LIFESTYLE / GOURMET

追い求めてきた料理の世界を一皿で表現する。4人の女性シェフの今を訪ねる

幼少の頃に、あるいは学生時代に料理の世界に触れ、駆り立てられるかのようにこの世界に飛び込み、情熱を燃やし、成功をつかんだ女性シェフたち。目指してきた理想を実現しようとしている彼女たちの今を訪ねる旅。

【チラン(CHILAN)/ドグエン・チラン】暮らしと仕事を切り離さない、新しい時代のレストラン

「ヒトの顔が見える」ことを大切に、食材は生産者と対話しながら選んでいく。

広島県廿日市市の瀬戸内海を見渡す高台にあるモダンベトナミーズとナチュラルワインの店。シェフのドグエン・チランのアイデンティティであるベトナム料理をベースに、フレンチの技法を重ね合わせた料理が評判だ。ベトナム人の両親のもと、東京で生まれたチランは、高校生の時に白金台のフレンチ「ステラート」でアルバイトとして働くうちに、料理人を目指すことを決意。国内外のレストランやワイナリーで経験を積み、2年ほどの会社勤務を挟んで、ソムリエの夫、藤井千秋の実家がある廿日市に「チラン(CHILAN)」を開業した。35歳以下の若手料理人の登竜門「RED U-35」では、2021年に508人中のファイナリスト4人に選ばれ、最上位の女性に贈られる「岸朝子賞」も受賞した。

母の味を再現したというシグニチャーの生春巻き。広島のファームスズキの車海老、加島ファームの霧里ポークを、大葉、ミント、もやしなどと巻く。

ユニークなのは彼女の働き方だ。店の営業は木金土の週3日のランチのみ。それ以外は予約制で貸切のときのみ店を開く。加えて全国各地の出張イベントやメニュー開発などの仕事をこなしながら、藤井とともにクラフトビール醸造やワインバー経営といった自社事業にも携わっている。子育てとレストランを両立し、さらに新規ビジネスにも取り組むという新時代を象徴するレストランだ。ふたりの自然体の生き方を象徴するような素材も味付けもナチュラルな料理が、食事は心を豊かにする時間なのだと教えてくれる。

最近はドリンクにも力を入れ、自社ブランドのビール「チャールズブルーイング」を、コースペアリングに組み込むほか、首都圏を中心に飲食店などに卸している。

チラン(CHILAN)
広島県廿日市市阿品4-2-39
https://chilan.jp/

【エスキス(ESqUISSE)/山本結以】ジェンダーという概念を乗り越えて切り拓いた可能性

まるでジュエリーのような美と洗練を極めた一皿。

2023年の「RED U-35」で見事グランプリに輝いたのは、「エスキス」の山本結以。「RED U-35」において、女性がグランプリを獲得したのは10回目にして初めての快挙だった。エスキスは、2012年にミッシェル・トロワグロの右腕と言われたリオネル・ベカがエグゼクティブシェフに就任してオープン。翌年からミシュランの星を守り続ける正統派のフレンチレストランだ。現在は、リオネルがコース料理を創作し、料理長にあたるシェフ・ド・キュイジーヌの山本が、キッチンで采配を振るう。

明るい光が差し込む白壁とウッドフロアの店内は、リオネルの出身地、南フランスを彷彿とさせる。

山本はフランスの三ツ星レストランで研鑽を積み、日本のフランチレストランで5年間、料理人としての基礎を叩き込まれた。男性社会の中で劣等感を感じながら、ひたすら学び、働いた。「生まれ変わったら男になりたい」と思っていたこともある。エスキスに入店し、リオネルから「結以は一人の料理人であって、たまたま性別が女性なだけ」と言われ、男女の役割を決めつけていた頑なな心から解放されていった。リオネルが繰り返し伝えたのは、「食材の声を聴きなさい」という言葉。料理の原点として、食材に向き合い、食材を理解することを知った。山本が目指すのは、目の前の食材に再び命を吹き込むような料理、食材が幸せになる料理だ。

