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ユーザーが主役のファッションエディトリアル「Mirror Mirror AI」が解放する真の自己表現【気鋭のイノベーター】

「あるがままに、自分らしく輝く」──生成AI技術を活用してユーザーをモデルとして登場させ、一人ひとりの好みに合わせたスタイリングやコンテンツを提供する「Mirror Mirror AI」。その創設者でモデルのユサン・リンをインタビュー。

Mirror Mirror AI CEOのユサン・リン。

生成AIで生産したテキスタイルやモデルの登場など、ファッション業界を確実に次のレベルへと押し上げているAIクリエイション。そんな中、アメリカ・サンフランシスコ発の「Mirror Mirror AI」が今大きな注目を集めている。個人のファッションの好みをベースにユーザーをファッションストーリーに登場させ、ユーザーが所有するさまざまなアイテムに合わせてスタイリングを提案するなど、生成AIによる“ハイパーパーソナライゼーション”を叶えるこのモデルを開発したのが、ファッションモデルのユサン・リンだ。2012年に台湾のナショナルセントラル大学でPCサイエンスとインフォメーションエンジニアリングの学士号を取得後、PCサイエンティストとしてAIとML(メタ言語) によるファッション・ソリューションの開発やさまざまな論文を発表。一方で、Amazon Fashion やVisa ResearchでのAI研究職を経て、 2018年にアメリカ・ペンシルべニア州立大学でPCサイエンスとエンジニアリングの博士号を取得。2024年に一時中断したモデル業にも復帰した彼女が追求する、ファッションとAIの未来とは。

──コンピューターサイエンスの博士号取得のため、それまで続けてきたモデル業を中断しましたが、取得と同時に再び大手モデルエージェンシーと契約してモデル業にも復帰しました。まずはファッション業界で今注目を集めている「Mirror Mirror AI」のコンセプトと詳細について教えてください。

「Mirror Mirror AI」 のアイデアは、アメリカ・ニューオーリンズで開催された世界のマシンラーニング分野のトップ会議「Conference on Neural Information Processing Systems 2023」(神経情報処理システムに関するカンファレンス)で開催されたパーティーに出席後、滞在していたホテルに戻る途中に思いつきました。そのとき、突然こう思ったのです──もしAIの力で、ファッションショーの観客や雑誌の読者などがモデルとしてファッションコンテンツに登場したり、客観的に自分を見ることができるようになったらどうなるのだろうかと。それが開発のきっかけです。

コンピューターサイエンスの博士号を取得するためモデル業を一時中断した2012年あたりから、ファッションとAIは私のキャリアの中心となりました。そして長年にわたりAIの目覚ましい進歩と、ファッション業界の全体的なイノベーションの推進など、両者の進化を目の当たりにしてきた私は、今ようやく自分にとって“ときが満ちた”と感じたのです。今日のAIの処理能力は、“美的感覚”という定義自体が困難な課題をクリアできるレベルにまで達しています。ですから、AIはファッション業界でもこれまで以上にパーソナルでアクセスしやすく、直感的に使いやすいものになっていると思います。

自信を持ち、自分らしくいることを可能にするAIとファッション

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──現在私たち人間は、伝統的なプログラミングとも言えるマシンラーニングからティープラーニング、そしてAIへと技術を着実に進化させています。ですが、いずれもマシンラーニングと密接に関連しているにもかかわらず、AIだけが突然出現したように捉えられていたり、まだまだこの3つの違いついてあまり知られていないようにも思います。まずはその違いを明確にした上で、ご自身にとってAIとはどういう存在かをお聞かせください。

まず、マシンラーニング、ディープラーニング、AIは、いずれも同じ意味で使用されることがよくありますが、実はこの3つは計算知能のレベルが違います。従来の“プログラミング”では、人間がコンピューターに何をすべきかを正確に言語で指示してきました。マシンラーニングも、人間がコンピューターに大量のデータを読み込ませてその特徴を判断し学習させるものですが、AIの一部(サブセット)に位置付けられており、コンピューターにパターンを認識させ、時間の経過とともに“学ばせて”(改善させて)いくことができるものです。

一方ディープラーニング は、人間の脳からインスピレーションを得たニューラルネットワークを使用する、いわば先のマシンラーニングが高度に進化した形です。そしてコンピューター自身が膨大な量のデータから複雑なパターンを学習し、視覚、言語、モデルの生成などのタスクをこなすことを可能にします。そしてAIは、物事の推論や問題解決、創造性など、通常は人間の知性を必要とするタスクを実行します。先のマシンラーニングとディープラーニングは、ともにAIを強化する技術ですが、興味深いのがAIだけそれ自体が単なるデータと計算を超えて進化しており、趣向やスタイル、そして文化までをも形成し始めている点です。

私にとってAI とは、最終的には“アート・オブ・コンピューティング(コンピューティングの芸術)”となり得る知能です。過去数十年間に渡り、コンピュータは論理には優れていましたが、美的感覚や趣味、そして個人のスタイルを理解することができませんでした。ですが現在のAI は、より人間らしい方法で“美”を解釈し、生成し、ブラッシュアップさせることができます。だからこそ私は、個人的で、文化的で、より直感的に使いやすい方法でテクノロジーとファッションを結ぶ「Mirror Mirror AI」 を開発したのです。

──では、「Mirror Mirror AI」は私たち人間を“クール”に見せてくれるようアドバイスするスタイリスト的な存在にもなり得るのでしょうか? ゆくゆくは生活をどのように変えると思いますか?

AIが私たちのために何かを“決める”、とまでは言いませんが、AIは私たちの自己表現能力を高めてくれるものだと思っています。「Mirror Mirror AI」の開発のベースにあるのは、何を着るべきかを指示するのではなく、使う人が自分のスタイルを気軽に追求し、ブラッシュアップするためのツールだということ。とはいえ、長期的に見るとAIを活用したファッションは、私たちの服装やアイデンティティへのアプローチを根本的に変えると思います。何も考えずにただトレンドを追うのではなく、個人的な趣向や体型、そしてライフスタイルに合わせたハイパーパーソナライゼーションで、スタイリストレベルのコーディネートを自分でできるようになったり、際限なくショッピングサイトをスクロールして散々迷って服を購入する煩わしさもなくなるでしょう。そのため、自分が心から気に入っていたものを買うことになり、ひいては一着を長く愛用ことにつながるため、ファッションはより直感的で、意義深く、さらにサステナブルなものになるはずです。業界にとっては服の消費量が減ることになりますが、相対的に見ればファッション業界のサステナビリティを高めることになると思います。結局のところ、ファッションにおけるAIの役割は、見た目をクールにすることではなく、“自分に自信を持ち、常に自分らしくいること”を可能にすることなのですから。

究極のミッションは、自己肯定感を高めること

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──2024年には、ドイツのデザイナーのマーク・ケインが秋冬コレクションで使用するテキスタイルをAIにテキストでイメージを伝えるテクノロジー(text-to-image program)で生産したり、キャンペーンでは生成AIモデルを起用するなど注目を集めました。いちファッションモデルとして、生成AIモデルは今後も増えると思いますか? 人間とAIとの共生についてどのように考えていますか?

私は、AIは人間のクリエイションの代替ではなく、むしろそれを増幅させる存在だと思っています。よく生成AIが従来の人間のモデルやデザインの仕事にとって代わるのではないかと言われたりもしますが、それは単純すぎると思います。マーク・ケインのコレクションでの事象は、私たち人間がファッションを創造し、体験する新たな手法のお披露目にすぎません。

ですので将来的には、AIは人間の表現活動の代替としてではなく、増幅させるものとして機能するようになるでしょう。デザイナーはAIを使用してクリエイションの限界を突破し、これまで不可能だと思われてきたテクスチャーやフォルム、そして美の表現の実験を繰り返すことができます。そして消費者は、よりインクルーシブでパーソナルな方法でモデルに“自分自身”を投影することができるようになります。生成AIによるキャンペーンでも、ブランドは人間的な要素を全面的に排除することなく、豊かでダイナミックなストーリーを消費者に伝えることができるようになります。「Mirror Mirror AI」も、よりパーソナルでアクセスしやすく、直感的に使いやすい人とファッションを結ぶサポーターです。覚えておいて欲しいのが、未来は決して「人間 vs AI」ではありません。人間とAIがどちらか単独では達成できないものを互いに補い合い、生み出す未来があると私は考えています。

──現実的には、生成AIはさまざまな形で世界を席巻し始めており、その効率面でもファッションを含む世界経済に大きなインパクトを与えています。「Mirror Mirror AI」がコミュニティや社会をより良い方向に変えるため、どのように貢献すると思いますか?

生成AIは単に物理的・経済的な効率性だけを重視するのではなく、クリエイティビティや、アクセシビリティ、そして自己表現をも重視するものです。そして「Mirror Mirror AI」も、ファッションを“一部の特別な人たち”が決めるものではなく、広く個人へと解放し、より直感的でインクルーシブな未来を形成しサポートするものです。

「Mirror Mirror AI」のテクノロジーは、服のサイズやモデルによる広告、そして大衆市場のトレンドといった業界の一部の人が決めた枠組みから解放し、より自分らしいファッションを追求することを可能にします。そしてブランドやメディアにとっても、完璧な芸術性を維持しながら、よりダイナミックなエディトリアル画像を創造することを可能にします。最終的には、消費者一人ひとりがメディアが押しつけた人物像になるのではなく、本当の自分を反映したエフォートレスなスタイリングを追求することを手助けすることにつながります。

ファッション分野におけるAIは、経済的価値を高めるだけでなく、長期的には人々をエンパワーするものになるべきだと考えています。そしてファッションをよりパーソナルで手に届きやすいものにしながら、一人ひとりが自己肯定感を高め、自分らしいシグネチャースタイルを発見し、ありのままの自分を表現する──それを可能にするのが、「Mirror Mirror AI」の未来だと思っています。

Interview & Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba