「日本での経験が自分を大きく成長させた」
国立新美術館で開催中の「宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」展が示すのは、現代を代表するアーティスト、蔡國強がたどってきた表現の旅路と言えるだろう。その起点は、自身が“ビッグバン”と位置づける、1991年に東京で開催した「原初火球 The Project for Projects」(P3 art and environment)。86年に中国から日本に移住後、初めて開催した個展は、火薬を使った蔡独自の創作が評価されるきっかけとなった。「日本での経験が自分を大きく成長させてくれました。科学技術の発達によってできた人間社会は驚きの連続で、自分は宇宙からやってきた外星人のような視点で見ていたと言えるかもしれません」
「昼間に打ち上げる花火は、見えない世界との対話」
本展でもう一つ印象的なのが、表現者としての“革命拠点”となった縁の地、福島県いわき市との30年におよぶ交流をまとめた「蔡國強といわき」の展示コーナーだ。今回の個展開催に先駆けて、サンローランのコミッションワークとして、四倉海岸で実施した白天花火《満天の桜が咲く日》の記録映像も上映されている。「東日本大震災で被災された方々への鎮魂と、復興への希望をこめて開催しました。昼間に空や海の風景が見えるなかで打ち上げる花火は、自然とのコラボレーションであり、見えない世界との対話でもあります」
ダイナミックな表現で哲学的な世界観を現出させる彼は、中国の占いの古書『易経』について、「陰や陽、エネルギーの流れで宇宙をとらえる考え方は、現代科学やコンピューターの構造に近いものがある」という。蔡は目下、独自に開発した人工知能で、さらに新しい挑戦に取り組んでいる。今後の展開にも注目したい。
1. 1986年から9年間住んだ日本で、最も影響を受けた作家は?
日本を代表する現代アーティストであり、恩師でもある河口龍夫先生です。筑波大学の学生時代、彼の研究室に在籍し、作品制作や展覧会のお手伝いをさせていただきながら、素材やコンセプトの重要性など、美術に関わる多くのことを勉強させてもらいました。このときの経験が、自分を大きく成長させてくれたと実感しています。
2. 最近楽しんでいる音楽は?
幼い頃にはピアノを習っていましたし、普段はチェロの曲を気に入って聴いていますが、今一番興味があるのは人工知能(AI)による音楽です。楽器による演奏とは違って、まるで音によるアートともいうべき音色になるんです。実は、私たちのスタジオでも、独自のAI、「cAI ™」を開発し、運用し始めたばかりです。「宇宙遊」展でもcAI ™がつくったアートを展示しています(※写真は、蔡國強《cAI ™の受胎告知》2023年)。
3. アーティストを志す上で、影響を受けた作家はいますか?
スペインで活躍した画家エル・グレコの作品が、幼い頃から大好きでした。北京オリンピックでの大仕事(2008年大会の開・閉会式で視覚特効芸術監督を務めた)のあと、リフレッシュするために、まだ幼かった娘をつれて彼の足跡をたどる旅に出たのですが、そのときにようやく、なぜ自分が彼の絵画に惹かれるのか、その理由がわかったんです。エル・グレコが登場する以前、ルネサンス時代には解剖学が発達しましたが、彼はあえてそれを無視して、自身の思うように描いた。きっと見えない世界を描こうとしたんだと思いますし、その点に共感を覚えるのです。それに、故郷であるギリシャを離れ、放浪する人生を送ったことも、私自身と似ていると感じています。
4. 座右の書は?
カール・セーガン著の『COSMOS』です。宇宙に興味がある自分にとってはとても大切な本で、いつも持ち歩いているので、ぼろぼろになると新しい本を買い直しています。今でも時間があれば望遠鏡で月を眺めるのですが、それだけで気持ちが落ち着きますし、そんな自分の中にある少年の心を大切にしたいと思っています。
5. プライベートでの趣味は?
子ども時代から魚を飼うのが好きでした。現在ではアトリエ(アメリカ・ニュージャージー州)にある大きな池に、何千・何万匹と泳いでいますよ。敷地内には、狐やコヨーテなどの動物も住みついていますし、桜の木もたくさん植えています。私にとって第二の故郷と言える福島県いわき市の庭師さんに、年に2回来てもらって、庭をつくってもらっているんです。
Text: Akiko Tomita