料理は生産者、お客様、料理人など、多くの人が関わって成立するもの。常に「感謝する」ことを大切にしているという。

エスキス
東京都中央区銀座5-4-6ロイヤルクリスタル銀座9F
Tel./03-5537-5580
https://www.esquissetokyo.com/

【クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢/長江桂子】忘れられない一瞬の喜びのシーンを創り出す

軽井沢の緑豊かな森の中に立つ一軒家レストラン。名前の由来は敷地内の小川にクレソンが自生していたことから。

APITS art photography

弁護士を目指してパリ・ソルボンヌ大学に留学中に出合ったフランス菓子に魅了され、パティシエの道へと大胆に舵を切った長江桂子。研修生として飛び込んだ「ラデュレ」をはじめとする名店で腕を磨き、ミシェル・トロワグロの「オテル・ランカスター」と「ピエール・ガニェール」ではシェフパティシエを歴任。世界中から集まるパティシエたちがしのぎを削るパリにおいて、巨匠たちの心をつかんだ実力派だ。ピエール・ガニェールでは、5,000件以上のレシピを書き残したという、彼女の菓子作りの原動力は「お客様の記憶に残る喜びの瞬間を創りたい」というシンプルな思いだ。

眩しい緑の樹々、優しくそよぐ風、清らかな小川のせせらぎ。軽井沢の風景をデザートで表現する。

ピエール・ガニェールを離れたあとは、世界中を飛び回るフリーのパティシエとして活躍していたが、近年は日本での活動の幅も広げ、2024年から「クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢」で総料理長を務める。キッチンのスタッフを束ね、ランチからディナーまでのすべてを手掛けるが、一押しはアフタヌーンティー。信州の食材を中心に、自らひとつひとつ丁寧に作りあげるスイーツやセイボリーには、パリの3つ星にいても、軽井沢の森のレストランにいても少しも変わらない、喜びの瞬間を届けたいという彼女の思いが凝縮している。

リンゴ、イチゴ、チェリーやハーブ類など信州の土地の恵みにインスピレーションを得たスイーツやセイボリー。

クレソンリバーサイドストーリー旧軽井沢
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢680-1
Tel./0267-46-8037
https://www.cressonriver.jp/

【志摩観光ホテル/樋口宏江】料理を通じて伊勢志摩の食材の豊かさを伝える

美しい英虞湾のパノラマビューを眺めながら、ミシュラン1つ星のフレンチが楽しめるレストラン「ラ・メール」。

1951年に開業し、70年以上にわたって皇室をはじめ、国内外のVIPを迎えてきた「志摩観光ホテル」の初の女性総料理長が樋口宏江だ。2016年の伊勢志摩サミットの際に、各国の首脳たちが料理に夢中になるあまり、会議が時々中断されたというのは有名な話だ。三重県四日市市に生まれ、調理師専門学校を卒業後に入社し、以来30余年、志摩観光ホテル一筋で料理の腕を磨いてきた。フランス産の高級食材を使うことが良しとされた時代に、地元の海の幸を活かした「伊勢海老クリームスープ」や「鮑ステーキ」を編み出した先々代の総料理長・高橋忠之を今もリスペクトし、料理に厳しく、人に優しく、歴史や芸術への造詣も深い彼から多くのことを学んだという。

ディナーのコースでは、伊勢エビやアワビ、松坂牛などの名物料理が一度に楽しめる。

伊勢志摩サミットの際には、国からの要請もあり、三重県の食材を活かしたメニューの開発に取り組んだ。それをきっかけに、サミット後には自ら生産現場を訪ね、直接話を聞くなど、地元の生産者との交流が始まった。今ではこれが大きな財産となり、ホテルの食の新たな魅力になっている。自主的に定めた基準を下回る伊勢エビを海に戻すなど、資源を守る生産者の姿勢に感銘を受け、その努力に少しでも報いるために、料理を通じて伊勢志摩の食の豊かさを積極的に発信している。

豊かな気候風土を持つ三重で生まれる、山と海の食材の素晴らしさを発信する「伊勢志摩ガストロノミー」の取り組みを続けている。

志摩観光ホテル
三重県志摩市阿児町神明731
Tel./0599-43-1211(ホテル代表)
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/

Text: Yuka Kumano

READ MORE