「男らしく装うことに悩み苦しんだ」
第75回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いたルーカス・ドン監督の『CLOSE/クロース』は、中学に入学した二人の少年を襲う、男らしさという固定観念がもたらす悲劇と、再生までが描かれている。「少年たちの友情をテーマにした作品を撮りたいというのが入り口でした。私たちは親密にしている男性同士というのを滅多に見ることがないので、そういう姿を見るとすぐにそれ以上の何かがあると勘ぐり始める。今作ではそういう恋愛や家族といった関係でなく、少年たちの純粋な親密さを描きたいと思ったんです」
主人公のレオを演じるエデン・ダンブリンは、偶然同じ電車に乗り合わせたところをスカウトしたという。「言葉以上に多くを語ってくれそうな彼の印象的な目に惹かれ、ここで声をかけずに後悔はしたくないと、思い切って声をかけました」
自身もかつて男らしく装うことに悩み苦しんだというドン監督。「若い頃は自分が生きている一瞬の間にどれだけのことが形成され、生み出されるかなど意識していません。社会の規範や期待と初めて対峙するわけですから。でも、それが葛藤や苦しみの種になる。少なくとも、私にとってはそうでした」
「自分を大事にしてほしい」
今、こうして当時の葛藤を映像で表現し、世界とシェアすることができているが、それができない同じような悩みを抱えている今の若者たちには、こんな言葉を残した。「自分を大事にしてほしいです。恐怖にさいなまれたとき、人は自分を傷つけてしまいがちですが、革命には必ずしも暴力は必要ありません。静かに優しくものごとを変えていく革命というのもあるんです」
1. 『CLOSE/クロース』はあなたの実体験が元になっていますが、自身の人生に大きな影響を与えた大切にしている映画作品は?
18歳の頃に初めて観てからずっと、私にとって大切な作品となっているのが、『オルランド』(1992)です。いつか一緒に仕事をしてみたい、私にとっての憧れの俳優ティルダ・スウィントンが演じる、男性と女性の間を自由に往来する主人公が本当に素敵で、黒いドレスを纏った彼女が迷路を走り抜ける姿をカメラが追いかける一連のシーンは、背景に流れる音楽とともに私の中に刷り込まれています。
2. 今作の主人公は中学生の男の子たちですが、あなたが中学生の頃に読んだ印象的な本は?
鮮明に記憶しているのは、アントワーヌ・ド・サン = テグジュペリの『星の王子さま』です。王子はさまざまな場所を行き来し、多様な人たちと出会いますが、彼が本当に探し求めているのは仲間ではなく、自分に合う場所なんだというのを感じたのを覚えています。物語は甘美でおとぎ話のように描かれていますが、そこにはより深い、実存的なもの、哲学的なものがあるような気がしました。また、この本は私が初めてフランス語(生まれ育った地はオランダ語圏)で読んだ本だったというのも、記憶に影響していると思います。
3. 本作のインスピレーション源となったのは?
心理学者ニオベ・ウェイによる、『Deep Secrets: Boys’ Friendships and the Crisis of Connection(原題)』という、13歳から18歳の少年100人を対象にした、男同士の友情に関する調査結果をまとめた書籍です。13歳の頃は親友が心を許せる一番の存在としながらも、年齢を重ねるごとにその親密な関係に悩むようになるという事実に興味を持ったんです。
4. 今作のような美しい情景をイメージさせる、アーティストは?
英国人画家ヘンリー・スコット・テュークの作品が大好きです。彼の絵に描かれる光にはなんとも言えない美しさがあります。今ほどセクシュアリティが議論されない時代に生きた画家で、絵は具体的ではないけれども官能や憧れといった、何かを暗示させる。その感じにとても惹かれるのです。
5. 若い頃を振り返ったときに、大切なシーンで流れていた音楽は?
若い頃の私はたくさんの怒りを内に抱えていました。そのうちのひとつが、世界とのつながりを感じられないという怒りでした。それが、(英国のロックバンド)プラシーボの楽曲とは不思議なほどのつながりを感じ、ディスクマンで繰り返し聴いたことを覚えています。テンポが速くパワフルなサウンドは、ある種の闇を感じさせながらも、10代の私の心を闇から救い出してくれました。
ルーカス・ドン監督最新作『CLOSE/クロース』は7月14日公開
Text: Rieko Shibazaki