ストーリーラインが完成するまで
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2022)ではマルチバースの扉が開放され、異なるユニバースから2人のスパイダーマン/ピーター・パーカーがやって来る。演じるのは2002年から3本作られたサム・ライミ監督の『スパイダーマン』シリーズに主演したトビー・マグワイア、そして2012年から2本作られたマーク・ウェブ監督の『アメイジング・スパイダーマン』シリーズに主演したアンドリュー・ガーフィールドだ。
トビーとアンドリューが演じるピーターをMCUに登場させるにあたって、脚本のエリック・ソマーズとクリス・マッケナが、製作のケヴィン・ファイギやエイミー・パスカルとともに打ち合わせを始めた当初、マルチバースの構想は入っていなかったという。マッケナは「ヴァラエティ」のインタビューで詳細を伏せたまま、「あるマーベルのキャラクターが彼らを連れてくるというものだった」と語る。2020年秋にクランクインしてからもしばらくはその設定だったが、2人のスパイディの登場にはもっと相応しいストーリーがあるはずだと考え続けていたという。そこで彼らは撮影がクリスマス休暇中に、完成作で描かれる登場シーンを編み出した。
ピーターの身を案じたMJとネッドが、ドクター・ストレンジのスリングリングを使って探そうとすると、異なるユニバースのピーター2人を呼び寄せてしまうという場面だ。思いがけない展開にキャラクターたちは全員困惑する様子が、ユーモラスで楽しい場面になっている。マッケナはこの瞬間について、脚本執筆中の「暗闇の中の光だった」と表現。「あの年の最も暗い時期、製作過程とストーリーを作る最も厳しい時期でした。そこに『トビーとアンドリューが来てくれるんだ!』となったんです」と最高の解決策を得た喜びを語った。
3人のスパイダーマンが集う読み合わせ
トビーとアンドリューの出演が決まり、撮影前に彼らにトム・ホランド、そしてMJを演じるゼンデイヤとネッド役のジェイコブ・バタロンも呼び、みんなが折りたたみ椅子で車座になって脚本を読み合わせをしたという。ジョン・ワッツ監督によると、事前に一人ひとりと個別に話していたが、「みんなで集まってストーリーについて、いろいろなピースをどうフィットさせるか、スパイダーマンが彼らにとってどんな意味を持つのかを話し合えたことは素晴らしかった」そうだ。3人の俳優の貴重な経験を共有したこの時間について、監督は「スパイダーマン・セラピーのセッションのようだった」と「ヴァラエティ」で語っている。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
3人のピーターは、それぞれ大切な人から「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という言葉をかけられる。スパイダーマンの座右の銘でもあるこの名言は、これまでベンおじさんによるものだったが、『ノー・ウェイ・ホーム』では瀕死のメイおばさん(マリサ・トメイ)がピーターにこの言葉を遺す。そしてこの言葉によって、3人は特別な絆を確認し合うのだ。
トム・ホランド演じるピーター1がメイおばさんのことを語ってこの言葉を口にしかけると、トビー・ワグワイア演じるピーター2が反応し、代わって語句を締めくくる。ピーター1にとって他のピーターたちの存在が、危機を救うためだけではなく、孤独や悲しみを共有できる特別な絆となることが印象づけられるシーンだ。
一方、アンドリュー・ガーフィールドが演じたピーター3は、『アメイジング・スパイダーマン2』で最愛のグウェン(エマ・ストーン)を助けられず、悲劇的な結末を迎えた過去がある。『ノー・ウェイ・ホーム』では、MJがかつてのグウェンと同じように高所から落下し、ピーター1が彼女を助けられない瞬間が訪れる。その時、彼に代わってMJを助けたピーター3は、MJ(ゼンデイヤ)が「大丈夫」と答えるのを聞いて涙するのだ。
『ヴァラエティ』誌の俳優対談企画「Actors on Actors」でアンドリューは、このシーンが『アメイジング・スパイダーマン2』でグウェンを救えなかったことへのオマージュであり、『ノー・ウェイ・ホーム』でMJを無事キャッチしたことでピーター3はトラウマを克服したと語っている。これはワッツ監督のアイデアをもとに、同作のクリエイティブ・チームが彼に提案したシーンだった。
先輩スパイダーマンが語る『ノー・ウェイ・ホーム』の魅力
トビーとアンドリューの出演は映画公開まで極秘扱いで、2人はプレミア上映にも参加しなかった。彼らは一緒に映画館へ出かけ、一般観客に混じって完成作を鑑賞したという。「デッドライン」のオンライン・インタビューで、アンドリューは「トビーと一緒に初めて見て、粉々になった気がしました。これは深い映画です」と強い感銘を受けたことを明かす。
「これは青春について、喪失を受け入れること、死を受け入れること、自分の持つギフトへの責任を持つことについての映画。僕は、トムの経験に引き裂かれる思いがしました。古典的なピーター・パーカーでありつつ、とても新鮮でまったく新しいものに感じた。トムによるオリジン・ストーリーが、彼の出演第1作ではなく第3作で起こっているようで、とても深いものがあります。僕とトビーが登場しなくても、映画は成立していると感じます。僕らが強化できたことを願ってはいますが。ジョン(・ワッツ監督)とトムは、特に若い人たちにとって非常に感動的な作品を作ったのではないでしょうか。美しい映画だと思います」
また、アンドリューと同じ機会にトビーは「毎日ただ感謝していました」と撮影時を振り返った。「何かを共有するブラザーフッドのような感覚で、とても豊かでエモーショナルでした。常にそんな概念的なことを考えているわけではないけど、そんな感情に襲われる瞬間がありました。毎日、この物語と(3人の)関係性が美しい展開を見せていったんです」
そして完成作を見て、「複数の映画を通してキャラクターが進化していく方法はユニークで、スーパーヴィランたちも含めて彼らを一堂に集め、壮大な歴史をひとつに集約するのを目の当たりにするのはワイルドでした。アンドリューが言う通り、これは独立した立派なストーリーです」と語っている。
あのミームは誰の発案?
2022年2月、マーベルは本作のソフトリリースを告知するSNSでスパイダーマンを演じる3人が勢揃いし、互いを指差すミームの画像を投稿した。これは1960年代のアニメ版に登場したシーンの再現で、オリジナルではスパイダーマンがコスチュームを着た偽物と出くわし、互いを指差し合うというものだ。アンドリューがTV番組「ジミー・キンメル・ライブ!」で語ったところによると、このミームはまだ本編の撮影が始まる以前、最初に3人で撮影したものだという。
「トビーと僕がセットに到着し、彼らは僕たちにコスチュームを着せて『すぐにミームをやりましょう』と言ったんです。まだ僕らがまだ何も撮っていない時でした。いきなりセットに放り込まれて、互いを指差すように指示されたような感じだった」とアンドリューは振り返り、「いいショットが撮れたと思います」と言いつつ、大半の時間は3人とも笑いっぱなしで「お互いの股間を見て比較しないように努力していました」とジョークを交えながら舞台裏を明かした。
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マーベルの投稿画像ではマスクなしでコスチューム姿のトビー、アンドリュー、ピーターが互いを指差しあっているが、その元となるものはアンドリューの提案で、劇中のクライマックスとなる自由の女神像の工事現場のシーンに出てくる。3人が大急ぎで作戦を練る際、当然ながら同姓同名の彼らはファーストネームに数字をつけて互いを指差しながらアイデンティティを確認し合うのだ。
「ピーター1、ピーター2、ピーター3が登場する(自由の女神の)足場のシーンで自然に生まれました。セットにいたジョン(・ワッツ監督)に 『閃いた、閃いた!』と言ったのを覚えています」とアンドリューはポッドキャスト『The Happy Sad Confused(原題)』で語っている。
Text: Yuki Tominaga