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パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード83歳が見据える地球の未来【世界を変えた現役シニアイノベーター】

人生には、何事も“時”がある。世界的ロッククライマーであり、アウトドアウェアブランド・パタゴニア(Patagonia)の創業者、イヴォン・シュイナードは、現在83歳。持てる財産の全てを投じて地球環境の保護に尽力する自らを、“次世代を導く時期”にあると語る。

アウトドアウェアブランドのパタゴニア(Patagonia)の創業者イヴォン・シュイナード。2022年4月撮影。Photo: Fabian Marelli / Aflo

「60年代は、化石燃料時代の最盛期でもありました。15ドル(現在の2万5000円相当)で車が買えて、ガソリンは1ガロン20セントから25セント(70〜80円/L)。カリフォルニアからメキシコまで、ほとんどお金をかけずにドライブすることができました。皆ビーチ沿いに住み、サーフィンをする。アメリカ社会は富に溢れ、皆それを享受していました。絶対的な自由があるように思えたのです。そんな時代に、私はクライミング用品をつくる仕事を始めました」

2022年9月、アメリカ『TOPIA』誌の取材にこう語り始めたイヴォン・シュイナード。彼は世界的なロッククライマーであり、アウトドアブランド、パタゴニアPatagonia)の創業者だ。1938年、アメリカ・メーン州ルイストンに生まれ育った彼は、一家で南カリフォルニアに移住後、鷹の群れの調査のため鷹狩クラブを設立。これをきっかけにロッククライミングを始めたという。

「最初は鷹狩りやクライミングからスタートし、16歳の時にサーフィンとダイビング、そしてカヤック等のマリンスポーツを始めました。そして、元来の冒険好きが高じて、海の近くに拠点を置いたのです」

一方で、経費節約のため、クライミングの道具をすべて手作りすべく、独学で鍛冶を学び、クライミング用品に特化した最初の会社を立ち上げた。当時、彼が従来の登山用ピッケルに改良を加えて生み出したモデルは、現在のピッケルデザインに多大な影響を与えたことでも知られる。

1970年にスコットランドを旅行した彼は、現地でラグビーシャツを購入し、その耐久性の高さに惚れ込み自国で販売したところ、大成功を収めた。これを機に、1973年に丈夫で高品質なアウトドアウェアの代名詞ともいえるブランド、パタゴニアが誕生した。

創業にあたり、常に環境保護を念頭においていたシュイナードは、1984年にベジタリアン料理を提供するカフェテリアをオープンし、当時から環境保護のために利益の一部を寄付してきた。このコミットメントには、地域の環境プロジェクトに従事する従業員に給与を支払い、彼らがフルタイムでその活動に専念できるようにすることも含まれていた。

2002年には自然環境保護の必要性を理解する企業の同盟「1% for the Planet」が発足。これに加盟した企業は、年間売上の1%を環境保護団体に寄付することで、企業が真の変化をもたらすことを目的としている。これらの功績から2018年にカリフォルニアの自然保護団体「シエラクラブ」の最高賞であるジョン・ミューア賞を受賞した。そして2022年、シュイナードはパタゴニアの所有権を信託に寄付し、その利益を全て気候変動対策に充てることを発表したばかりだ。

企業が責任を負うべきはどこか?

1974年、カリフォルニアのヨセミテにて撮影されたイヴォン・シュイナード。Photo: Tom Frost / Courtesy Patagonia / ZUMA Press / Aflo

「顧客、株主、従業員のうち、本当のところ誰に対して企業は責任を負っているのでしょうか? 私たちは、そのどれでもないと主張します。根本的に、企業はその“資源基盤”に対して責任があるからです。健全な環境なくして、株主も、従業員も、顧客も、ビジネスもありえないのです」

これは、2004年にパタゴニアが打ち出した自社広告の宣伝文の一部だ。また、かつて著書『社員をサーフィンに行かせよう―パタゴニア創業者の経営論』でもこう語っている。

「パタゴニアでは、利益を上げることが目的ではありません。禅のマスターの言葉を借りるなら、利益は『他のすべてを正しく行ったときに起こる』です」

さらに、2011年11月のブラックフライデーには「ニューヨーク・タイムス」紙に「このジャケットを買わないで」という広告を打ち出すなど、企業利益度外視で問題提起を発信する姿勢は、社会に大きなインパクトを残してきた。

「おそらく、当時は“サステナビリティ”が本当のところ何を意味するのか、誰もわからなかったのではないでしょうか? 私たちのミッション・ステートメントは『最高の製品を作り、不必要な害を与えない』というもので、もちろん私も支持していました。ですが、そのためにどんな『良いことをする』のかについては何も言及していなかったのです。よく考えてみてください。同じ土地、同じ綿花畑で食料を必要とする人たちのために食料を栽培できるのに、私たちは何のために綿花を栽培していたのでしょう? コットン栽培は、有機栽培であるだけでは十分ではありません。なぜなら有機栽培だけで土壌が育つとは限らないからです。後々まで土壌を再生可能な状態にするリジェネラティブな方法で栽培する必要があるのです。このようにして健全な土壌を地球に返すことが『良いこと』なのです」

現在では当たり前のように声高らかに叫ばれるようになった“サステナビリティ”という言葉。だが、ブランド設立当初からそれを深く掘り下げてきたシュイナードは、消費者に対してもいち早く真のサステナビリティを啓蒙し、その重要性をブランドのHPなどを通して説いてきた。その理由を、同著書でこう語っている。

「私たちが所有し、製造、販売、輸送、保管、洗浄、そして最終的に廃棄されるものはすべて、その過程で何らかの環境破壊を引き起こします。その破壊は、私たちが直接責任を負うか、私たちが代行して行うものだからです」

地球と次世代の未来のために

2022年9月、アメリカ・ワイオミング州の自宅にて。Photo: Courtesy Patagonia / ZUMA Press Wire / Aflo

そんなシュイナードは、2014年にアメリカのメディア「The Usual」から、当時の気候変動の現状についてどう捉えているかと問われた際にこう答えている。

「私は完全な悲観主義者です。私には孫ができましたが、この子が生きているであろう今世紀の終わりがどうなってしまっているか、そんなことばかり考えています。なぜなら、現段階の予測によると今世紀の終わりまでには海面が1.5メートル上昇し、さらに月を追うごとにもっと酷い研究結果に更新されているからです。気候変動は、私たちが予想していたよりはるかに早いペースで進んでいるのです。

そこで私が大切にしたいのは、自然と暮らす人生を歩むように孫を育てることです。私たちは愛するものを保護したいと願います。つまり、自然を愛せば、それを保護したいと思うでしょう。だから私にできる最善のことは、成長した孫たちが、大人になってもアウトドアを楽しめるような人生を送らせてあげることだと思っています」

同時に、シュイナードは先の『TOPIA』誌のインタビューにおいて、個人的に現在の気候危機対策に大きく関わる世界のグローバリズムが終わりを迎え、新たな時代に突入すると予測している。

「ここ数十年に渡る世界のグローバリズムは、まさにアメリカを中心とした“帝国”でした。そして今、個人的には“アメリカ帝国”が終焉を迎えつつある時代に生きているように感じます。自然というものは、本来“帝国”という存在を好まないものです。なぜなら、自然は常に多様な種を作ろうとするため、1つの場所に蓄積することや、単一文化を好まないからです。ところが私たちは常にすべてを一緒くたに囲い込もうとしている。まるでかつてのソビエト連邦の崩壊を彷彿とさせるかのようです。でもその時の混乱を最もうまく乗り切ったのは、田舎暮らしを始めて自給自足を身につけた人たちでした。そして今後私たちは、自分で土地を耕し、自分の食べ物を育てるという時代に戻る時がくると思っています」

そう語るシュイナードは、現在83歳。すでに日々の細かい仕事からは引退しており、代わりに彼が今最も楽しんでいるのが、“教えること”だという。

「人生には、教える側に回らなければならない時期があります。かつて大学やカレッジで教えていたこともありましたが、とあるビジネススクールが環境を無視していることに気づいたため、今はあまり教えていません。私の父は職人で、一人で家一軒を建てることができました。電気、配管、大工のすべてを一人で担っていたのです。そして、いつも最高の道具を持つことにこだわっていました。だから、私も職人気質なんです。私はこれまで品質にこだわり、どんなものでもどうすればもっと良くなるかを考えてきました。これからは、次世代のためにどうすればもっと良くなるかを考え、模範を示し、導いていくことが私の務めだと思っています」

Text: Masami Yokoyama  Editor: Mina Oba