ほんの数カ月前、アメリカ合衆国はフリーフォール(垂直落下)状態にあった。覚えているだろうか。大統領選挙の結果がどちらに転ぶかはだれにもわからず、失業率は記録的で、ホームレス問題は悪化の一途をたどり、新型コロナウイルス感染者数は急増し、冬期ロックダウンは避けがたかった。そんななかで、着々と礼節を重んじる選挙活動を続けてきたカリフォルニア州上院議員カマラ・ハリスと元副大統領ジョー・バイデンが、勝利が確実視されていた州とそうでない州で次々と勝利を収めた。前代未聞の高投票率と、ペンシルベニア州とジョージア州に押し寄せた郵便投票の大波のおかげである。バイデンは8000万票以上を獲得したが、これは史上どの大統領候補よりも多い。こうした勝利にもかかわらず、ハリス、バイデン、そして我々は、バイデン陣営が選挙に勝利したというニュース発表が出るまでに約1週間待たなければならなかったし、連邦政府が政権移行を正式に承認するまでさらに2週間待たされた。そのあいだドナルド・J・トランプ大統領は敗北を認めず、支持者たちに自分は選挙に勝利したと言い続け、不正行為があったと主張し、多くの州に集計のやりなおしを求めていたのである。
56歳のハリスにとって、このような長期戦は2度目である。2010年にカリフォルニア州司法長官に立候補したときにも接戦となり、投票結果の集計に3週間以上かかった。(そのときも、彼女の対立候補は選挙当夜に勝利宣言を出したのだった)。11月7日のよく晴れた肌寒い朝、ハリスはエンターテインメント訴訟を専門とする弁護士で夫のダグラス・エムホフと速足でのウォーキングで一日をスタートした。それから彼女は、デラウェア州ウィルミントンにあるバイデンの選挙事務所から近い、夫と宿泊している小ホテルに戻った。シャワーを浴び、ミーティングに備えるためである。ちなみに、エムホフはひとりでウォーキングを続けていたという。ハリスはシャワーの水を出し、お湯が熱くなるのを待っていた。「そのとき携帯を見たら、選挙結果が出たというメールが届いて、私は夫を探しに階下へ駆けていった──シャワーを出しっぱなしにしたまま」ハリスは笑いながらそう言う。「幸い、その建物のなかにはほかにも人がいたから『だれか、シャワーのお湯を止めに行って!』と叫んだわ」。我々もその次の場面は目にした。トレーニングウェア姿のままのハリスが芝生に立ち、大統領に選出されたジョー・バイデンと電話で話すところを。「私たちやった、勝ったよジョー」彼女は彼にそう告げ、疲労と喜びのにじむ笑い声を上げる。彼らがやり遂げたことはすばらしい──偏狭で冷酷な大統領を権力の座から追い払った──しかしあとに残されている惨状を思うと、すべてはまだ始まったばかりなのである。
その晩、輝くように真っ白なスーツに身を包んだハリスは、ドライブイン形式の車上集会に集まった人々や、家でテレビを見ている大勢の人々の前でバイデンとともに勝利演説を行った。「私にとって(大統領選挙に勝利した)あの瞬間にスピーチをするのはとても重要なことだったし、最初のひとりになることには重大な責任がともなうのだと気づいたのもあの瞬間だった」ハリスはそう語る。私たちがZoom通話をしているいまは、ハリスとバイデンが大統領顧問団の任命を開始した週であり、彼女はこげ茶のブレザーとブラックパールという装いで、1枚ではなく2枚のアメリカ国旗の前に座っている。あの晩、彼女は若きアメリカ人たちがずっと忘れずにいてくれるようなことを言いたかったのだという。「私はいつもこう言うの。私はさまざまなことをする最初のひとりかもしれない──でも最後のひとりではないのよ、とね」彼女はそう語る。「あのとき私は幼い姪のことを考えていた。姪にとってこの世界は、有色人種で、黒人で、アメリカ合衆国ではない国で生まれた両親を持つ女性がアメリカ合衆国の副大統領である場所なのだ、と」。あの晩ハリスはまた、12年前に亡くなったインド人移民で乳がん研究者だった母シャーマラ・ゴーパーランのことを思い胸が熱くなったそうだ。「私は母の人生の意味について考えた」そうハリスは言う。また、母の人生がどのように自分をこの勝利に導いてくれたかや、バイデンとともに担う「国をひとつにし、再生させる」という重責についても考えていたという。
選挙活動中、行く先々で支持者を増やした。
このインタビューの数週間前の11月2日、私はペンシルベニア州を選挙活動中のハリスについてまわっていた。リーハイ・バレー(公式にはアレンタウン・ベスレヘム・イーストン大都市圏と呼ばれるペンシルベニア州都市圏の名称)の緑輝く農地に囲まれたベスレヘム市内で、ハリスは長くめまぐるしい選挙活動の一日を盛りあげるためにドライブイン形式による集会を開いていた。ペンシルベニアは選挙結果を左右する重要な州であり、2016年にはトランプが勝利を収めた。また、ペンシルベニアは深く国を想い、長くこの国で暮らしている人々を想い、この国に移り住む人々を想い、彼らが信じるアメリカの価値、すなわち、家族、誇りを持てる仕事、愛国心を持つことができる故郷をいかに守るかということに心を砕く土地柄である。報道関係者と私は若い家族連れ、蛍光イエローのスウェットシャツ姿の鉄鋼労働組合員を含む白人男性グループ、そして鮮やかなジャケット姿の中年黒人女性たちの前で彼女がステージに上がるのを見つめた。
「あのときの私は、自分たちにできることはほぼやり切ったと感じていた」ハリスはペンシルベニア州でのその日についてそう語る。「だけど、期日前投票期間中にフロリダやノースカロライナなどに行き、とても多くの人が投票してくれているのを見ていたおかげで深い喜びに包まれていた」。国中の人々が投票するために何時間も列に並んでいる光景は、ハリスが昔からずっとアメリカの民主主義について思っていたことを裏付けていたのだという。つまり、民主主義が力を持つのは、国民が民主主義のための戦いを辞さないときだけなのだ。彼女以外の人々にとってそうした長い行列は、国がボーター・サプレッション(ライバル陣営の有権者が投票に行かないよう誘導する卑劣な選挙戦術)を試みているかのような由々しき問題だったが、ハリスにとってそれらは、新型コロナウイルス感染拡大や、長きにわたりアメリカが経験したこともないほど最悪の経済状況にも挫けない国民の愛国心を示していたのである。
ベスレヘムでマイクの前に立つハリスはカリスマ的で、その口調は素朴かつ威厳に満ちていた。ことばに詰まったときでさえも。彼女は女性に投票権を与えたアメリカ合衆国憲法修正第19条に感謝の意を表明してから、少し気まり悪そうな笑い声を上げ、その権利から黒人女性は除外されていたので「その件への対処が必要でしたが」と付け加えたのである。聴衆からの声援を浴びながら、ハリスは「先人たちを称えましょう」と続けた。ところで、私は聴衆のなかにいたトレーシー・ガーヴィン =スプリンガーという黒人女性と話をした。彼女はハザードサインのような真っ赤なハイヒールとヒョウ柄のコートといういでたちで、リーハイに住んで15年だと語った。彼女は言った。「私は母を代表しており、夫を代表している。この国には200年以上の歴史があり、多様性を示す必要がある。そして多様性というのはリーダーシップを発揮する立場の者があらゆる人種、あらゆる肌の色であることを意味する。いまがその変革のときよ」。それから数分後、私はこぶしを振り上げて雄たけびをあげている「ブラック・ライヴズ・マター・リーハイ・バレー」の活動を手伝っているという若い男性のふたり組に出会った。「彼女に対しては複雑な感情があるんだ。元地方検事という経歴、それと黒人との関わりを考えるとね」片方がそう言った。「でも、とくに性的マイノリティの人々に対して、いっそう先進的な取り組みをしようとしている現在の彼女を見ていると──」。彼のパートナーもことばを挟む。「人種的マイノリティというだけでなく同性愛者(ゲイ)でもあるぼくらにとっては、彼女こそリーダーなんだ」
その土曜日、私は朝起きるとこの記事を書きはじめた。ハリスとバイデンの勝利演説の日の朝のことである。私は大統領選挙が始まって以来、毎日やっていることをやった。つまり、羽根ぶとんのなかから携帯電話を探しだし、最新の開票結果をチェックするためにツイッター、ニュースサイト、インスタグラムを巡回した。その時点でペンシルベニア州、ネバダ州、ジョージア州の結果はまだ出ていなかったのだ。しかしその10分後、新たな見出しが現れた。CNNが新大統領に選出されたのはバイデンと発表したのである。ニューヨークやアトランタの友人たちから送られてきた写真には、街なかでお祝いし、ダンスを踊り、シャンパンボトルを開ける人々の姿があった。私は友人たちや家族にメールして携帯電話を置いた。有色人種や貧しい人々の命を奪い続ける疫病や国家主導の暴力に対する驚きと悲しみに胸がいっぱいになって。自分が暮らすイースト・ロサンゼルス界隈に鳴り響く花火の音を聞きながら、私は我が国の現行の最高司令官への不忠を誓うYGとニプシー・ハッスルの楽曲「FDT」をリピート再生した。そして考えた。トランプに投票した人たちは選挙結果が出たことをどのように受け止めているのだろう、そもそも選挙が終わったと思っているのだろうか。
科学の力を信じる。
1月に行われる決戦投票で立候補者たちがジョージア州の議席を獲得するまで、バイデンとハリスは共和党が支配する議会に直面することになる。しかしねじれ状態であろうと、我々の政権の最初の100日間は新型コロナウイルス対策に重点を置くとハリスは言う。「初手は、このコロナ禍を制御することでなくてはならない」そう語る彼女は学校に行きたがっている子どもたちや、防護具が足りずトラウマに苦しんでいる現場の労働者たちを心配し、新型コロナウイルスワクチンの供給と、マスク、防護服、手袋の生産と流通を増加させる国防生産法の活用が最優先事項だと語る。また、経済に関してハリスが重視するのは中小企業であり、コロナ危機下における生活支援のための財政支出である。そのほか彼女は、住宅所有者や賃借人を立ち退きや差し押さえから守るための法案を通したいと考えている。こうしたさまざまな対策の基本コンセプトは「アメリカの労働力への投資」なのだそうだ。そもそも新型コロナウイルスの感染拡大が起こる前から「あまりにも多くの人々が複数の仕事に従事していた。だけどジョー・バイデンと私が成立させる、させなくてはならないと信じる世界において、人々はひとつの仕事だけで生活していけるべきなのよ」
そして、アメリカ合衆国が未来の悲劇を少しでも軽減するためには、科学の力が欠かせない。カリフォルニア州バークレーで過ごしたハリスの子ども時代、科学者であった彼女の母は、仕事のあとや週末に娘ふたりをよく研究室へ連れていったという。ハリスは気候変動の時代にこの国のインフラを維持するための唯一の道が科学であると認識している。「ニュージャージーとニューヨークに甚大な被害をもたらしたハリケーンの通った跡を見てごらんなさい。もしまたサンディ級のハリケーンがやってきたら、きっと壊滅状態に陥ってしまうでしょう」そうハリスは言う。「それにカリフォルニアの──いいえ、西海岸全域での山火事の問題もある。ワシントンからオレゴン、カリフォルニアさらにコロラドまで。加えて湾岸諸州(アラバマ、フロリダ、ルイジアナ、ミシシッピ、テキサスのメキシコ湾と接している州)を襲う嵐も」。また、科学の力を借りて、なんとしてもコロナ禍を終わらせなくてはならないと言い切る。「国民全員がワクチン接種を受けられて、それらは無料でなければならないというのが我々の考え」そうハリスは語り、議会内に新型コロナウイルス人種間格差対策委員会を設立するつもりであることに触れる。「黒人、ヒスパニック、ネイティブアメリカンの人々を見れば、コロナ禍前からのあらゆる(健康と経済の)格差がいっそう明らかになり、悪化していることがわかる」。新型コロナウイルス問題に集中的に取り組むことは、その人がだれに投票したかに関係なく、アメリカを団結に向かわせるはずだとハリスは信じている。「我々は地方自治体の公衆衛生制度を支援するためになにをすべきかという観点から、就任後の最初の100日間について考えた」彼女はそう言う。「このコロナ禍を終息に向かわせること、それが我が国が経済再生に向かうターニングポイントになるでしょう」
とはいうものの、ペンシルベニア州で選挙活動を行っていたその日、彼女の催しにはそのほぼすべてに武装したトランプ支持者たちが現れ、ある男性は拡声器を持って「ヒスパニックはトランプを支持する」と叫んでいた。また、フィラデルフィア市内を車で走っていた私は「アジア系アメリカ人はトランプを支持する」と書かれた広告板を目にした。昨年は2016年よりさらに多くの──少なくとも1000万人以上増加している──人々がドナルド・トランプに投票した。分断された有権者をどのように治めるつもりかとたずねた私に、ハリスはいつもの「午前3時計画」で応じる。つまりこういうことだ。全アメリカ国民は同じ心配を抱えて眠れぬ夜を過ごしている。その不安がアメリカ人を団結させる。「どこに住んでいるか、どんな肌の色か、どんな神に祈るかは関係ない。重要なのはいかにして職を得て、それを維持し、月末に支払いを済ませ、子どもたちがちゃんとした教育を受け、成功の機会を得られるか、とりわけこのコロナ禍のさなかに、ということなの」そう彼女は言う。「いかにして家を買い、それを維持するかが重要だ」
また、私たちは家族の健康や安全を守るという生きていくうえで大前提となる課題によってひとつになることができると彼女は主張する。その信念に導かれてハリスとバイデンはこの冬に耐えてきたのだ。選挙に不正があったという妄想にとらわれたトランプや彼の支持者たちが、訴訟に負け続けても嘲笑したり、負けを認めずにいることに。「物事を単純化しすぎるリスクを承知で言うならば、憎しみに憎しみで立ち向かわないということ」ハリスはそう言う。「言い換えれば、ある一派に別の一派で対抗しないということ。私たちは信じているの。アメリカ国民の圧倒的多数はそういうアプローチには賛同しないし、受け入れないし、好まないはずだと」。公聴会、政治討論、そして一般の人々との多くのやりとりを通じて、ハリスは敵意や批判をやり過ごすほとんど王者のような能力を身につけてきた。彼女は小首をかしげ、愉快そうな、よくわかると言いたげな微笑みを浮かべてそれらを受け流す。その動じなさこそが、ハリスとバイデンがリーダーシップを発揮する助けとなるかもしれない。たとえ、アメリカの有権者の一部が反抗的な態度を崩さず、新政権を支持しようとしない国民と彼らがますます乖離してしまったとしても。
昨年は5月のジョージ・フロイド殺害を発端とする、警察の残虐行為と人種差別に対するアメリカ史上もっとも大規模かつ息の長い抗議活動があった。あのミット・ロムニー(アメリカの実業家・政治家で2012年の共和党の大統領候補)でさえ抗議デモに参加していたのだ(「大はりきりで腕まくりをしてた」とハリスは言う)。しかし、黒人への取り締まり、告発、起訴に対する自らの考えかたは、そのムーブメントによって変化してはいないとハリスは言う。「ただし、刑事司法改革を求める戦い、人種間の平等を求める戦いは私たちみんなの戦いなのだということがはっきり目に見えるかたちで示されたと思う」彼女はそう言う。「私もジョージ・フロイド殺害の抗議デモの現場に行ったけど、あれほど多様な人々が集まって腕を組み、黒人の命は重要だと叫んだり、話したり、泣いたりしているのを見たのは初めてだった」
両親は公民権運動に参加した世代。
