ダニエル・ラドクリフ、LGBTQ人権活動家としての顔
「『ダニエル・ラドクリフの笑顔はゲイっぽい』とタブロイド紙に書かれるたびに、自分はストレートなんだけどな、と呟いていました(笑)。でも、ゲイの男性が僕に興味があると知った時は、とても光栄に感じました」
2018年、俳優のダニエル・ラドクリフは、イギリスのLGBTQメディア『PINKNEWS』にこう語った。
言わずと知れた『ハリー・ポッター』シリーズの大スターは33歳になり、2020年に公開された主演映画『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』(2020年)では、南アフリカでアパルトヘイト撤廃活動に没頭したことから逮捕・収監され、脱出を図る人権活動家・ティム役を演じた。
その役には、彼の実の顔と重なる部分がある。「活動家」であるということだ。以前、彼は協調運動障害(別々の動作を一つにまとめることが苦手で、字を書くことや縄跳びをするなどの協調運動に困難を示す障がい)があることから学校生活を送ることが困難になり、それを機に俳優を目指したと公表し、同じ障がいがある人への理解を促した。さらに、俳優として本格的にハリウッドで活動するようになってからは、LGBTQのためのアドボケイターとして精力的に活動に勤しんでいる。そんな彼が最も心を寄せるのが、LGBTQのティーンエイジャーたちだ。
すべてのティーンの命を守るために
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実は欧米では、毎年180万人ものLGBTQのティーンエイジャーが自殺、もしくは自殺未遂を図っているという痛ましいデータがある。その大きな原因は、学校での陰湿ないじめだ。事態を重く見た活動家のエイミット・ペイリーは、1998年にカリフォルニア州ウェストハリウッドにLGBTQコミュニティの自殺撲滅を目指すチャリティ団体「ザ・トレヴァー・プロジェクト」を創設。ダニエルは2009年から、この団体が設置した自殺相談窓口「トレヴァー・ライフライン」の運営資金の援助等を担うコントリビューターとして、さまざまな取り組みを行っている。同団体への参加に際し、ラドクリフはこうコメントを寄せた。
「私は、日々尊い若い命を守るという重大な使命を担うトレヴァー・プロジェクトに参加できることをとても光栄に思います。2009年の若者の3大死因の一つが自殺であることは非常に痛ましく、過去に自殺を図ったことのあるLGBTQの若者は、ヘテロセクシュアルの4倍にものぼります。この事実は、もはや衝撃以外の何ものでもありません」
しかし、彼がこのプロジェクトに参加した翌年、アメリカでまたしても悲劇の連鎖が起きてしまった。LGBTQであることを理由に壮絶ないじめを受けた末、13歳のセス・ウォルシュ、同じ年のアシュトン・ブラウン、15歳のビリー・ルーカスとジャスティン・アーバーグが相次いで自ら命を絶った。また18歳の大学生だったタイラー・クレメンティは、ルームメイトが盗撮した彼とパートナーの動画がインターネットに流出したことを苦に自殺した。彼らの死を受けて、ダニエルは社会にこう訴えた。
「この5人は本来なら友達であるべき人から壮絶ないじめを受けました。僕らは互いに尊重し合い、セクシュアリティやジェンダー、宗教、人種、障がいなど、全ての違いを受け入れると同時に、いじめられている人がいたら守る責任があります。側に自殺を考えるほど悩んでいる友達がいたら、重く受け止めて助けてあげるのが当然のことではないでしょうか」
国際トランスジェンダー認知の日に動画を公開
2023年3月31日の「国際トランスジェンダー認知の日」に、同団体はラドクリフをモデレーターに迎え、性自認をトランスジェンダーやノンバイナリー、クィアなどと表現する6人の若者との座談会動画「Sharing Space」を公開。
それぞれの人生経験や、何らかのかたちで自分のジェンダーを肯定されたことで得られる多幸感(ジェンダー・ユーフォリア)、“自分は自分である”という考えにポジティブな影響を与えた人々やジェンダー代名詞などについて話し合った。
その中でラドクリフは、「世の中には、この会話に誠意を持って関わろうとしない人たちがいます。その多くは、若いトランスジェンダーを知らないがために、自分たちの頭の中だけで完結した理論的概念があるんだと思います」と話し、「男女二元論に世界が無意識のうちにあまりにも依存している」と指摘した。
世界中で同性婚が法制化されることを願って
ラドクリフやザ・トレヴァー・プロジェクトの活動に触発されてか、昨今、LGBTQの若者の自殺防止に取り組む団体は世界的に増えている。彼の本国イギリスでは、2018年に世界初となる自殺防止担当相を保健省内に新設し、ジャッキー・ドイルプライス初代担当相が就任し、国をあげて対策に乗り出した。しかし、こうした機運の高まりの中で起こったコロナ禍により自殺者数は増加。さらに、イギリスのLGBTQ団体の調べによると、日々11,000人もの人が自殺関連のウェブサイトにアクセスしていることも判明した。
そんな若者の自殺を根本的に食い止めるためには、結婚と家庭の在り方を今一度見直すべきだ、とラドクリフは主張する。つまり、同性婚の法制化だ。すでにイギリスでは2014年にキャメロン政権下で同性同士の結婚を認める法律が施行されているが、彼が求めるのは日本含めまだ法制化が進まない世界中での施行だ。
「父親と母親が結婚したから自分がいる、と子どもは理解します。でも、夫婦同然の暮らしを続けているのに、同性というだけで法的に結婚が認められないなんて、子どもたちはどう思うでしょう。同性にせよ異性間にせよ、結婚というのはその関係性を象徴的に祝福することです。ひいては、婚姻関係にある二人があらゆる面で平等であることを規定する制度であるはずです。私は、世界中のLGBTQの人の人権は法的に保護されるべきだと思います。そしてそれこそが、LGBTQの若者が変な罪悪感や被害者意識を抱くことなく、世間からの偏見にも苛まれることなく、生きるための鍵となるのです」
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Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba