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映画を彩る、ファッションの役割とは?  50年代のアメリカ家父長制を描いた『ドント・ウォーリー・ダーリン』衣裳デザイナーが語る

オリヴィア・ワイルドが監督し、ハリー・スタイルズの二度目の映画出演も話題となっている、フローレンス・ピュー主演の『ドント・ウォーリー・ダーリン』。3度に渡りアカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞している衣裳デザイナー、アリアンヌ・フィリップスに、1950年代を舞台とした本作におけるファッションの役割やそのアプローチを聞いた。

女性の生き方を50年代のファッションで表現

© 2022 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

90年代の日本も熱狂した『タンク・ガール』(1995)のパンクファッション、トム・フォードの美学に満たされた『シングルマン』(2009)、60年代のハリウッドの空気が詰まった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)など、作品のエッセンスとなる衣裳を手がけてきたアリアンヌ・フィリップス。彼女が参加した最新作『ドント・ウォーリー・ダーリン』でも、ファッションは大きな役割を果たしている。

──オリヴィア・ワイルド監督は昔から1950年代~60年代前半のデザインに大きなインスピレーションを受けていたと発言しています。『ドント・ウォーリー・ダーリン』の舞台であるビクトリーも1950年代という時代設定ですが、監督と衣裳の方向性について、どのようなお話をされたのでしょうか?

今回がオリヴィアと組むのが初めてだったのですが、俳優としての彼女の仕事はもちろんのこと、監督デビュー作の『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(2019)が大好きだったので、声をかけられた時はすぐに興味が湧きました。

最初のミーティングに先立ち、オリヴィアはイメージボードを送ってきてくれました。そこには知る人ぞ知るアーティストらの作品の切り抜きがはめ込まれていて、その洗練された美意識に驚き、踏み込んだレベルで話ができると感じたのを覚えています。

私は今までトム・フォードやタランティーノ、またマドンナなどと仕事をしてきましたが、いずれも美意識の高い人たちでした。衣裳を手がけるならば、絵的に訴えかけるだけでなく、キャラクターを表現するもの、そして作品全体のムードを表すものとして、衣裳が機能している作品に携わりたいと考えています。そのアプローチは作品によりまちまちで、思いきり主張する場合もあれば、繊細にストーリーやキャラクターについてほのめかす場合もあります。

作品に携わるなら、私自身も触発されたいですし、ハイレベルな話ができる監督と組みたいと常々思っているのです。だから監督と話し合うときは、どのような作品を作りたいのかなど、まずは哲学的な話から入ることが多く、それは私にとって大事なことなのです。

オリヴィアと初めて会ったとき、会話がとても刺激的でしたし、考え方が似ていることがすぐにわかりました。彼女が描きたいストーリーについても納得がいきましたし、この作品は2019年から2020年にかけて制作されましたが、ちょうど今の時代に訴求するものがあると思えたのです。

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テーマ的には女性の生き方、支配、家父長制について触れているのですが、今はちょうど「ポスト#TimesUp」や「ポスト #MeToo」の時代とでもいいましょうか。ミレニアル世代からZ世代まで、世代を跨いだ形でフェミニズムが再び議論じられるようになったので、こういう作品に携われるのは刺激的です。

撮影はパンデミック前に始まるはずでしたが、世界中が災難に見舞われました。そしてあれから約2年経ち、アメリカではロー対ウェイド判決が覆されるなど、惨憺たる状況になっています。フィクションでは「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」などが(女性の生殖権という)話題に触れていますが、『ドント・ウォーリー・ダーリン』を制作しているときには、まさか世の中がこんなことになるとは思っていませんでした。だからこそ、この作品が今までになく重要な意味を持つと考えています。

戦後アメリカの“完璧な奥様”像

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──主演のフローレンス(・ピュー)は「アリスの衣裳には他の女性とは違う見た目を求めた」とコメントしていますが、具体的に彼女とはどのような会話をして、衣裳の方向性を決めていったのでしょうか?

アリスは観客側に立つキャラクターである点が面白いのですが、「何かがずれている」とビクトリーの街に不信感を抱き、実存的な危機を感じています。衣裳についてはフローレンスとも話し合い、可能な限りリアルさを意識しました。ビクトリーの住人たちの装いは、戦後1950〜60年代の完璧な理想像で、「女性は旦那にかしずくもの」という観念を匂わすような、男性の眼差しが感じられる衣裳になっています。アリスは自分の状況を不可解に思っていますが、一方でバニー(オリヴィア・ワイルド)は100%ビクトリーでの生活作りに心血を注ぎ、自分の立ち位置をちゃんとわかっているのです。

フローレンスはとても思慮深い役者で、彼女とは何回も話し合いの場を持ち、さまざまなヴィンテージシルエットを試着してみたりもしました。1962年に着ても2022年に着ても違和感のないおしゃれな衣裳にしたかったからです。ちなみにヘアメイクは初期のブリジット・バルドーの写真などを参考に、ハイメ(・リー・マッキントッシュ)が手がけています。とても美しく、ナチュラルに仕上がっていると思います。

