プラントベースへの注力と、新拠点での挑戦
ガストロノミーはローカルの時代と言われるようになって久しい。「その土地でしか味わえない料理、特別な体験」を求め、フーディーたちが地方のレストランを目指す。国や地域の枠を取り払って食を楽しむ。あらゆる意味でボーダーレスな時代、「東京のレストラン」に求められるものは何か。料理人の立場に立てば、東京でレストランを続ける意味は何なのか。
その問いに明確な答えを打ち出すのが、フロリレージュの川手寛康シェフだ。ミシュランガイド東京二つ星、今年の「世界のベストレストラン50」では27位に輝いた、日本を代表するレストランが8年4カ月を過ごした店を盛況のうちに閉め、次へ動き出している。
フードロス問題や農業の持続可能性などの問題に取り組み、料理人仲間やフードシーンを刺激し続けてきた。その川手シェフが今、進めているのが、プラントベースの実践だ。ベジタリアンやヴィーガンとは違い、「植物由来のものを積極的に」という考え方。環境問題への配慮や食糧不足への懸念から、世界中で注目を集めている。「言葉だけ聞くとコンセプチュアルな印象ですが、動機はシンプル。年を重ねて前ほど肉が食べられなくなったとか、子どもの成長を見守るうちに、長い時間軸で物事を考えるようになったとか」
海外での仕事が増え、世界のトップシェフたちと交流するようになったのも一つの要因だという。「彼らと話していると、環境問題や食糧危機のことが、当たり前に話題に上る。“で、何をしてる?”と。問題提起だけじゃだめ。実践ありきなんです」
素材は「信じて、頼らず」
ここ数年で「フロリレージュ」の料理は変わった。野菜に深くアプローチするにつれ、軽やかなモダンスタイルから、フレンチという軸に再び焦点を絞るかのように。「シンプルであることについての考え方が変わってきています。昔は、“なるべく手をかけない”ことが美しいと考えていた。でも今は、見た目はシンプルで、裏に膨大な手間と時間がかけられた料理こそが美しいと感じます」
にんじんをベースに複数のパーツを組み合わせたタルトや、じっくりと火を入れて甘味を凝縮し食感の頂点を極めたほうれん草のソテー。今の川手シェフの料理は、後者のシンプルにほかならない。「特別な野菜より、誰もが知る普通の野菜を、驚くような味にできたら、そのほうが“伝わる”」
産地や生産者名は謳わない。素材は「信じて、頼らず」というのが、現在のスタンスだ。料理がより野菜と土との距離を縮めていた時期だけに、移転のニュースは人々を驚かせた。新天地は「麻布台ヒルズ」。再開発が進む神谷町、虎ノ門界隈でも、ひときわ注目が集まる複合施設だ。「話題のスポットという点が取り沙汰されますが、お声掛けいただく前から移転は考えていた。タイミングも、ご縁のうちですね」
フルオープンの厨房を囲むカウンターを、ターブルドット(一つのテーブルを囲むスタイル)に作り変えたい。それは、ダイナミックなライブ感から、より親密に、くつろげる空間への移行だ。ただし、席数は減らさない。むしろ移転前の20席より増やした。
都市部のレストランの意義
今なら、例えば席数を10席以下に絞り、客単価5万円を超える高価格帯にしたところで、満席は守られるだろう。東京を離れ、どんな僻地へ行こうとも。でも、「その選択肢はない」ときっぱり。「確かに、畑がすぐそばにあるような環境であれば、メッセージはわかりやすく伝わる。でも、そこへコストをかけて出向く人は、すでに何かしらの問題に意識的な人なんです。自分は普通の、“たまにはレストランで旨いもの食べたいよね”というマスにアピールしたい。それができるのが東京、都市部のレストランです」
ローカルの店の存在意義はもちろんあるが、それだけでは不十分。ならば都市から発信していく役割を担おうという考えだ。ファインダイニングがボーダーレス化する時代、フランス料理の技術にこだわるのもユニーク。「ビジネス的な話をすれば、斬新に見えるものがウケるかもしれない。でも、一人くらい違う考えの奴がいてもいいじゃないですか」と、軽やかだ。「東京でこそできる発信がある」という川手シェフの考えは、東京の料理人たちを鼓舞し、ローカルをもまた、変えていくことになるだろう。
フロリレージュ(Florilège)
東京都港区虎ノ門5-10-7 麻布台ヒルズ ガーデンプラザD 2F
Photos: Tamon Matsuzono Editor: Maki Hashida