「3歳のとき海で遊んでいたら、波に足を取られて溺れそうになりました。しかしこの時、何かの魔法にかかったのです。以来ずっと、私は海に潜り続けています」
1979年、JIMスーツと呼ばれるダイビングスーツ型の潜水装置を使って、女性で初めて水深約375メートルの海底を歩いたのが、海洋学者のシルビア・アールだ。不思議な光を放つ生き物たちが暮らす深海を「銀河」と表現し、愛する海を守るために戦ってきた彼女は、御年85歳となった今もその歩みを止めることはない。昨年、アメリカの公共放送に出演したシルビアは、オーディエンスにこう訴えた。
「地球の97%が海です。一息の空気も、私たちが飲む一滴の水も、海と密接していることを忘れてはなりません。海を自分の体の一部として扱って下さい。海を守ることは、私達自身を守ることと等しいのです」
この海洋学のレジェンドに対し、世界は“Her deepness”(妃殿下を意味する “Her highness”をもじったもの)と敬い、称賛を惜しまない。ハーバード大学で海洋学を学んだシルビアは、’70年に女性潜水士5人を集めた研究チームを率いて、調査のために何週間にもわたる海中生活を敢行した。こうした長年の海洋調査から、これまでに190件以上の書物を出版し、国際的な環境賞「レイチェル・カーソン賞」など多数の賞を受賞している。
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2006年のある日、シルビアは、当時グーグルアースのリーダーであったジョン・ハンキにこう持ちかけた。
「いつグーグルアースは完成するの? 陸は完璧に見られるけれど、海はまだ見ることができませんね」
それ以来シルビアは、、3年かけてグーグルと海洋データの表示機能の開発を進め、新機能「オーシャン」を完成させた。本機能では、上空から海面が見られるだけでなく、陸にいながらにして海中に潜ることができる。ハワイの人気ダイビングスポット、モロニキ島の海を360度探索したり、カルフォルニア湾で危機に瀕しているサメの実情を映像で確認することも可能なのだ。
さらに2009年には、NGO「ミッション・ブルー」を創設し、世界の海にHOPE SPOT(海洋保護区)を指定。’19年の時点で、世界131箇所が登録されており、2030年までに海洋の30%が完全に保護されていることを目標としている。こうした功績が認められ、’14年に国連環境計画(UNEP)の地球大賞を受賞したシルビアは、海の現状をこう訴えた。
「サンゴ礁の40%は、過去数十年の間に破壊されるか劣化し、マングローブ林の35%も同様の状況にあります。どちらも魚が成長するために不可欠であり、嵐や津波から保護してくれるものです。汚染によって生物が生きられない“酸欠海域”となった箇所は400カ所以上に上り、世界中の沿岸水域に出現しています」
過去50年の間で、海は大きく変容した。シルビアが子どものころに惚れ込んだ豊かな海は、人間の手によって凄まじいスピードで変わり果ててしまった。海にはプラスチックごみがあふれ、数え切れないほどの生き物たちが尊い命を奪われ続けている。さらに取り返しのつかない人災は、今年7月にも起きた。豊かな自然に恵まれたインド洋沖の島国モーリシャスで日本の貨物船が座礁し、重油などが大量に流出。青いサンゴ礁地帯は今や茶色く染まり、呼吸ができなくなったマングローブは半年後には枯れると言われている。
「私たちは海を汚し、地球の循環システムに毒を注いでいます。その結果、私たちは数えきれないほど多くの自然生物の命を奪っているのです。私たちは食物連鎖を断ち切り、地球上の化学物質による炭素循環や窒素循環、酸素循環に水循環などあらゆる生命維持システムを壊しているのです」
しかし、シルビアは希望を捨てていない。彼女は私たちに今できることをこう力説する。
「今ならば世界のサンゴ礁の約半分は、まだ健康な状態で残っています。また、海洋生物も10%は生き延びています。いま行動を起こすことが重要です。でなければ、失われるものはあまりに大きく、回復を試みることは不可能でしょう。だから皆さん、インターネット、映画、探検など、可能な限りの手段を使って、支援活動の活性化をお願いします。海を救い回復させることができる海洋保護区域を世界中に広げるため、青い地球を守るために」
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Text: Mina Oba