ハリスの両親であるゴーパーランと経済学を専門とするジャマイカ生まれのスタンフォード大学名誉教授ドナルド・ハリスは、公民権運動がさかんだったころにカリフォルニア大学バークレー校で若き大学院生同士として出会った。ハリスは政治活動を行っているおじやおばたちに囲まれて子ども時代を過ごしたという。「あのころはベビーカーでデモに参加していたとよく冗談を言うの」ハリスはそう説明する。「『ブラック・ライヴズ・マター』、私たちが夏からいままでずっと目の当たりにしてきたこのムーブメントはあの公民権運動の延長なのよ」。ハリスは犯罪率の高い地域が犯罪の原因に対処できるように支援したいという。すなわち、低所得世帯の多い学区への「初等中等教育法タイトル1事業資金を3倍にする」(初等中等教育法タイトル1事業とは、1965年に制定された初等中等教育法第1章に記載されている連邦政府の教育支援事業)。そして公立学校の財源を地方自治体の税収だけに頼るのをやめる。それでもっとも痛手を受けるのは貧困家庭の子どもたちだからだ。しかし、両親とブラック・ライヴズ・マターとのつながりにもかかわらず、ハリスは警察予算を削減して社会保障費にと要求する改革活動家たちに賛同はせず、治安維持のために警察予算の維持は不可欠という態度を崩していない。
ハリスの生来のカリスマ性と親しみやすさは、彼女にある種の「オバマ効果」を与えている。たいていの場合にその場で唯一の黒人、唯一の女性、さらに唯一の黒人女性でインド系アメリカ人女性であるハリスは、たえず周囲と同じだけ有能であると証明しなくてはならなかった。私の友人でイェール大学医学大学院の精神医学研修医ニエンタラは、ハリスの新自由主義(ネオリベラル)的な見解の一部には同意しないとしたうえで、私にこう言う。「もともと白人社会だった組織でプロフェッショナルとして生きる褐色の肌の南アジア人女性として、彼女にはどうしても自分を重ねずにはいられない。大統領記者会見の席で、カマラ・デヴィ・ハリスだとかシャーマラ・ゴーパーラン・ハリスといった名前が読み上げられるのを聞いて、ものすごく興奮した」
ハリスは承知している。絶えず最初のひとりとなり、自分が最後のひとりではないと約束し続けることが己の魅力の一部となっていることに。「ハリス副大統領は彼女のキャリアにおいてすでに何度も『最初のひとり』になってきた」ミシェル・オバマはそう言う。「彼女は自分の仕事をよくわかっている。それはあらゆる人に気に入られようとすることではないし、ある種の人々に自分はこの仕事にふさわしい人物だと証明することでもない。そんなことを考えるようだったら、彼女が現在の地位に就くことはなかったでしょう」
とはいえ、オバマ効果にも限界がある。一部の人々にとって、オバマ元大統領は白人有権者たちの顔色をうかがってばかりいるように感じられたし、エスタブリッシュメントの政治的信条に真っ向から挑むこともほぼなかった。だから、ハリスとバイデンが勝利したことへの感動も冷めやらぬうちに、彼らはどのようにこの国を治めるつもりで、議会でどのような連立が成立するのだろうかという疑問が生まれはじめた。彼らは党内の左派メンバーを味方につけるのか、それとも若手穏健派だろうか。また、彼らはやむをえず彼らに票を投じた進歩的な有権者からの信頼をどのように獲得していくつもりなのだろうか。
このコロナ禍のあいだ、アメリカの歴史においていつもそうだったように、もっとも大きな打撃を受けているのは低賃金でサービス業に従事している黒人女性たちだ──ロックダウン中に安心して家にいることを可能にする経済的救済措置、手ごろな価格の医療や保育が不足しているためである(アメリカ黒人は同白人と比較して、新型コロナウイルスの死亡率がいまだほぼ3倍である)。また、黒人女性群は他のどの群よりも多くの教育ローンを抱えているが、バイデンとハリスにこれらの返済を免除する計画はない(それを求める声があるにもかかわらず)。だから、多くの黒人女性たちにとって、ハリスの語るアメリカの結束や調和は真の社会改革のビジョンからはほど遠いものだ。ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授トレッシー・マクミラン・コットムが共同ホストをつとめるポッドキャスト「Hear to Slay」で語ったように、この隔たりを埋めるのは不可能なのかもしれない。