開始10分の衝撃で、一気に引き込まれる
主人公は18歳のマレン。彼女が友人の家を訪れ、たわいも無いおしゃべりをしている最中に事件は起こる。今作の開始約10分で、おそらくあなたは『ボーンズ アンド オール』のスリリングな世界にダイブすることになるだろう。
ティモシー・シャラメをある意味、伝説へと導いた『君の名前で僕を呼んで』(2017)でメガホンをとったルカ・グァダニーノ監督が再び彼とタッグを組んだ今作。圧倒的な彼の妖艶さ、秘めた官能美、澄んだ清潔感が、血しぶきで染まるスクリーンをファンタジーに転換しているようにも感じる。人が人の肉を食らう習慣や行動、「カニバリズム」。人を喰う衝動を抑えることができないマレン(テイラー・ラッセル)がひとりで生きていく中で出会うのが、同じ習性を持つリー(ティモシー・シャラメ)である。
男性同士の恋愛、人生においての奇跡の出会いをひと夏のバカンスの中に収めた『君の名前で僕を呼んで』では、愛する家族の理解や素直に心を剥き出しにできる余裕(もちろん葛藤あったが)が垣間見れ、マイノリティ、クィアの恋愛を描くストーリーとしてどこか安心感があった。純粋に美しい、と思えるような余白があったり、希望を感じられた人は多かったのではないだろうか。しかし、『ボーンズ アンド オール』は、性的趣向とかそういったことではなく、食人嗜好を持つ人間が物語を彩る。その欲を満たす上で人の命を奪う、という許されてはならないプロセスが発生するのだ。それでもその欲を満たしながら生きていかねばならないという、過酷な状況がラストシーンまで続いていく。
そこに希望はあるのか。答えはあるのか。正直、そこに明確で正しい答えを見出すことはできない。でも、この究極のマイノリティの恋や絆を観ていると、普段私たちが生活している中で気がつくことができない“多種多様な趣向”の存在に気がつく。それは、マイノリティというひとつの言葉では到底片付けることができないもの。人が人を殺めることは絶対に許されることではないけれど、もし自分がそれを満たすことでしか生きていけない立場だったらどうすべきか、と考える。考えさせられるのである。
おだやかな気持ちに包まれる、エンドロール
「カニバリズム」をすっぽりと皆無にしてみると、この作品はマレンとリーの純粋な絆をたどるロードムービーとも言える。誰もが自らの居場所を探し苦悩をするけれど、この2人の切迫感は想像を絶するものだ。手を取り合い必死に生きていく2人の姿は、尊い。そして、血しぶきや肉片が映し出されながらも、彼らが繋いでいく絆に美しさを見出す。そのハイコントラストな描写はとても強いインパクトとなり、記憶に刻まれていく。
人喰いを扱いながらも、なぜか、美しく上品。繊細な心の動きの描写や美しい構図の妙で、エンドロールが流れる時にはグロテスクなものを見た印象がすっかり取り払われていた。きっと監督は、題材は何でもよかったはず。「カニバリズム」を描きたかったのではなく、この地球上で生きる押しつぶされそうな“誰か”の憂いや強さをヴィヴィッドに抽出したかったのではないだろうか。
実年齢より約10歳も若い役をフレッシュに演じたテイラー・ラッセルは、『WAVES/ウェイブス』(2019)に続き素晴らしい表現力を魅せている。また、とあるシーンで出演するクロエ・セヴィニーの重厚で迫力ある演技に度肝を抜かれた。繰り返しになるが、ティモシー・シャラメの持つ吸引力と美しさがあったからこそ、許されない景色がどこかファンタジックな景色に変換されていると思う。
『ボーンズ アンド オール』を個人の主観で、一言で表現をするならばこうだ。「スーパーロマンティック」。現在、全国の映画館で公開中なので、ぜひスクリーンでそのコントラストに満ちた世界を目撃して欲しい。