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ペトラ・コリンズって何者?──『VOGUE JAPAN』5月号の表紙を撮影した彼女の経歴をプレイバック

『VOGUE JAPAN』5月号のカバーストーリーを撮影したペトラ・コリンズは、15歳で写真を始め、フェミニンでふわふわとした情感が漂う作風で一躍、時代の寵児となった。32歳の今も写真家、モデル、ディレクター、映像作家として才能を飛躍させ続ける彼女は一体どのような人物なのか。強さと穏やかな優しさを秘めたその魅力を探る。

夢破れた15歳で出合った新しい希望

2024年6月、パリファッションウィークに登場したコリンズ。

Photo: Justin Shin/Getty Images

ペトラ・コリンズはイギリス系カナダ人の父と、共産主義時代に難民としてカナダにやってきたハンガリー出身の母のもと、1992年にカナダのトロントで生まれた。母親の家族や親戚は未だハンガリーにいるためペトラ自身もハンガリー語を話し、しばしばブタペストを訪れるという。

幼いころは妹のアンナとともに、バレリーナになる夢に向かって奮闘していた。ところが、15歳のときに左膝を損傷し、その夢を絶たれてしまう。絶望に打ちひしがれ、どん底に落ちていた彼女を救ったのが写真だった。とはいえこの出合いはただの偶然ではなかった。ディスレクシアにより学生時代ずっと読み書きに苦しんでいた彼女にとって、自身を解放する手段がアートだったからだ。そしてカメラを手にして間もなく、Tumblrに投稿した同年代の少女たちの写真がタヴィ・ジェヴィンソンのオンラインマガジン『Rookie』で紹介され、彼女のキャリアは大きく飛躍していく。

デジタル撮影を行わず、フィルムにこだわる理由

パリファッションウィークで、Paloma Woolのランウェイを歩くコリンズ。アーティストやフォトグラファーとしてだけでなく、モデルとしても活躍。

Photo: River Callaway/Getty Images

10代でアメリカ人映像作家のリチャード・カーンのアシスタント、そして写真家ライアン・マッギンレーの被写体となった彼女は、男性優位のアート界で女性たちが連帯できる場所として、弱冠17歳で若い女性アーティストのためのオンラインプラットフォーム『The Ardorous』を開設(現在は閉鎖)。

多様なアーティストのなかで、なぜコリンズの作品が目を引くのか。それは、修正や加工が当たり前となったデジタル時代に逆行するように、コリンズはフィルムで撮影を行っていることが大きい。彼女が切り取る柔らかな空気のなかに活きる“リアル”が、人々の心に響くのだ。コリンズはフィルムでの撮影にこだわる理由を米『ヴァニティ・フェア』にこう語っている。「ダンスが大好きだったので、常に身体を動かしている必要があるんです。なので、より触覚的な写真という媒体は理にかなっていました。フィルムは物理的なイメージを刻み込むので、被写体に集中しなくてはいけないのです」

議論が生まれることで、変化が生まれる

2017年、イベントにともに登場したコリンズとタヴィ・ジェヴィンソ。

Photo: WWD/Getty Images

20歳で故郷を出てNYに拠点を移し、その頃には親友になっていたタヴィ・ジェヴィンソとルームシェアを始めたコリンズだが、その少し前に「ビキニの間から見える陰毛」をインスタグラムに投稿したことで、運営側からアカウントを削除されてしまう。これに対し、彼女は米『ハフィントン・ポスト』に自身の胸中を吐露。「私はインスタグラムの利用規約に違反することは何もしていません。ヌード、暴力、ポルノ、非合法的、憎悪的、侵害的な画像を投稿していません。投稿したのは、社会の『女性らしさ』の基準を満たさない私の体の写真でした」

彼女は長文で、女性が常に性的な消費の対象であること、そしてありのままの女性の体に嫌悪感を抱く風潮が根強い世の中に声を上げたのだ。「アカウント削除はまるで、世間が定めた美のイメージに屈しろと言っているように感じました」と語り、この騒動の直後に彼女はアメリカン・アパレル(AMERICAN APPAREL)とコラボレートし、「ピリオド・パワー(生理の力)」と名付けられた女性器と生理をイメージしたTシャツを発表。こちらもまたさまざまな議論を巻き起こしたり、ヘイトの声も上がったりした。しかし、コリンズは議論が生まれることで人がつながり、そこから変化が生まれると、自身のブレない意思を示している。

知られざる秘密。そして、ナイーブな自分との決別

2024年3月、カリフォルニア州ロサンゼルスにて。

Photo: WWD/Getty Images

もともと大の映画好きで、映像作家になるための導入として写真を始めたというペトラ・コリンズは、グッチGUCCI)のモデルや撮影を手がけるほか、カーリー・レイ・ジェプセンやセレーナ・ゴメスオリヴィア・ロドリゴのミュージックビデオを監督。写真だけでなく、映像でも独自の美的世界を表現している。

ただ、その才能が故に辛い思いも経験した。彼女がハンガリー『PUNKT』のインタビューで語ったところによると(現在その箇所は削除)、ゼンデイヤ主演のドラマ「ユーフォリア/EUPHORIA」はもともとコリンズがメガホンを握る予定だった。しかし、それは実現せず、代わりに彼女の世界観やアイデアが使われたという。「監督のサム・レヴィンソンから私のエージェントに、『あなたの写真を元に脚本を書いたので、ドラマの監督を引き受けてもらえますか?』という連絡が来たので、LAに引っ越したんです。HBOのために5カ月かけて準備をし、キャスティングも含めドラマの世界観を作り上げました。ところが、その次の瞬間『あなたは若すぎるので雇えません』と言われたんです。私はナイーブだったので、自分が手がけた部分は使われず、新しいものになるんだと思い、『わかりました』と言って現場を去りました。ところが1年後、私の手がけたものがそのままビルボードにあったんです。あまりのショックに思わず泣きだしてしまいました。これまでも何度もこういうことはありましたが、このスケールで起きたのは始めてでした。私が人生をかけて構築した世界観を勝手に使われ、メインストリームに押し上げられたことで、私は今後このスタイルを変えなければいけなくなってしまった。最悪だったのは、この事実を知らない人たちから、『ユーフォリア/EUPHORIA』が私の写真とそっくりだと言われることです」

人によっては、「世界観を盗む」と主張するのはバカげていると思うかもしれない。なぜなら誰もが自由に想像できるものだから。しかし、彼女の写真と「ユーフォリア/EUPHORIA」を比較すると、コリンズが言っていることは明確だろう。

『VOGUE JAPAN』5月号の撮影中は、終始穏やかな表情で撮影を楽しんでいたコリンズ。途中で立ち寄ったコンビニでお菓子やぬいぐるみを購入して笑顔を浮かべ、「シルバニアファミリーが大好きだから、大坂のシルバニアパークに行くのが夢だけど、時間がなくてなかなか行けないんです。次回までおあずけかな」と残念そうにしていた。ドリーミーとリアリティが共存する彼女のアートは、彼女自身を表現しているのかもしれない。

長く親交があるコリンズとセレーナ・ゴメス。2017年ニューヨークにて、パーティーに出席した二人の様子。

Photo: Taylor Hill/Getty Images

今後はセレーナ・ゴメスを主演に、自身が監督と脚本を手がけるサイコスリラー映画『Spiral(原題)』の撮影が控えていると噂されている。さまざまな体験を経て、彼女の世界はどう進化を遂げているのか、期待は高まるばかりだ。

Text: Rieko Shibazaki Editor: Nanami Kobayashi

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