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仲野太賀、ネパールで親友と「泥」にまみれる。“日常ループ”から抜ける、彼らの幸福時間(Toru Mitani)

俳優、仲野太賀が東京からネパールへ。ともに旅するのはTVディレクター上出遼平と写真家の阿部裕介。慌ただしい日常からスポン!と抜けた3人が、ここから遠くのどこかで感じた“幸せ”とは。彼らの旅情がリアルに綴られた書籍『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』が発売し、インタビューを行った。
仲野太賀が友と旅をする理由──秘境ネパール、“泥まみれ”の思い出

3人と一緒に、旅をする擬似体験

インタビュー後の太賀さん。

ドトールでこの本を読み終えた後、私は彼らと旅を終えた後のような気持ちになった。まるで“3.5人目”の旅人かのように。この『Midnight Pizza Club 1st BLAZE Langtang Valley』は、俳優・仲野太賀と、友人の写真家、阿部裕介、TVディレクターとして活躍する上出(かみで)遼平によるネパールを舞台にした手記であり、写真集であり、幸せな時間の記録である。

購入した本書。

今回の旅は、ここに阿部ちゃんっていう強烈な人がいるんで。もう何をしても敵わないし勝てない相手なんで、僕が今回やる役割としてこの“阿部裕介”という人間をとにかく世に知らしめる。それがこの本のきっかけになれば、と」と語る太賀さんは満面の笑みだ。実際、この書籍を執筆した上出さんも、“阿部ちゃん”の偉人変人っぷりを壮大に盛り上げ、賛美している。「主役っていうのは、なるべくしてなるものだなと改めて。なりたくてなれない」と、主演になりたいわけではない上出さんが後押しし、太賀さんは「そうね」と太鼓判を押す。

左から上出さん、太賀さん、阿部ちゃん。池尻大橋にて。

次回の大河「豊臣兄弟!」の主演俳優に、ある種のスター性を評された阿部ちゃん。彼が切り取ってゆく、透明感があって、土と塵と汗のようなものが滲み、空気の濃度がしっかりと刻まれた写真たち。ずっと奥までのぞきたくなるピュアなランドスケープの数々。そこに、ワシのようにどこか俯瞰で物事を観察しつつも、超ド級に赤裸々な目線で個人的な旅のあれこれが、上出さんによって綴られている。

完全プライベートな旅を、一冊に閉じ込める

上出さんと太賀さんの昼寝。

太賀「そもそも僕、旅する時とかって自分で計画したり、日程を組んだりすることが好きなんですけど、今回こうやって3人で旅していくうちに、人に委ねることの良さに気がついて。今回の旅は阿部ちゃんがネパールのランタン谷に一緒に行きたいって言ってくれたこともあって、まかせてみようかな、と思いました。それも面白そうだなって」

阿部「いろんな人を誘ったんですけど、『行く行く!』って言って来てくれる人なんていなかったです」

歩き続けるふたりの背中を捉える。

——途中、阿部ちゃんが旅路で「今までで一番楽しい」と発言するシーンがあります。これって友人からするとめちゃくちゃ嬉しい瞬間かなって思ったのですが。

上出「マジで嬉しいですよ。しかもその言葉に嘘がないし、なんか本当に来てよかったなって」

太賀「そうだね。自分だったら、そんなことなかなか言えないし。思ってたとしても」

上出「(旅をする中で)一人、無限にポジティブな人がいると心強いですよね。実はこの書籍の後には2つ目、3つ目の旅もあってまた書籍にできたらなあと思っているんです。やっぱ、阿部ちゃんのそういった面も含めて、どこ行っても大丈夫そうだな、というチームになっていると思います。今回のネパールで、そう思えるようになりました」

阿部「でも、次回の旅では真逆もあったよね。今までで一番つまんなかった!と言う」

太賀「あれって唯一じゃない? 阿部ちゃんがネガティブ発言したのって」

上出「それを聞いて結局めちゃくちゃ笑ったんですけどね。腹抱えるくらい」

写真家・阿部裕介さん。

——今回のネパールでの“泥にハマった”時と同じくらいでしょうか?

太賀「泥、というか肥溜めにはまった時はかなり躁状態というか、もうすごいボルテージ上がりまくって。“写真家”という職業の阿部ちゃんが自分のカメラだけ死守(※阿部さんは泥、肥溜めに埋もれている状態)している姿に爆笑しました。腹捩れるくらい笑ったなあ、あれは」

阿部「でも太賀と上出さんの大爆笑を撮ることができてよかった。まわりがトワイライトですごいキレイな紫色の世界で」

インタビュー中の太賀さん。「Midnight Pizza Club」Tシャツを着て。

元々、完全なプライベートの旅。3人が辿ったネパールの地、空、人々を切り取ったのは阿部ちゃんのみではない。「太賀が撮っている時は自然と僕は撮影しなかったです。ああ、ここは太賀に任せよう、って」(阿部ちゃん)と、書籍の中には太賀さんが撮影した写真も数多くある。「本当に限られた枚数だけ撮影している気がします。心が動く瞬間だけ撮るっていう。フイルムで撮影していることもあり、パシャパシャと軽く撮ることが選択肢に無くて。おのずと、ですね

太賀さん撮影。ネパールにて。

太賀さんは少し上を向きながらふたりとともに見た景色と温度を思い出す。「あと、現像する作業中に思ったのが、あがったものを見ると自分が何に心が惹かれていたかが鮮明にわかる」と話す太賀さんに、上出さんが思い出したように軽くシャウトする。「え、待って。俺の撮影した写真ぜんぜん使われてないんだけど」。そこへ太賀さんが「それは技術的な問題では」とシニカルに真顔でつぶやく。

食事のワンシーン。

濾過装置がないままの、いい意味で不純物が残ったような嘘のない会話。そんな3人の旅路からは、「世界ウルルン滞在記」(1995〜2007)のような都会と正反対の場所に身を置き、一体化していく様が垣間見れるし、沢木耕太郎の「深夜特急」(1986、1992)のインターネットがなく生身で体験する旅のヴィヴィッドな景色を味わえたりする。また、ひとりの個人的視点だけではなく三者三様の思想がひとつの旅路の中で交差していくことで、まるで自分もそこにいるかのような錯覚に陥る点も忘れてはならない。

TVディレクター・上出遼平さん。

私は、この書籍で、何度も未だ足を踏み入れたことのない地の、砂埃と透けた光の感触、おだやかな人々の体温、登山路で感じる足の裏の疲れ、空腹時に流し込むチャイの染み渡る温かさを体験してしまった。「ああ、旅がしたい」。何度この気持ちになっただろう。

歩き続けて着いた、とある景色。

——みなさん、旅の最中、けっこう休んでいたのが印象的でした。寝る時はしっかり寝るし、食事の時間も大切にしていて。それって意識されていたのでしょうか?

阿部「けっこう休むっていうのはテーマだったよね。休憩しよう! みたいな。東京にいる時ってすごい働いてるから」

太賀「そうだね。今回も疲れ切ったまま飛行機にぶち込まれる、みたいな(笑)」

上出「多分ワーカホリックでずっと仕事をしているんだけど、無理やりでも時間を作っていきたいって気持ちはありますね。旅が切り替えにもなっているし、何かのインプットにもなっているし」

太賀「東京で過ごしている時は、なんというか“激流”の中にいるような感覚。仕事は本当に楽しくて、ありがたいという気持ちがベースにありつつも、正直、目まぐるしいと思う瞬間ももちろんあります。でも、そこから一歩離れると“シンプルな自分”がいたりして。素直に旅している時の自分も好きですね」

ネパールへの旅を決めたNYにて。

上出「自分自身は仕事においても好きなことしかやっていないから、変わんないっちゃ変わんない。ただ、今回みたいな旅だと基本的に一日中歩いているので、都心で普段使う脳とまったく違う部分を使っている気持ちよさはあります」

阿部「僕は、東京でも旅先でも“写真”という線で繋がっているので、写真の撮り方が影響してくることがあります。かっこ良く撮らなちゃ、と頭で考えずに、ありのままで感覚でおさえるほうがいい結果になる気がして。旅を通して写真家として成長できているかも、という感覚はありますね」

NYの太賀さん。

阿部ちゃんはお金がない(と、上出さんは説明している)。「銀行口座に0がいくつあるかよりも、ニューヨークで太賀のいい瞬間をたくさん撮れたほうが幸せだし、価値がある」と語る阿部ちゃんのスターダストを抱えた眼差しを見ていると、なんだか泣きそうになる。きっと太賀さんと上出さんも、彼とのセッションで涙腺が緩む瞬間があったに違いない(勝手な予測ではあるが)。

過去と未来をつなぐ、旅というプロセス

狙って撮ることはできない、何気ない瞬間。

——今回の旅を通して、過去の幼少期の何かを思い出すとかありましたか? 私は場所によってたまにあるのですが。

阿部「ヤク(ネパールに生息するウシ科の生物)を見たり、ロバが鈴をつけて歩いている姿を見ると、昔、小さな頃にTVとかで見たものをなんとなく思い出したりはしました。 2回目以降のネパールでは、ヤクを見る度に安心するようになりました」

上出「ネパールって昔の日本っぽさがある。郷愁というかノスタルジックな何かを感じるというか。そういうの、ない?」

阿部「うーん」

太賀「そうっすね……」

太賀さん撮影。雪の中で食事をするヤク。

上出「……え、なさそう。この人たち都会っ子だから。コンクリートジャングル育ちですよ。(太賀さんを見ながら)ヤクを見て、ふと父親を思い出すとかなかったの?」

太賀「ヤクを見てたらお父さん思い出しました!って? いや、 ないでしょ」

阿部「でも、太賀ってどこに行ってもニュートラルだよね。アメリカ行ってもネパール行っても。なんなら東京でも」

上出「そうだね。でも、3人ともニュートラルな気がする」

池尻大橋、とある路地裏にて。

——旅のテンションが同じで、何度も旅を重ねていくと関係性も変化してきましたか?

太賀「ラクですよ。非常に。3人でいると。コンコンと打ち合わせすることもできるし、ふたりにいろんなことをお任せすることもできるし」

上出「3人で一緒に過ごしてる時間もう長いんで、誰も何も喋んないみたいな時間もありっていう状況になってますね。そういう意味では家族とあまり変わらない。『話すことなくなっちゃったよ。どうしよう』みたいなのがもうないんで」

阿部「たった一週間っていう普通に日常で考えたらた短い時間ですけど、やっぱ、山の中を7日間3人で歩くってなかなか経験しないことなので、そういったことを何度か一緒に経験してきたことで、より深くなったというのはありますね」

上出「でも、次の旅で思いっきり崩壊したりしてね」

太賀「それめちゃくちゃ面白いでしょ。バチバチの喧嘩とか」

NYでの一コマ。

喧嘩はあるかもしれないけれど、仲間割れはしなそうな3人。今回、上出さんはとある特性に関して3人を数値化している。それが本当に面白い。流れでほかのことも客観的に分析してほしい、とお願いするとスルスルと算出してくれた。「“繊細度”であれば、阿部100、上出90、仲野5。変態度ですか? それは、仲野5、上出10、阿部20,000です」。それを聞いてふたりは否定せずしどけなく笑っている。その後、上出さんが阿部ちゃんの“変態度”に関する独自分析が進むが、それは割愛する。

旅の始まりでは太賀さんが思いもよらぬ行動をとり、映画やドラマ、舞台では見られない“人間・仲野太賀”が垣間見られる。「ミーアキャットみたいなんですよ、この人」と、太賀さんがネパールの女性たちに“大モテ”する中で上出さんがカジュアルな嫉妬を起こすなど、男子中学生のような目線もあったりする。いくつになっても、人は無邪気になれる。というか、3人の無垢な部分に触れることができるのもこの作品の魅力かもしれない。なぜか、幼少期にながめていた「裸の大将」(1980〜1997)の貼り絵を描くシーンを思い出す。

ドキュメンタリー映像が、一冊に凝縮

ネパール、夜のワンシーン。

ずっと録音していました。すべて事実に基づいてます」と上出さんが語るように、今作は“ガチ”のドキュメンタリーだ。「一軒家みたいな家がゴロゴロしてますねえ」という太賀さんのセリフが文中にあるが、これはとある岩山を見た時の一言である。家は存在しない。フィナーレではある人物のラップも披露され、読み手としては、映画のエンドロールさながらにネパールの旅がプレイバックされてゆく。これって本だよね。でも、映画だ。そして、続いていく3人の旅へと興味が湧いてくる。ちなみに、前出のセカンドトリップはすでに終えたそうである。

太賀さん撮影。

上出「次回の旅ではある過酷なエリアをひたすら歩いたのですが、過酷になるればなるほど早足になっちゃうんです」

太賀「阿部ちゃんが大変だったやつね」

上出「なんか本当に不思議で、めちゃくちゃ疲れているはずなのに、雪の状況とかもあって、行ける!みたくなって。雪の上を飛び跳ねるように進める瞬間があって」

阿部ちゃんはこのシーンで絶え間ない悲しみを抱えることとなるが、「気を許せるふたりにだから、やだ!と言えた」と当時を振り返る。インタビューの途中、アップルモモ(ネパールの伝統的な郷土料理モモにリンゴを入れて焼いたスイーツ)を頬張る3人。戦いを終えて糖分を摂取する武士にも見えるし、ドッジボールをしてクタクタになり帰宅してきた小学5年生にも見える。

彼らからのこのささやかなギフト、一冊のドキュメンタリーは、今後の旅に強烈な影響をあたえていきそうである。何より、本っ当におもしろい!

『MIDNIGHT PIZZA CLUB 1st BLAZE LANGTANG VALLEY』(講談社) ¥2,750 今回の旅を音声で楽しめるポッドキャスト『MIDNIGHT PIZZA CLUB』も配信

Profile
仲野太賀
俳優。2006年にデビューし、その後『桐島、部活やめるってよ』(2012)で注目を集め、深田晃司監督作『淵に立つ』(2016)、第45回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞した西川美和監督作『すばらしき世界』など、数多くの映画作品に出演。「拾われた男 LOST MAN FOUND」(2022)や「新宿野戦病院」(2024)といったドラマではコミカルな演技も披露し、作家性の高い映画作品と合わせ多くの人々を魅了している。次回作に、2026年放送スタートの大河ドラマ「豊臣兄弟!」など。www.stardust.co.jp/talent/section1/nakanotaiga

阿部裕介
写真家。エディトリアルや広告のほか、世界中を旅し、現地で暮らす多くの人々を捉えることをライフワークとしている。2015年にはネパール大地震による被災地支援に関わり、女性強制労働問題が今もなお残るネパールで撮影した「ライ麦畑にかこまれて」に参加するなど、写真を通じてより豊かな暮らしへとつながる取り組みを行う。日本の活動に、さまざまな家族のポートレートを綴るシリーズ「ある家族」がある。 @abe_yusuke

上出遼平
TVディレクター、プロデューサー。テレビ東京に入社後、ドキュメンタリー番組 『ハイパーハードボイルドグルメリポート』シリーズを手がけ、話題に。2019年には同番組にて第57回ギャラクシー賞優秀賞を受賞し、現在はフリーとしてさまざまなコンテンツを制作。ドキュメンタリー監督として活動しながらも、『ありえない仕事術 正しい" 正義" の使い方』(2024)など著書も多数。作家としてコラムや書籍を執筆している。過去、仲野太賀とともにアラスカを巡る番組を制作(以下動画)。@kamide_