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「女らしさ」という言葉は、もうNG? 2002年の特集から本当の自由を考える【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

今回振り返るのは、“女の人生”は満開ですか? のタイトルが表紙を飾る2002年5月号。価値観が多様化し、技術が進化を遂げてきたこの20年間で、女性をとりまく環境は果たしてどのくらい向上したのだろうか。今、「女らしい」という言葉を使うことに違和感を感じたり使うことを躊躇したりするのは、女性が本当の自由を手に入れられていないからかもしれない。

「女らしい」という言葉は、もう使ってはいけないのでしょうか? と最近よく聞かれる。どうもみんな、悩んでいるようだ。

あえて言えば、その煩悶が今の「女らしさ」かもしれない。広告に起用される人々のジェンダーが多様になり、パールのアクセサリーや華やかなコスメ、厚底靴やハイブランドのバッグが女らしさの象徴ではなくなった。では、それらを身につけたときに湧き上がる高揚感、かつては「女であることの喜び」などと呼んでいた愉悦をなんと呼べば? という戸惑い。あれは、女にしか許されていない装いを楽しむ特権意識だったと思う。私にはそういう自覚がある。子どもの頃から、男性は決まった形の地味な服しか着られなくて気の毒だなと思っていた。女性は男性のような服も着られるし、スカートも穿けるし、色数も多くてなんて自由なのだろうと。ただその自由が、男性優位社会の中に位置付けられていることには無自覚だった。私の自由と、私たちの自由はイコールではない。私が自由でも私たちが自由でないのなら、私の自由はいずれ壁に阻まれることになる。そこまでは考えが及んでいなかった。注目を浴びる女性の影響力を讃えるときには、社会構造にまで視野を広げることを忘れてはならない。その女性の存在がどのような構造の中で輝きを得ているのかを考察してこそ、時代が見えてくる。

2002年5月号の表紙には「Are You a Real Woman?」と大書されている。今なら物議を醸すだろうリアル・ウーマンという言葉をどのような意図で用いたのかは、巻頭の編集長のエディターズ・レターに記されている。当時の首相は、アイドル的な人気を誇った小泉純一郎氏。外相を解任された田中真紀子氏が流した悔し涙を小泉氏は「涙は女の最大の武器」と揶揄し、国内外から批判された。男だらけの永田町では、欲望のぶつかり合いがタテマエでまとめられ「リアルな生身の人間がどこかに消えて」いたと編集長は綴る。しかし田中真紀子氏の涙はそれを破ったと。「政治にはじめて生身の肉体が登場したのです。しかも、女という性が。(中略)田中真紀子さんは、あの時からリアル・ウーマンな政治家になった気がする」。田中氏の評価はいろいろだろう。だが、編集長が身体性に注目した点は重要だ。身体は、物事が思い通りにならないことを知っている。その痛みを人は生きているのだ。 生成AI登場後の現世界でも、身体性は大きなテーマである。AIは死なない。人間は選んだわけでもない体を与えられ、老い、病み、死ぬ宿命である。そのやるせなさは、AIがいくら人の感情を言語化したものを学習したところで再現できない。たとえAIが身体と呼ばれるものを持っても、それは私たちのように受精卵から発生し、血流がとまって程なく腐敗が始まる体とは違う。これからは若く美しいものはいくらでも生成できる。アバターならなりたい身体になれる。だから美の希少資源は、刻々と老いゆく身体であるというのが私の持論だ。

「生身の女性」に重点を置いたこの号の特集では「私のママはスーパーモデル!」と題して、出産した人気モデルたちが取り上げられている。生身の女性=妊娠・出産というストーリーは今の感覚では違和感が強いが、当時はまだ、出産後も変わらず働き続けるのが今よりも容易ではなかった時代だ。日本でも私が2003年と2005年に子どもを産んで復帰した頃に、「ママアナという新ジャンル」ができて話題になったのを覚えている。それまでは大半の経産婦は画面から消えていたのだ。

この号では61人の女性たちにアンケートをとっている。今でも活躍している女性たちの22年前の声。「女であるメリットとデメリットは?」という質問への答えは、みな似通っている。「気にしたことがない・感じたことがない・性別より実力・同性の嫉妬が面倒」。仕事のジャンルは違えど、男性社会の紅一点として得もしてきたし、女性差別を言い立てるのはダサいと言いたげな彼女たちの言葉は、当時29歳だった私と同じだ。61人中、構造的な性差別や、今ではすっかりおなじみのジェンダーギャップに言及しているのは数人だけである。1999年の男女共同参画社会基本法(男女平等という文言は使われていないことに注目)など、女性の権利に関する法律が次々と施行され、東京の渋谷や表参道あたりには、もう女性差別云々と目くじら立てるのは時代遅れだよねーという気分が満ちていた。

今、注目の女性61人に同じ質問をしたら、どうだろう。女性政治家を増やそうと頑張っている一部の若者などを除けば、年代問わずに多くは22年前と似たような答えだろう。なぜなら、社会構造が大きく変わっていないからである。職場の女性は増えても給与の男女差は大きい。永田町の景色も全く変わっていない。女性は本当に得をしているのか。性別より実力、と全ての女性が言えるのか。時代に影響を与える女性たちには「私の」と同時に「私たちの」自由についても、力強く語り続けてほしい。

Photos: Raymond Meier (cover), Shinsuke Kojima (magazine) Model: Audrey Marnay Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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