また、フローレンスは恐れ知らずで、仕事に徹底的に取り組む方なので、いいコラボレーションができました。衣裳替えがたくさんあったので大変だったと思いますが、時間をたっぷり使わせてもらえて、発見も多くありました。彼女の衣裳は一部オリジナルでデザインしているものもあれば、既存の小物を合わせるなど、さまざまな組み合わせをしています。

ストーリーに沿って変化するファッション

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──アリスの他にも、とてもカラフルな衣裳が多く劇中に登場しますが、衣裳を通して各キャストが演じた役を表現するといった取り組みはされたのでしょうか?

この作品はまずキャスティングが見事でしたから、とても助かりました。皆さんの見た目も美しいですし。たとえばヴァイオレット(シドニー・チャンドラー)には紫色の衣裳を着せるなど、名前に即した直球のデザインを試みました。それは、きっと夫が彼女を理想化しているのだろうという解釈もあってのことです。

ケイト・バーラント演じる妊婦の衣裳は、大胆な色の組み合わせや柄物をたくさん使い、エネルギッシュなルックスを完成させました。バニーも、コバルトブルーやシャルトルーズ(黄緑)のドレスを着たり、派手な色を好んだりもすれば、色を緩和するために白と黒を取り入れることもありました。やりすぎないよう、常にバランスを意識しながらデザインしています。ヴィンテージの生地をたくさん使えたのもよかったですね。

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また、ジェンマ・チャン演じるシェリーは、とてもエレガントな女性でありながらリーダー的存在でもあるので、どっしりと構えたところがあります。リサーチを重ねてデザインしても、衣裳合わせの段階で合わないことが判明することもあるのですが、ジェンマの場合もそうでした。彼女の身のこなしが洗練されているので、「いかにも力強い女性」という路線から、フェミニンでミニマリズムを効かせたデザインへと方向転換しました。

そしてここからは少しネタバレになるのですが──記事には書かない方がいいかもしれないですね──ジェンマのクライマックスシーンでは、より派手なプリント柄を着せています。でもそれまでは抑え気味です。たとえば、皆を自宅に招いてパーティーを開く時のドレスはパステル色の生地に緑の花柄をあしらったドレスを着ていますし、アリスとジャック(ハリー・スタイルズ)の自宅で開かれたディナーパーティーでは、オードリー・ヘップバーンを彷彿とさせるシックな黒いドレスを着せています。

ジェンマは素晴らしい俳優なので、衣裳を着せるのがとても楽しかったです。なんでも似合うので、あとはストーリーに沿ったものを選ぶだけでした。でもミニマルなデザインのドレスを着ているジェンマが一番いいですね。とてもエレガントだと思います。

キャストも兼ねていたオリヴィア監督の丁寧な演出

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──これまで数多くの作品に衣裳デザイナーとして参加されてきましたが、改めてオリヴィアの監督としての才能は感じましたか? 他の監督とは異なる魅力を教えてください。

オリヴィアは誰に対しても開かれた態度を取る人で、丁寧に話し合いをしてくれます。監督は撮影監督やプロダクション・デザイナー、キャストなど、現場にいるありとあらゆる人に自分のビジョンを伝達しなければなりません。そして撮影中は、四方八方から質問を浴びせられ、それに答えなければなりません。だから大変な日もあったと思います。

そんな中でも、彼女はスタッフからの質問への答えを怠ることは一度もありませんでした。私は多くの質問を浴びせるほうなのですが、必ず余裕をもって対応してくれました。さらにオリヴィアはキャストも兼ねていたので、より大変だったのではないかと思います。カツラをかぶり、ヒールを履き、1950年代の下着を身につけながら、演出をしなければならないわけですから。

それでもオリヴィアの仕切る現場はとても楽しいものでした。『ドント・ウォーリー・ダーリン』はロックダウン後に撮影が敢行された最初の作品に入ります。彼女と初めて会ったのは2019年の12月で、準備は2020年の8月から始まっていました。その頃は家から出たくて仕方がなかったので、先行き不透明な日々が続くなか、こうやって体を使って仕事ができることにわくわくしていました。ただ先陣を切っていたため、検査の手順もまだ労働組合でルール化されていない頃で、予測がつかず、日によってやることがバラバラだったりもしました。

そう言えば昔、ミロス・フォアマン(監督)と仕事をしたことがあるのですが、偉大な監督だからとにかく緊張したのを覚えています。撮影開始日に「初日はわくわくしますね」と声をかけたら、ミロシュは「いや、撮影は大嫌いだね」と返してきて、「私が好きなのはキャスティングと編集だ」と言うんです。それを聞いてショックを受けたのですが、今はミロシュの言っていたことがわかります。撮影は、天候や時間など、さまざまな制限の下で行うので、できないことばかりが目に付くんです。

ただ、オリヴィアはそういう焦りを一切見せませんでした。ひとつひとつの判断を、根底にある哲学を含めて懇切丁寧に説明してくれました。だからスタッフとして大切にされていると感じられて、めったにない経験でしたね。

写真家の作品をインスピレーションに

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──50年代の街を舞台にした衣裳を決める際、どのようなリサーチをして、どのようにアプローチしたのでしょうか?

過去の映画作品よりも、あの時代に活躍した写真家の作品を参考にしています。また、アレックス・プレガー(Alex Prager)という現代アートの女性フォトグラファーがいるのですが、今作と似たようなテーマを表現しており、彼女の作品も参考にしています。

アリスが初めて本部へ駆けつけるシーンで、砂漠をバックに黒いドレス姿で登場するのですが、あれはフェリーニやアントニオーニの作品など、1960年代のイタリア映画にインスパイアされました。そういったアイコン的な表現も参考にしています。

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──それぞれのキャストの衣裳を決めるにあたって、ひとりひとりテーマやモデルのようなイメージがあったのでしょうか? もしあれば、アリス、ジャック、フランク(クリス・パイン)の衣裳について聞かせてください。

フランクに関してはオリヴィアから勧められたドキュメンタリーがあって──マルチ商法を営むカルトリーダーを追ったものだったのですが──、それを研究しました。私自身、1970年代の(サンフランシスコの)ベイエリアで幼少期を過ごしているので、周りにカルトリーダーがたくさんいました。ですので、フランクはピラミッド商法の営業マンをイメージしてデザインしています。

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ジャックは純粋無垢なキャラクターと解釈していて、彼の場合は特定の人物を参考にしているわけではありません。

アリスに関しては、フローレンス・ピューの今までの出演作を研究しました。彼女の演技には独特の力強さがあります。アリスの場合も、特定の過去作品を参照しているわけではないので、そういう意味では新鮮でした。あとは脚本の情報をベースにしています。脚本が本当によく書けていて、キャラクターが重層的に描かれていましたから。

また、私はいままで複数の作品でミッドセンチュリーのデザインを扱ってきているのですが、今回は「表面上は寸分の狂いのない街」という、今までとは違った視点からミッドセンチュリーのデザインを深掘りすることができたのが、興味深かったです。

美しく恐ろしい、“ユートピアスリラー”の世界観

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──本作は、オリヴィア監督を筆頭に、衣装、美術といった制作チームが全員で作り上げた世界だと思います。美しいのに恐ろしいという世界観を作り上げるため、チーム全員で大事にしていたことなどがあれば教えてください。

情報は脚本に全部書かれていました。「加工されたコミュニティ」を描くストーリーでしたので、理想主義を意識しています。また戦後のあの時代は、「男性は男性らしく、女性は女性らしく」という、ロマンが最も際立ち、“完璧な家族”や、新しいアメリカへの期待が熱い時代でした。だから表面上はとてもクリーンに見えるように設計されています。

衣裳の一番の醍醐味は、そういう「表面」を役者のために整えることができる点にあります。そこをどこまで深く掘り下げられるかは、役者の力量にかかるわけですが、アリスに扮するフローレンスとバニーに扮するオリヴィアはそこが際立っていました。真相を解明しようとするアリスを観客が追体験できるようになっている構造も面白いですしね。卵を割っても中が空になっているシーンも、「完璧なはずのうわべに亀裂が入り始めている」ことを雄弁に象徴しています。「錯覚」や「幻想」も大きなテーマです。

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──今、昔のものに改めてフォーカスするような時代の流れがありますが、今回、改めて1950年代の衣裳を手がけてみて、この年代の服の魅力をどのようなところに感じましたか。

1950年代は、欧米でデザインや建築やアートが盛り上がった時代で、そこに魅力があるのだと思います。建築のミッドセンチュリー・デザインもその一例ですが、この作品では屋外シーンや家具などに活かしています。ミニマリズムや抽象表現主義が流行り、現代アートでいうとマーク・ロスコやジャスパー・ジョーンズなど、建築ではイームズ夫妻が人気を集めました。

1940年代後半から50年代初頭にかけては、ファッション界も革命が起きました。クリスチャン・ディオールが「ニュールック」を発表するなどし、それが50〜60年代のプレタポルテ(既製服)という新しいコンセプトへとつながっています。テクノロジーや産業も隆盛を極め、楽観主義的で理想的な時代だったのでしょう。

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『ドント・ウォーリー・ダーリン』
11月11日(金)日本公開
監督/オリヴィア・ワイルド
出演/フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズ、オリヴィア・ワイルド、ジェンマ・チャン、キキ・レイン、ニック・ロール、クリス・パイン
配給/ワーナー・ブラザース映画
https://wwws.warnerbros.co.jp/dontworrydarling/

Interview: Mihoko Imai  Editor: Saori Asaka