「今回、黒人女性が成し遂げたのはホワイトハウス入りにもっとも近いこと。配偶者としては別だけど。もちろん、それだってものすごく新しいことだったけど。まあそれで、有色人種の女性が権力の座に就くというのは……私たちの考えるアメリカ合衆国の権力、特権、政治というものにもたらされたひじょうに重要な変化だ」。しかしながら、とコットムは続ける。「『前進』という視点からそれがどれだけの意味を持つかについては、いまだによくわからないというのが正直なところ」。俳優で作家である友人のナナも同じように感じている。「私たちを代表する人物が政権の座にいることはすばらしい。でも2014年に私たちは、まさにそのためにオバマが意味のある対話をすることができず、黒人の命が軽視されていた重要なタイミングで変化を起こせなかったのをファーガソンで目の当たりにした」。ハリスはこれから全アメリカ国民を納得させなければならない。彼女がもっとも弱き者たちのために抜本的な変化をもたらすつもりだということを。
大統領選挙がきっかけとなり、中道派の有権者に迎合することで政権を獲得する実用主義と、あくまで急進的な変革を推し進めるべきと考える者たちの論争が国中で巻き起こった。多くの人々にとって、じつはこのふたつに違いはないのではないかとハリスは言う。「耳ざわりは悪いかもしれないけれど、問題は山積みであり、私たちはそれらについて真実を語らなければならない。性的暴行があったり、性的いたずらをされた子がいたり、殺人事件が起こったりすれば、どんなコミュニティだってそれに対処してくれる警察官が必要なはずよ。また、私たちはマリファナを非犯罪化し、その前科を抹消しなければならないことを知っている。私には見当違いの選択肢をやすやすと受け入れるつもりはないの」そう彼女は語る。「圧倒的多数の国民は、さまざまな事実を見て、真実を告げられれば、我々に必要なのは警察活動の改革であって、我々には警察官が必要だということに同意するはずよ!」
私たちはこれからハリスのお手並みを拝見するわけだが、バイデンは副大統領のことをじつによくわかっているように見える。「彼はパートナーには私がふさわしいと考えた」ハリスはバイデンから大統領選をともに戦う同志に選ばれた理由をそう語る。サンフランシスコ地方検事、カリフォルニア州司法長官、カリフォルニア州選出の上院議員という彼女の輝かしい経歴──これらの役職においても初の女性であり有色人種であることが多かった──については別として、彼らは「おなじような価値観で、同じような育てられかたをした」ふたりである。つまり、彼らは「家族と勤勉さ」を重視しているのだ。彼女は副大統領としての自らを役割を次のように考えている。「つねに真実を語り、つねに自分の見解を彼に伝える。そしてそれらは必ず事実や知識や人生経験にもとづいたものであり、彼が決断をするときに、そのインパクトがどのようなものになるか理解するうえで不足のない情報になるようにする。そうしてくれと彼に頼まれた」
違いに目を向けるよりも、共通の認識に未来を託す。
現在、私たちが垣間見ることのできたハリスの人物像は、家族や友人を心から大切にする女性である。「たとえ選挙活動で目がまわるほど忙しくても、彼女はほんとうに大切なものをけっして見失わなかった。彼女はぼくら全員、つまり子どもたち、幼い姪たち、彼女の妹、ぼくの両親にいつだって寄り添ってくれる。彼女はいつもみんなのことを気にかけてくれるんだ」ハリスの夫エムホフはそう教えてくれる。夫妻が別の土地で選挙活動を行っていたとき──たとえばエムホフはオハイオ州、ハリスはジョージア州とかいうように──彼女は次々とメッセージや移動中の写真を彼に送ってくるのだという。いまやものすごく拡散されているフロリダでの集会中に雨のなかで踊る彼女の動画もそのひとつである。「ずぶ濡れになっちゃった!」彼女は彼にそうメッセージを送った。たいていの朝、ふたりは朝起きるとすぐに運動をし、「オールドスクールなヒップホップ、さらにオールドスクールなジャズ、そしてプリンスやスティーヴィー・ワンダーといった不朽の名曲」を聴き、できるだけふたりで料理をするようにしているそうだ。「料理好きなんていうのは控えめな表現。料理は彼女をたくさんのものに結びつけている。食事は家族であり、家族は愛なんだ」エムホフはそう言う。ハリスは普段は料理をしないエムホフに「3つの戦略」を教えた。つまり、鶏もも肉のオーブン焼きの玄米とホウレン草添え、インゲン豆の炒め物、そしてメカジキである。以前、エムホフが自宅アパートメントのなかでミートパティとステーキをグリルしようとしたときには、ブリーフィング用バインダーを使ってハリスが煙をあおぎださなければならなかったとか。「あれは最悪だったよ」エムホフはそう冗談を言う。
ハリスはおそらく、弁護士であり彼女の大統領選挙事務局長もつとめた妹のマヤともっとも親しい。マヤによれば、現在のリーダーとしてのハリスには母親からの影響が感じられるという。「私たちの母は壁を壊し、ほかの人々も連れて進んでいく人だった」。マヤは言う。「これまでに、自分は民主党史上もっとも進歩的な思想にもとづいている議員だと語る人は大勢いた……。カマラとジョーが選挙に出たとき、ふたりは話を聞くためにそうした人々を招き、彼らを話し合いの場に留めておくための努力を怠らなかった」その代表がバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンといった政治家たちであり、彼らはハリスとバイデンの政策提議について助言をしたのだった。私たちの会話の数日後、ハリスはこのコロナ禍を乗り越えるためにはいかに助けあいが必要であるかをツイートし、インスタグラムでは感謝祭用の自家製コーンブレッド・スタッフィングのレシピを公開した。ちょうどそのころ選挙人団はバイデンの勝利を確認しており、彼女のSNSへの投稿からはこれまでとは違う自信と軽快さがにじんでいた。彼女はまたホワイトハウス職員を雇い入れ、経験豊富な副大統領首席補佐官ティナ・フロノイをはじめとして、いまのところ上級職員はすべて政府での勤務経験を持つ女性たちで占められている。
ハリスと話をしてから数週間後のこと、私は大統領選挙前にベスレヘムで開催された彼女の集会のことを思い出していた。トランプ支持者たちが会場から出ていくハリスたちの車の列に目を向け、ひとりの女がこう叫んだ。「ここはおまえの居場所じゃないんだよ!」この4年間の多くの時間、何百万人ものアメリカ人がこのことばどおりのことを感じていたのだ──憎しみによって国を治めるリーダーが選ばれる国の一員なんかではいられないと思ったときや、我々が暗闇から抜け出す道を見つけられないような気がしたときに。ハリスもそうした瞬間のことは忘れられないという。しかし、彼女はいましっかりと前を見据え、みながついてきてくれることを願っている。「私たちには共通の認識がある。それは、お互いを区別するものよりも共通点のほうがはるかに多いということ」ハリスはそう言う。「さらに、私たちのなかに自らのアイデンティティのせいで苦しめられているグループがいるのは、国として損失でしかないということも」
Profile
カマラ・ハリス
1964年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。同国第49代副大統領。父親はジャマイカ出身のアフリカ系で、母親はインド出身。カリフォルニア州で検察官や司法長官を務めた後、2017年から民主党所属の連邦上院議員に。アフリカ系アメリカ人女性としては史上2人目、南アジア系アメリカ人としては初の上院議員に。私生活では、弁護士のダグラス・エムホフと2014年に結婚。継娘のエラ・エムホフはモデルとして活躍を始めた。
Portrait Photos: Tyler Mitchell Sittings Editor: Gabriella Karefa-Johnson Text: Alexis Okeowo
