ることに。仕事だけの生活から、突如母代わりになった彼女はすべてがうまくいかなくなる。そんなとき、レストランには彼女の代わりのスーシェフとしてニックが雇われ……。01年のドイツ映画『マーサの幸せレシピ』のハリウッドリメイク版。頑なだったり、完璧主義だったり、余裕のない心のままでは何もうまくいかない。特に子どもを相手にするなら、ゆるーく構えて! というのが本作のメッセージだが、そこで効果的に登場するのがニックの作るイタリアン。ケイトの料理はおいしそうだが隙がない。だが、ニックのそれは一見雑。だけど、すぐにでも頬張りたくなる。
Text: Masamichi Yoshihiro Editor: Rieko Shibazaki