アルメリアにルーツを持つ“カーダシアン家”
「私たちは、アルメニア人です。そして私たちは、歴史上幾度となく繰り返されてきたアルメニア人ジェノサイドの生存者の子孫でもあります。ですから、今後再びジェノサイドの歴史が繰り返されることを望んでいません」
2023年9月、『ローリング・ストーン』誌にこう寄稿したキム・カーダシアンは、1980年10月、アメリカ・カリフォルニアに生まれ育ったモデル/ソーシャライトだ。アメリカのリアリティショー「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ」(2007-2021)ですっかりおなじみの「カーダシアン=ジェンナー家」の長女であり、ビューティーブランド「KKW beauty」やアパレルブランド「SKIMS」などのビジネスを展開する実業家でもある彼女は、ラストネームの“カーダシアン”が示す通り、アルメニアにルーツを持つアメリカ人でもある。自国アメリカから遠く離れたコーカサス地方の同国に思いを寄せる彼女は、2019年に一家で訪問したり、2020年にアルメニア基金に100万ドルを寄付したり、インスタグラムから度々オーディエンスに向けてアルメニアを支援するよう呼びかけるなど、長きに渡りアルメニア支援に尽力してきたことでも知られる。
「ジョー・バイデン大統領に嘆願します。現在起きつつある新たなアルメニア人大量虐殺を阻止し、アゼルバイジャンによる攻撃からアルメニア人を守るため、アメリカと世界は行動を起こすときです。ここ数カ月に及ぶナゴルノ・カラバフ地域とアルメニアを陸路で結ぶラチン回廊の封鎖で、現地のアルメニア人は飢餓に晒され、アゼルバイジャンによる民間人への全面的な攻撃により再びジェノサイドが発生する可能性が高まっています。このような悲惨な人道危機を回避するため、アメリカ政府と国際社会が直ちに介入するよう訴えます」
2023年9月にも、自身のSNSからバイデン大統領に向けて緊急メッセージを発信した彼女が、アルメニアを支援し続ける背景には、歴史上不安定な状態にあるアゼルバイジャン共和国西部のナゴルノ・カラバフ地域をめぐる紛争がある。
アルメニアとアゼルバイジャンで長期化する紛争
アルメニアもアゼルバイジャン共和国も、元は旧ソ連に属していた国だ。しかし、アゼルバイジャン共和国内の係争地であるナゴルノ・カラバフ地域には多くのアルメニア人が居住していたことから、1988年のソ連末期から両国の対立の火種がくすぶっていた。そして、1991年のソ連崩壊とともに独立した両国は、直ちに第一次ナゴルノ・カラバフ戦争に突入。この戦争に勝利したアルメニアは、この地を「アルツァフ共和国」(国連加盟国から未承認)としてアゼルバイジャン共和国からの独立を宣言し、以降、実質上この地域はアルメニアによって支配されてきた。
だが、2020年にトルコの支援を受けたアゼルバイジャンが反撃を開始し、主要都市を奪還するなど第二次ナゴルノ・カラバフ戦争へと発展。この事態を防ぐため、ロシアは平和維持部隊を派遣したものの、停戦監視任務が不十分だったことからアルメニアはロシアを激しく非難した。
その後2023年9月に両国間で大規模な衝突が再び発生。今回は、アルメニアがアゼルバイジャンに降伏する一方、アルメニアの首都エレバンが攻撃されても何もしなかったロシアに対し、見切りをつけたアルメニアがアメリカに接近し、同時にナゴルノ・カラバフから多くのアルメニア人難民がアルメニア国内に流れ込むなど、両国間の紛争には全く終わりが見えない状態が続いている。
この紛争長期化の背景には、アゼルバイジャンは人種的に近く同じイスラム教を信仰するトルコから、そしてアルメニアは同じキリスト教国であるロシアから支援を受けていることも大きな要因でもある。
キム・カーダシアンが希求する平和とアルメニア人への人道支援
アルメニア人は、歴史的観点からも19世紀末〜20世紀初頭にオスマン帝国領内で発生した2度にわたる大規模な民族大虐殺により大量の犠牲者や難民が発生するなど、これまで過酷な運命をたどってきた民族でもある。そしてその悲惨な様は、映画『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014)などの作品の題材としても多く取り上げられてきた。
カーダシアンは、昨年12月以降アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフの先住キリスト教徒のアルメニア人と世界を結ぶ唯一のライフラインを封鎖し、人道援助を絶ったことを“ジェノサイド”だと糾弾。そのため、自国アメリカと国際社会に対し、同地域のアルメニア人支援等の介入の必要性を現在も訴え続けている。
「私は、アルメニアとアルツァフ(=ナゴルノ・カラバフ)の現状を黙って見ているわけにはいきません。今この地で起きている人道的危機は、決して許されるものではありません。私の思いと祈りは、アルメニアの勇敢な大人や子どもたちとともにあります。どんなに離れていても、私たちは国境を超え一つのアルメニアであること、そして私たちの国家“アルツァフ共和国”が存在することを世界に覚えていて欲しいのです。そのために、私はこれからも世界に対し声を挙げ続けます」
【参考文献】
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/09/post-102685.php
https://www.newsweek.com/armenia-azerbaijan-kim-kardashian-nagorno-karabakh-genocide-1828843