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すべての人に、命の水を──俳優マット・デイモンが取り組む、アフリカ諸国の水問題の解消【社会変化を率いるセレブたち】

2023年11月30日から12月12日まで、アラブ首長国連邦ドバイで開催されているCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約会議)の議題の一つである“地球沸騰化時代”の到来で、アフリカを中心にますます砂漠化が進む現在。かねてより「安全な水へのアクセスは基本的人権の尊重」だと公言する俳優マット・デイモンは、自身がアフリカで体験した過酷な生活をもとに、少額融資という新たな形で現地の人々の生活のサポートに尽力している。

映画『AIR/エア』(2023)主演のマット・デイモン。3月にLAで行われたプレミア試写会に登場。Photo: Albert L. Ortega/Getty Images

「私が水の大切さに目覚めたのは、2006年にザンビアの田舎で現地の少女と一緒に水汲みに行ったときのことでした。その道すがら、私はその子と将来の夢や希望について話をしました。私が彼女と同じ10代だった頃は、よくベン・アフレックとどうやって俳優になろうか、NYLAどっちに行こうかと、ワクワクしながら話していたものです。ですが、彼女の家を出発してからずっと歩いているのに、いつまでたっても井戸にたどり着かない。そのとき初めてワンマイルの距離に井戸を作ることの大切さを思い知ったのです」

2022年3月、『TIME』誌のインタビューにこう語った俳優のマット・デイモン。直近のクリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』にレズリー・グローブス役で出演し、大きな注目を集めた彼は、1970年10月アメリカ・マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれ育った。高校時代から演劇作品に出演し、同じ学校出身の親友で俳優のベン・アフレックとともに俳優を目指していた彼は、映画『ミスティック・ピザ』(1988)に端役で出演。その後ハーバード大学に入学し、博士課程を修了寸前に映画『Geromino: An American Legend(原題)』(1993)で主役を勝ち取り、学位を取得することなく退学した。

1998年のアカデミー賞で、当時ほぼ無名に近かった27歳のマット・デイモンと同じく27歳のベン・アフレック。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で共同執筆した脚本が賞を受賞した。Photo: Bob Riha Jr/Getty Images

その後、ハーバード大学在学中に手がけた脚本『グッド・ウィル・ハンティング / 旅立ち』(1997)が自身主演で映画化され、アカデミー脚本賞を獲得。続く『オーシャンズ11』(2001)、『ボーン・アイデンティティー』(2002)などの話題作に出演し、2024年2月公開予定のイーサン・コーエン監督映画『The Drive-Away Dolls(原題)』(2024)が待機中の彼は、芸術におけるさまざまな功績から2013年にハーバード芸術賞を受賞した。

そんなデイモンが、俳優業に勤しむ傍ら、尽力しているのが開発途上国における「水」の問題だ。

水の問題は、自分たちが生きているうちに解決できる問題

2023年9月、NYで開催されたイベントにて。Photo: Noam Galai / Getty Images

「その少女の夢は、都会に出て看護師になることでした。現在は就学している彼女ですが、もし家からワンマイルの距離に井戸がなかったら学校に通うことはなかっただろうし、辺鄙な土地にある井戸の近くまで引っ越さなければならなかったでしょう。彼女のように、アフリカには自宅近くに清潔な水へのアクセスがない人たちがたくさんいる。そのため、2023年だけでも30万人の子どもたちが命を落としているのです。私は、子どもたちの命は財産だと思っています。そのための投資は惜しみません」

先のインタビューでこう語ったデイモンは、2006年に独自のNPO「H2O Africa Foundation」を設立し、1990 年よりバングラデシュ、エルサルバドル、エチオピア、ホンジュラス、グアテマラ、インド、ケニア、フィリピンと合計8カ国で安全な飲料水と衛生設備を提供してきた。そして、現在同団体は「Water Partners」に吸収され、デイモンの共同設立者であり事務局長のゲイリー・ホワイトが率いて活動を継続中だ。

「現在、世界中で飲料水が不足しています。特にアフリカではその兆候が顕著です。ですが、私たちが生きている間に解決できる問題だとも思っています。というのも、詳細に調査したところ、これは単なる“水不足”の問題ではなく、金融問題でもあることが判明したからです。つまり、当然ながら、安全な水へのアクセスには、資金が必要です。ですから、現地の人々に支援の名の下に無償で提供するのではなく、“融資”という形でサポートすることが非常に重要だと思っています」

2023年、US版『Forbes』誌年次慈善サミットのパネルディスカッションに出席し、現在世界が直面している水問題についてこう語ったデイモン。同時に、慈善団体「Water.org」との取り組みの一環として、金融プログラム“WaterCredit” をすでに展開していることを明かした。

WaterCredit とは、水道インフラの構築のための少額融資のことで、自宅に水道を引くためにローンを組みたい人が、少額からでも初期費用を融資を受けられるシステムだ。これにより、不衛生な水による健康被害や井戸まで歩く時間や労力などの問題を解消し、長期的には子どもたちの就学に繋がるとデイモンは見越している。そのため、今後はこのようなマイクロファイナンスへの資金提供のみならず、低所得層向けの公益事業や処理施設など、より大規模な水のインフラプロジェクトの支援や雇用捻出にも乗り出すという。

そんなデイモンが活動を急ぐ大きな理由が、現在アフリカ各地から大挙して人々がヨーロッパに押し寄せ、大きな問題となっている“難民化する出稼ぎ労働者”の存在だ。

“気候難民”を生まないために、水から始める生活維持の支援

2023年9月、「Clinton Global Initiative」にて登壇。Photo: John Nacion

「人は、即効性のあるアイデアに反応します。 ですから、たとえ少額でも融資を受ければ、誰でも水にアクセスすることが可能だというモデルケースを早急に成功させたかったのです。そして、融資を受ける人が増えれば、水問題の解消の突破口を開くことも可能ですし、仕事を求めて母国を離れる人も減る。それが私の長期的な展望です」

国連難民条約第1条A(2)によると、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々」とある。

だがアフリカ各地では、昨今の異常気象による長期干ばつや砂漠化などによる就農困難や、水を巡る治安悪化によるコミュニティ崩壊で、すでに年間平均 2,000 万人以上の人々が故郷を捨て、今この瞬間も仕事に求めてヨーロッパに逃れる人が後を立たない。しかしながら、運良くヨーロッパに渡ったとしても、難民の定義に“気候”が明記されていないことから保護対象外となり、結局のところ不法入国者として搾取されるなど、現地での生活も立ちいかない状態に陥るケースがほとんどだという(UNHCRより引用)。

一番の得策は、彼らが母国を離れることなく生活を維持するための支援を続けること──こうしている現在も、地球沸騰化により枯渇する国々の水問題に真っ向から取り組み続けているデイモン。そんな彼は、母国アメリカを含む先進国に向け、Water.orgを通してこんなメッセージを発信している。

「人は、基本的に正しいことをしたいと考える傾向があると思っています。だから、一度問題に気づくと真剣に取り組み始めるのですが、こと水問題に関しては別の話です。なぜなら、私たちの日常には、あまりにも豊富な水があることから、一人ひとりが長期にわたり問題意識を持つことが非常に困難だからです。

かつてベンジャミン・フランクリンはこう言いました。『井戸が枯れたら、水の大切さがわかる』と。ですから、もし明日私たちの生活から水がなくなったら──という危機感を個々が持つことこそが、水問題解決への近道だと思うのです。ですから私は、すべての人が安全な水にアクセスできるようになるまで、支援を継続して行きます」

Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba