監督デュオ“ダニエルズ”と世界観を構築
世界中で大ヒットを記録している『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、カンフーとSFに、ゲームや哲学的要素が盛り込まれた家族ドラマ。先の展開が読めない、まったく新しいタイプの作品だ。本作で衣装を担当したのが、スタイリストしても活躍をしているシャーリー・クラタ。「物語には12のユニバースが描かれているので、監督で脚本も手がけているダニエルズたちと何度も話し合いながら、それぞれの世界観に合う衣装を考えました」
与えられた準備期間は1カ月半
本作でクラタに与えられた準備期間はわずか1カ月半。「(主演の)ミシェル・ヨーだけでも40着ほど、(娘役の)ステファニー・スーはそれ以上必要だったので、限られた時間と予算の中で知恵を絞りました。でも、そういうときほど、クリエイティブな発想が湧いてくるんです」
今作で約30年ぶりに俳優復活を果たしたキー・ホイ・クァンには、典型的な“お父さんルック”をスタイリング。「もちろん役のためなので彼はすんなり受け入れていましたが、着用したとき、笑ってはいました」
日本と西欧の文化に影響を受けながらLAで育ち、パリで3年間ファッションを学んだ過去も。「スタイリストや衣装担当に必要なのは、自分の好みを押しつけるのではなく、聞き上手となって彼らが伝えたい物語を上手に服や衣装に変換する力だと思っています。私のスタイリングの特徴ですか? それこそ、これまで吸収してきたカルチャーや経験を生かした、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(あらゆるものが、あらゆる場所に、一斉に)』だと思います(笑)」
1. 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下EEAO)は、未体験の興奮を味わえる作品ですが、映画に登場する衣装であなたが最も衝撃を受けた作品は?
フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992)です。なぜなら、衣装デザイナーの石岡瑛子の大ファンだから。『EEAO』の劇中、ジョブ・トゥパキのベーグル・ユニバースの衣装にもその影響が見て取れると思います。また、オードリー・ヘプバーン作品の衣装を多数手がけているイーディス・ヘッドの『パリの恋人』(57)と、シャーリー・マクレーンが主演する『何という行き方!』(64)の衣装も素晴らしいです。劇場で観た作品で、初めて衣装に感動したのは『グリース』(78)だったと記憶しています。
2. マルチバース(並行宇宙)を行き来しているような気持ちになれる音楽は?
Y.M.O.の音楽は若い頃から未だ変わらわず、ずっと聴いています。同じくスペイシーという点ではクラフトワークも大好きです。一方、最近スタイリングを担当したラッパーのティエラ・ワックも、R&Bやポップ、カントリーなど、さまざまな音楽の領域を自由に往来する、枠にとらわれないアーティストだなと感じました。
3. 今作からは日本のアニメの影響も感じられます。あなたが影響を受けた日本の本や雑誌は?
写真家の青木正一が編集長を務めていた原宿のストリートスナップ雑誌「FRUiTS」(1997年創刊)と、ロンドンやパリのストリートスナップをまとめた「STREET」(1985年創刊)に夢中でした。モデルではなく、一般の人のファッションを見る方がよりリアルに感じられるので私好み。また、ファッションが当時のアメリカとはまったく違っていたので、眺めているのが本当に楽しかったんです。
4. あなたのクリエイティブ魂を刺激するアーティストは?
色彩のバランスが美しく、独特の世界観を生み出すアーティストたちの作品に惹かれます。イギリス出身のポップアーティストのデイヴィッド・ホックニーや、日本を代表する作家の草間彌生。彼らの鮮やかでカラフルな世界は唯一無二。一方で、対照的ですがマーク・ロスコの深く静寂を感じさせる色使いと、あの雰囲気も好きなんです。
5. 個性的な世界観を持つあなたの世界の核となっているファッションデザイナーは?
川久保玲と、コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)に関連するものすべて、それから三宅一生、山本耀司……。もちろん、ジャンポール・ゴルチエやヴィヴィアン・ウエストウッドといったヨーロッパのデザイナーたちからも影響を受けていますが、アーティストとしての私の核を形成しているのは、間違いなくこの3名の日本人デザイナーです。
Text: Rieko Shibazaki Editor: Yaka Matsumoto