X content
This content can also be viewed on the site it originates from.
2024年10月、英国のトーク番組「ザ・グラハム・ノートン・ショー」にエディ・レッドメイン、ポール・メスカル、シアーシャ・ローナンが出演。番組内でレッドメインが携帯電話を使った護身術を紹介すると、メスカルは「そんなこと誰が考えるんだ? もし僕が襲われても、すぐに『携帯はどこ!』なんてならないよ」と信じられない様子。その発言によって会場が大きな笑いに包まれた最中、ローナンが口を挟む。「女性はいつだって、こういうことを考えているの。そうでしょう、女性のみなさん」すると周囲は困惑した表情。
この短いやり取りのなかで、ローナンが成し遂げたことがある。彼女は空気を読まず、その雰囲気を壊したのだ。発言自体が過激なわけでは決してなく、むしろ当たり前のことだが、彼女は見過ごされやすい女性そしてマイノリティの視点を、会話(さらにゴールデンタイムのテレビ番組内)に持ち込んだ。それを私は称賛したい。
そしてもっと多くの人が、彼女のように「空気を読まない」ことで雰囲気を壊すべきだと考えている。2015年、第四波フェミニズムの盛り上がりが最高潮に達した頃は、毎日のように日常生活およびソーシャルメディアを通じて、フェミニズムの勝利を目撃していた。しかしそれから10年経った今、社会問題について発言することに逆風が吹いている。“物申す人”だとレッテルを貼られたり、分断を招いたり波風が立つことを恐れて、人々が声を上げなくなってきているのだ。
昨年、TikTokを中心に「目覚めすぎている友人」をパロディ化したミームが出回った。簡単に説明すると、友人同士が何気ない会話をしているなかで、そのうちの1人が絶えず「空気の読めない」発言を繰り返す。例えば「どうして世界が戦争に突入しようとしているのに、戦争映画を楽しんでいるの?」などだ。何気ない会話をすぐにシリアスなものにし、“政治的な正しさ”で場をしらけさせる人を笑いものにしており、客観的に見ると確かに滑稽かもしれない。しかし、私自身はフェミニズムに出合って以来、友人グループのなかで間違いなく「目覚めすぎている友人」だ。
異論を唱える勇気を持つことが、小さな変化を生む
フェミニズムをめぐる会話が減少傾向にある一方、ファシズムが台頭してきているように思う。昨年の夏、イギリスでは「極右」による人種差別的な抗議運動が勃発し、難民希望者や有色人種のコミュニティが、彼/彼女らとは無関係の犯罪を理由に標的にされた。さらに、イーロン・マスクのX(旧Twitter)買収により、アンドリュー・テイトやトミー・ロビンソンなど、以前はプラットフォームから排除されていた人物らが復活。ソーシャルメディア全体でヘイトスピーチや偽情報、過激なコンテンツが増加していると非難されている。ほかにも、ドナルド・トランプ大統領がホワイトハウスに戻ったと同時に、Metaの所有者であるマーク・ザッカーバーグは、プラットフォームから第三者のファクトチェッカーを排除すると発表した。
私たちは今、敗北感を感じている。英国では、女性と子どもに対する暴力が悪化の一途を辿り、「国家的緊急事態」が宣言されるほど。高齢者は光熱費が払えず家で凍えている。弱い立場にあるトランスジェンダーの若者は必要な薬の提供を禁止され、イスラエルとハマスの停戦がようやく合意に至ったとはいえ、すでに15カ月に及ぶ死と破壊がもたらされた。気候危機はエスカレートを続けており、あらゆる面で極めて深刻な事態を迎えているだろう。現実を知れば知るほど、対話をし行動を起こすことが無意味に感じられる。
もちろん「空気を読まない」「目覚めすぎている友人」でいることで、世界が燃えるのを止めることはできない。しかし微々たる力でも、ごくわずかに社会の役に立つことはあるかもしれないと考える。ときには異議を唱え、友人や家族との日常的な会話に新たな視点を提示することで、ポジティブな影響をもたらすことがあるはずだ。同じ考えを持つ人を見つけるきっかけになるかもしれないし、声を上げる人々を勇気づけることもできる。そんな力がこれまで以上に重要な局面が今だ。
雰囲気を壊さない「空気を読む」人は好かれやすいし、誰も“物申す迷惑な友人”にはなりたくない。けれど極右の勝利を許さぬために、私たちは行動を起こす必要がある。ときには強くまたは穏やかに異論を主張し、意見交換の機会を作る人でありたい。私の2025年の抱負は「空気を読まない」こと。必要であれば会話を気まずくもするし、場の雰囲気を壊すことだってする。気後れしたり、恥ずかしがったりせずに。
Text: Riann Phillip Adaptation: Nanami Kobayashi
From: BRITISH VOGUE
READ MORE