想像してみてほしい。メットガラまであと1カ月だというのに、担当しているクライアントのルックがまだ完成していない。それもただの出席者ではなく、アナ・ウィンター、ジェニファー・ロペス、クリス・ヘムズワース、バッド・バニーらとともにファッション界最大規模の祭典の共同ホストを務める人物だ。これが、ハリウッドで今最も注目されているセレブスタイリスト、自称“イメージ・アーキテクト”のロー・ローチが立たされている窮地だ。
「今から言うことを聴いたら、みんな私が感じているストレスを自分のことのように感じると思います」とローチは今月9日に配信されたポッドキャスト『The Run-Through』で語した。「デザイナーも決まっていません。誰も信じないでしょうけれど、本当に本当なんです。スケッチすらありません。幸運を祈っててください!」
これが全くの狂気の沙汰のように思えるかもしれないが、そうではない。毎年5月の第一月曜日に開催されるこのモードのイベントには不確定要素がごまんとある。「関係者全員にとって大きなプレッシャーがかかります」とセリーヌ・ソン監督が今季のアワード・シーズン中に纏ったプラダ (PRADA)とロエベ(LOEWE)のルックを手がけたスタイリストのブリット・セオドラは断言する。「デザイナーやアトリエはスケッチを短時間で修正した後に、超特急でルックを作り上げます。デザインから完成まで、全体のプロセスはたった数週間くらいですね」。ある年、アシスタントのアレクサンドラ・クラウンがフィッティングの前夜、ルック候補のスーツを数着抱えて夜行便でクライアントのもとへ自ら届けなければならなかったとセオドラは言う。「それも便が到着するのがメットガラ当日の朝だったんです。飛行機が遅延しないことを切に願いましたね」
準備期間はときに1週間未満
出席の有無もまた、イエスからノーに急遽変わることもあり、空いた枠にほかのゲストが招待される。突如としてメットガラへと招待された人たちは、デザイナーの手腕が光りなおかつテーマに沿ったルックを駆け込みで発注し、やっとのことで確保する。例えば、アメリア・グレイとリサ・リンナのスタイリストを務めるダンユル・ブラウンが昨年のメットガラのために与えられた準備期間はわずか5日間だ。「あの5日間で起きた出来事はまた別の機会にお話しします」とブラウンはからかうが、連日の徹夜と土壇場の慌ただしさでドーパミンが一気に出たかのようだったと言い切る。「クライアントが割り当てられた到着枠の1時間前まで、チーム全員で5番街を駆け回り、9インチのプラットフォームヒールを探しました。結局はそれだけの時間と労力を使う甲斐があるんですけれどね!」
アレクサ・チャンも直前にルックをまとめなければならなかった経験があるゲストのひとりだ。彼女に2022年のメットガラへの招待状が送られてきたのは開催3日前のこと。その間に「Gilded Glamour(金色に飾られた魅力)」というコンセプトにふさわしいコーデを作り上げなければならなかった。アメリカ中のヘアメイクが予約でいっぱいで、デザイナーたちはまだほかのゲスト用のコスチュームを製作している中、チャンは友人のクリスチャン・シリアノ(CHRISTIAN SIRIANO)のもとを訪ねた。ブロケードづくめのレッドカーペットでひと際エレガントに映ったクリーム色のドレスについて「数時間しかなかったのに、我ながらよくあそこまで完璧に決めたと思います」とチャンは振り返る。
スター、スタイリスト、デザイナー、そして『VOGUE』のシニアレベルのスタッフが承認すると、ルックをメットガラ級に昇華させるという課題が関係者たちを待ち受けている。これは並大抵のことではない。特に今年は、メトロポリタン美術館の特別展『Sleeping Beauties: Reawakening Fashion(眠れる美への追憶──ファッションがふたたび目覚めるとき)』にちなんだアーカイブガウンを纏うゲストもいる可能性があるとなると、難しさは格段に上がる。貴重なアーカイブピースには決して手を加えてはならず、「ボディメイク、ヒール、ヘア製品など、あらゆるものが服を台無しにしてしまうおそれがあるため、準備の際には細心の注意を払わなければならなく、気をつけるべき点などをまとめた厳格なガイドラインが必要です」とモデルでAralda Vintageのオーナーであるブリン・ジョーンズ・サバンは主張する。「ピースを購入していない限り、お直しなどはほとんどの場合論外です」。そして何度もフィッティングを重ねたにもかかわらず、アカデミー賞授賞式で纏っていたルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のカスタムドレスのファスナーが破けてしまったエマ・ストーンのエピソードは、当日は何が起きても不思議じゃないことを思い出させる。
いっときも油断できない会場までの道のり
昨年大遅刻をしたリアーナでない限り、会場であるメトロポリタン美術館への到着時間は分単位で厳密に決められていて、たどり着くのも一苦労。何せ会場に向かっている道中こそ、破損や崩れなど、ルックがあらゆる危害にさらされる一番危険なときなのだ。そのため、多くのセレブたちは移動手段としてパーティーバスを選び、服にシワが寄らないように立ちっぱなしでメットガラに向かう。タクシーの後部座席に横たわって移動する強者ものもいる。着用しているピースのデザインによっては動くのも、トイレに行くのも骨が折れることなのだ。2022年のメットガラにプラダのボリュームたっぷりのアンサンブルで出席したケンダル・ジェンナーは、道中アイスバケットに用を足すというハプニングに見舞われた。
「ディテールへのこだわりは、メットガラで成功するルックを作るのに最も重要なことです」とブラウンは続ける。彼はパーティーが終わると、コルチゾール値を下げるためにすぐに携帯電話の電源を切る。「メットガラは、クリエイターたちが作品を披露できる業界最大の舞台なので、通常のレッドカーペットよりもリスクもハードルも高いんです」。彼にとっては、パパラッチがシャッターを切り始める前のクライアントとの最後の数秒間が、すべてが実ったと感じるときだそう。「お互い『やったね』と感じるあの瞬間は、セレブとスタイリストの間につながりが生まれる特別な瞬間です。散々心配しが後にすべての努力が報われたと感じる、かけがえのない一瞬です」
Text: Alice Newbold Adaptation: Anzu Kawano
From VOGUE.CO.UK
