5月14日から25日 (現地時間)にかけて南仏コート・ダジュールで開催される第72回カンヌ国際映画祭。今年の審査員長は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)でアカデミー賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が務める。
世界の優れた作品が集まる本映画祭の中で今年もっとも注目すべきは、クエンティン・タランティーノが手掛けたマンソン時代のスリラー映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』や、ファンタジー・ミュージカル『ロケットマン』に加え、コンペティション部門で最高賞パルムドールを競う4人の女性監督作品だ。昨年のレッドカーペットでは、映画業界における男女格差を訴えるウィメンズ・マーチがケイト・ブランシェットによって決行されたが、今年は格差是正に向けて一歩前進したカンヌ映画祭に期待が高まる。
『The Dead Don’t Die(原題)』──豪華キャストが贈る、大爆笑ホラー。
カンヌ映画祭のオープニング作品を飾るのは、巨匠ジム・ジャームッシュ監督によるゾンビコメディ映画だ。ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、クロエ・セヴィニー、ティルダ・スウィントン、セレーナ・ゴメスら豪華キャストが出演する『The Dead Don’t Die(原題)』は、映画祭の重くシリアスなラインナップに痛快な笑いを運ぶ目玉作品の一つ。無数の人食いゾンビと戦う小さな町の警官たちの姿を描く風刺に富んだ最高の娯楽作品はポップコーン片手に鑑賞するのにぴったりだ。 スウィントン扮する刀を振り回すスコットランドの葬儀屋を見るだけでも、映画館に足を運ぶ価値があるだろう。
『Atlantique(原題)』──カンヌ映画祭史に残る、心引き裂かれる実体験ストーリー。
カンヌ映画祭コンペティション部門史上初となる黒人女性監督の作品。セネガル系フランス人の女優兼監督マティ・ディオップの長編デビュー作であり、彼女が2009年に手がけたドキュメンタリー短編『Atlantiques(原題)』に基づいている。
ドキュメンタリーでは、セネガル人の男性グループが船でヨーロッパへ向かう途中に襲われた、死と隣り合わせの実体験が語られているが、長編映画『Atlantique』では、愛する人が突然いなくなったことで人生が一変する若い女性の物語としてまとめられた。恋人の友人たちの遺体がダカールの浜辺に打ち上げられるなか、愛する人が果たして北への危険な旅を生き延びることができたのかどうか、彼女の心引き裂かれる心境に迫った作品だ。
『ロケットマン』──エルトン・ジョンの波瀾万丈な半生を華やかにプレイバック!
エルトン・ジョンの半生を描く待望の伝記ミュージカル。ジョン自身が共同プロデューサーとして参加した本作では、『キングスマン』シリーズ(2013年〜)で知られるタロン・エガートンが主演を務め、ジョンのマネージャーであるジョン・レイド役をリチャード・マッデン、作詞家のバーニー・トーピン役をジェイミー・ベル、そしてジョンの母シーラ役をブライス・ダラス・ハワードが演じている。
本作は、ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックでの下積み時代、薬物依存に苦しんだ30代、そして、エルトンがいかに自身のセクシュアリティを受け入れたかなど、ポップアイコンの苦悩が綴られる。サウンドトラックには、ジョンの大ヒット曲のカバーに加え、本作のために書き下ろされたタロンとジョンのデュエット曲「(I’m Gonna) Love Me Again」が収録されている。2020年度アカデミー賞受賞にも期待が高まる注目作だ。
『Pain and Glory(英題)』──ペネロペ・クルス×アルモドバル監督の五度目のタッグ。
スペイン映画界をリードするペドロ・アルモドバル監督の新作となると、期待が高まるのは当然だろう。しかも、郷愁にかられる年老いた映画監督の姿を描く本作で主演を務めるのは、アルモドバル作品の長年の常連であるペネロペ・クルスとアントニオ・バンデラス。
陰鬱で告白的な内容の本作の中で、主人公は、問題を抱えた友人や同僚、自身の母親、子ども時代の太陽のように明るい展望など、自身のもっとも大きな恋愛や喪失を振り返る。大胆かつ鮮やかな色彩、見渡す限りの雄大な景色、心に訴えかけるオペラのような楽曲など、アルモドバルらしい演出が活かされた作品だ。
『Portrait of a Lady on Fire(英題)』──画家と被写体のセンシュアルで切ない関係。
フランスの映画監督セリーヌ・シアマは、2007年度カンヌ映画祭のある視点部門に出品されたデビュー作『水の中のつぼみ』で注目され、2014年には、衝撃作『Girlhood (原題: Bande de filles)』で、再びカンヌにカムバックを果たした。そんなカンヌ常連の仲間入りを果たした彼女は今年、最新作『Portrait of a Lady on Fire (原題: Portrait de la jeune fille en feu)』で同映画祭のコンペティション部門に進出する。
シアマはこれまでも、作品を通じて女性のセクシュアリティを探求してきた。その経験を糧に完成された本作は、18世紀のフランス・ブルターニュを舞台に、画家とモデルのあいだに横たわる欲望と欺瞞を丁寧に描いている。
『A Hidden Life(原題)』──歴史を辿る、衝撃大作。
多数の実験的なプロジェクトを手がけてきたテレンス・マリック監督の次なる題材となったのは、第二次世界大戦中に良心的兵役拒否者としてナチスのために戦うことを拒むオーストリア人だった。
マリック監督は、歴史を辿る本作『A Hidden Life』では、明確でインパクトあふれる作風に回帰しており、先行上映会では、その素晴らしい映像美と衝撃的な物語で、すでに大絶賛を受けている。2011年にパルムドール受賞した前作『ツリー・オブ・ライフ』を上回る大ヒットになるだろう。
『Matthias & Maxime(原題)』──若き天才による最新作は心温まる「ブロマンス」。
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2009年の『マイ・マザー』で、弱冠20歳ながら鮮烈な監督デビューを果たして以来、カンヌ映画祭の常連に名を連ねるグザヴィエ・ドラン。2014年には『Mommy/マミー』審査員賞を受賞、2016年には『たかが世界の終わり』でグランプリに輝いた。
このフランス系カナダ人の若き天才による最新作は、2人の若い男性の激しい友情(=Bromance。BrotherとRomanceの造語)を描く緊迫感あふれるドラマ『Matthias & Maxime(原題)』。ドランは本作で、監督と主演を務めた。
『Sorry We Missed You(原題)』──現代イギリスの社会問題を突くリアルドラマ。
議論を呼ぶ政治色の濃い作品で知られるケン・ローチ監督は、過去に2度のパルムドール(2006年の『麦の穂をゆらす風』と2016年の『わたしは、ダニエル・ブレイク』)に輝いている。『わたしは、ダニエル・ブレイク』の“精神的な続編”としての役割を果たす本作は、イギリス・ニューカッスルを拠点にする宅配運転手とその家族の、借金にまみれた生活苦が主題だ。ギグエコノミー、ゼロ時間契約、金融危機の長期的影響など、数々の複雑な問題に立ち向かう本作は、現代イギリス人の悲惨な生活実態を浮き彫りにしている。
『Parasite(原題)』──若者が直面する韓国社会の実態。
2017年に勃発した「カンヌ対Netflix」論争に巻き込まれた『オクジャ』発表以来のカンヌ参加となるボン・ジュノ監督。劇場公開の重要性を訴えるカンヌ側に対して、Netflixが資金提供した『オクジャ』は、カンヌ映画祭で上映されてからわずか1カ月後に、Netflixでストリーミング配信されたからだ。
そんな苦い過去を経て、ジュノ監督は今年、従来の方法で資金調達した作品『Parasite』でリベンジを果たす。家庭教師になったことを機に、別の家族の人生に巻き込まれていく若い男性の姿を通して、母国韓国の階級的格差、貧困、世代を超えたダイナミクスを浮き彫りにする。
『Frankie(原題)』──ポルトガルを舞台に描かれるファミリードラマ。
3世代の家族が集まる最後のホリデー。その一日で展開されるドラマを通して、自分たちの人生を永遠に変えるような危機に立ち向かう家族の姿を描くアイラ・サックス監督の新作は、切なくて、もどかしい。イザベル・ユペールが女家長のフランキー役として主演を務め、マリサ・トメイ、ジェレミー・レニエ、グレッグ・キニアーなどが共演する。撮影場所は、ポルトガルのシントラという町だ。豊かな自然の幻想的な風景が、映画全体に独特のぬくもりを与えている。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』──タランティーノ×ブラピ×レオ様によるお騒がせスリラー。
『パルプ・フィクション』(1994年)でパルムドールを受賞してから25年、タランティーノ監督がカンヌ映画祭に帰ってくる! マンソン時代のハリウッドを舞台にした騒々しいスリラー映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の主演を務めるのは、レオナルド・ディカプリオにブラッド・ピット、マーゴット・ロビーという豪華布陣。加えて、アル・パチーノ、ダコタ・ファニング、レナ・ダナムなどのスターたちが脇を固める。今年3月に急逝したルーク・ペリーも出演しており、本作が彼の遺作となった。
編集作業の遅れにより、4月に発表された出品作品リストには含まれていなかったが、ギリギリで正式出品が確定。それだけの期待を超えることができるのか……? 業界中の注目が集まる。
Text: Radhika Seth