9月中旬、海の街の朝は夏の日差しが少し和らぎ、湿り気を残した風が山へと通り抜ける。そんな心地の良いとある週末、磯遊び用のバケツ片手に親と手を繋ぎながら歩く未就学児や、ダイビングスーツに身を包んだ頼もしい姿の小学生や中学生、そして地域の環境活動に取り組む若者たちなど、葉山の真名瀬漁港に100人近くの子どもや大人たちが集まった。
この日開催されていたのは、「葉山サザエday 〜食べて遊んで学ぶブルーカーボンと海の再生プロジェクト〜」。主催するのは、スキンダイビング・フリーダイビングのスクールを運営するフリーダイバーの武藤由紀さん、海藻研究者・葉山アマモ協議会の山木克則さん、レフェルヴェソンス(L'Effervescence)シェフの生江史伸さん、そして葉山町の漁師の長久保晶さんだ。イベントの大きな狙いは、海の生態系の変化や温暖化の影響を見て学び、それをもって海の恵みを美味しくいただくことで、自然界への敬愛の念を育み、次世代へと海を地球を繋いでいくことだ。
失われてしまった魚の楽園と藻場の再生
午前中はシュノーケリングチーム、ボートチーム、磯遊びチームの3つのグループに分かれて活動開始。私が参加したボートチームは、研究者の山木さんの話を聞きながら、葉山アマモ協議会が保全に取り組む藻場の近くへと出航。山木さんによると、地球温暖化の影響を受けた海はここ10年のうちに姿が大きく変化してしまい、磯焼けが進み、海洋生物の命を育むアラメといった海藻の姿はなくなってしまったという。そこで、昆布の仲間であるカジメの種を撒くなどして海の再生に取り組んでいる。カジメは4~5年かけて1.5メートルほどの背丈までに成長するそうで、そのようすをボートから水中カメラを使って観察し、再生中の藻場付近に海上からサザエの稚貝を放流した。また、磯遊びチームは岩礁海岸に穴を掘るウニを見つけたり、ダイビングスクールに通う小中学生のシュノーケリングチームは、長久保さんら漁師らによるサザエ漁のようすを海中から見学し、藻場にサザエの稚貝を置くなどした。
参加した子どもたちのキラキラと輝く瞳からは、学ぶことに対する探究心とパワー、そして海への愛がしっかりと育まれていることが手に取るようにわかる。また、子どもと一緒に参加して新たな発見と学びを得た大人たちが、情報から生まれた叡智を通して気候変動という難しいイシューについて我が子と話し合う。その姿はとても自然であると同時に、今私たちに最も必要な対話の時間であることは確かだ。
ミシュラン三つ星レストランによるランチ
さて、このイベントをさらにユニークなものにするのがランチタイムだ。自身もダイバーで(この日はシュノーケリングチームと一緒に潜られていた!)シェフの生江さん率いる「レフェルヴェソンス」のチームが、今日採れた新鮮な食材を使ってお昼ご飯をみんなに振る舞ってくれるのだから。レフェルヴェソンスは、ミシュランガイド東京2023で3つ星&グリーンスターを獲得しているフレンチレストランであることは言うまでもない。何百年も先を見据えた地球の未来に思いを馳せながら料理人としての道を突き進み続ける生江さんと、その思いに共鳴する若きシェフたちが届ける「美味しいストーリー」が与えてくれるものは大きい。
この日のメニューは「サザエの壺焼き・海藻入りエスカルゴバター」と「伊勢海老アメリケーヌ入りバターカレー(サザエと舌平目のフリット付き)」。壺焼きといっても、手間ひまをかけた本格派の逸品。作り方を聞いたところ、殻から一度サザエを取り出し、身と肝を分けて調理し、じゃがいもやワカメ、ヒジキなどを忍ばせてから炭の上で焼いているのだという。さらに、カレーは伊勢海老の殻や昆布といった海の幸、野菜など陸の幸の濃厚な出汁の旨味が広がり、子どもの舌は正直だと改めて痛感するほどに皆が美味しそうに完食。サザエの味が苦手だったという子も、今日からサザエに対する印象が変わったようだった。生江さんはイベントの意義をこう話す。
「体の健康と地球の健康というものを両立できるような料理を作りたいと思っているし、そういう料理をただ作って出すだけではなくて、それが美味しいと認知してもらいたい。そうすれば、より多くの料理人がそうした料理を提供するようになるだけでなく、そういうものを作らないと駄目なんだって思ってもらえると思うんです。こうした発信を、レストランの中でも外でもやっていきたいと思っています。
そして、世の中のいろいろな課題を解決していく上で、我慢して頑張るばかりではどこかで負担が偏ってしまい継続していくのが難しいと感じています。でもそこに、『おいしい』や『楽しい』という感情があると、目的に向かって頑張れる。僕も今日は海に潜れて楽しかったですし、主催する側も参加する側も、楽しい・おいしい・うれしいということを一緒にシェアできれば、それ以上のことはないと思います。全部の喜びが循環することがこのイベントの最大の強みであり、だからこそ継続していきたい」
美しいものを見て、美味しいものを食べて、未来に豊かな海を繋いでいく
お腹が満たされ一休みしたあとに行われたのは、漁師の長久保さんと舘野晃士さんによるサザエやアワビ、ウニの捌き方講座。まだ幼さの残る子どもから大人まで、活きの良い力強い魚介類を相手に、包丁を持ってお造りを作り、それを自分で実食する。食材を海から採ってきてくれた漁師さんと直接話をしながら、お刺身になるまでの工程を一から学ぶことで、食べ物への感謝の気持ちや地域の食文化への興味関心が育まれていくに違いない。(ちなみに私は子どもが捌いたアワビを一切れ食べさせてもらったのですが、えも言われぬ美味しさでした……。人生初のアワビがこんなにも贅沢な体験ともにやってくるだなんてとても幸せです)。
そしてこの日の最後は、各グループに参加した子どもたちが学んだことを発表し、山木さんによるブルーカーボンと海の再生に関する講座が行われた。子どもたちの“なぜ”の熱量が高く、「なんでサザエはワカメがいっぱいあると育つのか」「なんでサザエはトゲトゲなのか」「なんでタコやヒトデは固い貝に入ったサザエを食べられるのか」「なんでウニを駆除しないといけないの」「どうしたら藻場を回復できるのか」などと、絶えぬ質問の数々に子どもたちの好奇心、想像力、そして吸収力に思わず関心すると同時に、この貴重な時期に大人が果たせる役目を改めて感じた。主催する武藤さんは、イベントの後こう語ってくれた。
「私が子どもたちに素潜りを教えることは、仕事であり、ミッションであり、ライフワークです。しかし、この数年で海がすごく変わってきているので、私が海を綺麗だと感じるこの瞬間をちゃんとこの先にも繋いでいくことができるかはクエスチョン──。美しいものをみて、美味しいものを食べて、学んで、次世代に繋いでいきたい。そして、こうしたイベントを続けていき、他の地域でも子どもたちに広げていきたいです。
『海を守ろう』というのは上から目線だし到底守ることはできません。でも身近な自然を大事にしようという心を育み、皆が繋がることができたらいいなと思います」
Text: Mina Oba