「最愛のリゾ。昨夜のピープルズチョイスアワードでのあなたのプレゼンテーションは、今この時代を生きる女性の代表であるあなたに相応しい賞でした。私は、あなたがこれまで積み上げてきた偉業に感動するばかりです。世界中の人が皆、あなたの話に耳を傾けていた光景は本当に美しかった。その一言一言が、すべての女性たちの心に確実に届いています。フルート奏者であり、シンガーであり、ソングライターであり、もしかしたら未来の政治家であるリゾ。こうなることは、あなたの運命だったのです。愛を込めて、スティーヴィー・ニックス」
2022年12月、ピープルズチョイスアワードでピープルズチャンピオン賞ほか6冠に輝いたリゾを讃え、自身のツイッターから彼女にこうメッセージを送ったスティーヴィー・ニックス。1948年、アメリカ・アリゾナ州フェニックスに生まれ、現在74歳のニックスは、ソングライターとして伝説のバンド、フリートウッド・マックのリードシンガーとして、ビヨンセやコートニー・ラブらに多大なる影響を与えたことはあまりにも有名だ。
スティーヴィー・ニックスがロックンロールの女王と呼ばれる所以
世界中で1億2000万枚以上のレコードを売り上げたフリートウッド・マックは、史上最も売れたバンドのひとつでもある。当時の恋人だったリンジー・バッキンガムとのデュオに在籍中だったニックスは、ミック・フリートウッドの呼びかけで1975年にフリートウッド・マックに加入。オリジナルメンバーのジョン・マクヴィーと、2022年に79歳で他界したクリスティン・マクヴィーとともにバンド名義でリリースしたセカンドアルバム『Rumours』は、1987年のグラミー賞最優秀アルバム賞を獲得し、世界で最も売れたアルバムのひとつとなった。
一方で、1981年からバンドに在籍しながらソロ活動を開始したニックスは、アルバム『Bella Donna』をリリース。本作はビルボード200で数週間にわたりトップを独走し、マルチプラチナに認定された。以降、これまでソロ名義で8枚、フリートウッド・マック名義で7枚のアルバムをリリースし、アメリカ国内だけで合計6500万枚ものセールスを記録。一度聴いたら忘れられない独特のヴォーカルで、“ロックンロールの女王”としての地位を確立し、2度のロックの殿堂入りを果たしたスーパーアーティストだ。
「私は、これを“兵士のiPod”と呼んでいます。この一つひとつには、私が大好きなクレイジーな曲や、1970年代からコツコツためてきた音楽のコレクションが全部入っています。この1曲1曲は、どれも病めるときも健やかなるときも、旅先や人生のどん底を味わったときも、私を鼓舞してくれたものです」
かつてこう語った彼女は、自身の名を冠した財団「Stevie Nicks Band of Soldiers Foundation」を立ち上げ、戦地で負傷したアメリカ軍人たちの支援を続けている。また、2004年からワシントンD.C.の陸軍と海軍の医療センターの慰問をはじめ、負傷軍人たちのために大量のiPod Nanosを購入し、一つひとつにサインを入れ、自身が製作したプレイリストをダウンロードして贈る活動に尽力している。
キャリアと芸術を追求するために選んだ人工妊娠中絶
「もしあの時、私が中絶をしていなかったら、いまのフリートウッド・マックは存在しなかったと思います。当時はすごく忙しくて、子どもを産み育てるなんて考えられなかった。それに、時々ドラッグもやっていたから、何れにせよ、子どもは持たないとずっと以前から決めていました。ですから、女性の中絶の権利は、今の私の最大の関心事です。もし、9月に他界した敬愛するルース・ベイダー・ギンズバーグが存命だったら、きっと女性たちの“選択の自由”のために尽力してくれたに違いありません」
女性の人工妊娠中絶の権利が争点のひとつにあがっていた、2020年のアメリカ大統領選挙。投票日を目前に控えた2020年10月、ニックスはイギリス「ガーディアン」紙のインタビューでこう明かし、世界に衝撃を与えた。遡ること1979年、当時絶頂期を迎えていたフリートウッド・マック在籍中、イーグルスのボーカルのドン・ヘンリーと交際をしていた彼女は、ほどなくして彼の子どもを妊娠。そのとき、中絶を選択した理由と当時の心境を、ニックスはこう振り返る。
「私たちが世界に届ける音楽は、多くの人々の心を癒し、幸せをもたらしています。フリートウッド・マックのように、女性のシンガーソングライターが2人在籍しているバンドは世界中どこにもない。だから私は、当時の男性優位の音楽業界の厳しい環境で、自身のキャリアと芸術を追求するため、意識的に自分の子どもを持たないことを選択したのです。誰かの母親や妻になることではなく、世界中の母親や妻を元気にする歌を書くこと──これこそが、私がこの世に生まれてきた理由だということを、私はずっと以前から悟っていたのです」
本当の“血の繋がり”とは──2人のロビンとの約束
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ニックスの生涯で唯一の結婚は、ソングライターのキム・アンダーソンとのものだけだ。彼の妻であるロビン・アンダーソンとニックスは長いこと友人関係にあったが、彼女は一人息子のマシューを残して白血病で他界。そこでニックスは、キムに息子マシューを二人で育てようと、結婚を提案したのがきっかけだった。しかしながら、二人の結婚は3カ月で破綻。その後ニックスと彼らは疎遠になったが、マシューが10代になったときに彼女と再会し、以降ずっと交流を深めてきたという。
プライベートでは家族というかたちに捉われることなく、常にキャリアを人生の中心に据え、「Dreams」「Gypsy」「Stand Back」等の名曲とともに、その突出した才能と魅力で今なお世界を魅了し続ける彼女は、昨年のクリスマスにマシューが娘ロビンを連れて彼女の元を訪れたときのことを、嬉しそうにこう明かした。
「二人が家に遊びに来たとき、私はキッチンにいました。するとロビンが入ってきて私の手を掴んでこう言ったのです。『来て、スティーヴィーおばあちゃん』。その時一瞬『おばあちゃんて、私のこと?』と聞き返してしまいました。嬉しくて、聞き間違いかと思ったのです。その夜、私は日記にこう書きました。『ロビン、あなたはあなたの本当のおばあちゃんと同じ名前なのね。私は、死が私たち二人を分かつまで、ずっとあなたのスティービーおばあちゃんでいると約束する』。そして私は、ロビンの写真に向かってこう言いました。『ロビン、私の目を通じてあなたの孫娘を見守っていて。あの子はあなたのものだけど、今は私のものだから。そしてどうか心安らかにいてね』と。本当に、人生には不思議な巡り合わせがあるものです。子どもを持たないと決めた私に、今は孫娘がいるのですから」
Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba