悲しみの連鎖。第10位『The Son/息子』
『ファーザー』で第93回アカデミー脚色賞を受賞したフロリアン・ゼレール監督による、“家族3部作”の2作目。あたえられた時間や家族との絆を思い出させてくれた前作とは違い、今作には救いがない。鬱という“悪魔”にむしばまれていく息子の心情の変化をじっくりと追ってゆき、想像したくなかった結末へと突き進む。理解を求める息子に呼応できない父親とのやりとりを眺めていると、メンタルを侵されるさまが自分ごとのようになっていく。ドラマティックな展開がないからこそ、あたたかな神の導きが描かれないからこそ、この恐ろしさが脳に刻まれていくような感覚だ。鬱を扱って涙を誘う、なんてことは微塵も考えてない監督の強い意思が込められた、2023年の隠れヒット映画かもしれない。
真摯に紡ぐ真実。第9位『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
過去の事件を掘り下げるノンフィクションを描く際、被害者の回想シーンをやや過剰に描くことでその事件性をより記憶に刻む——というのが今までの傾向だ。ただし今作は違う。被害者によるレイプや性暴力の告白は、ただ、単調に言葉を紡ぐだけ。抑揚もなく大げさな脚色も感じられない。だからこそ“真実”として胸に突き刺さる。「実際とは異なる状況を過剰に演出しない」という意図が感じられるし、被害者の気持ちを第一に考えてつくられていることが真摯に伝わってくるのだ。#MeTooのきっかけのひとつとも言える、ニューヨーク・タイムズ紙によるハーヴェイ・ワインスタインの性暴力報道を丁寧に描いた今作。編集部員の心がひとつとなって記事を発信する瞬間、その強固な意思がひとつになり、たちまちエモーショナルな景色となる。事件を未然に防ぐことと同時に、起きてしまった邪悪な闇はこうして外へと出さなければならないと思わせる、嘘のない実直な作品だ。
※映画『SHE SAID/シー・セッドその名を暴け』の舞台裏記事はこちら。
少年のまなざし、無限大! 第8位『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』
インディ・ジョーンズは、少年時代にも、大人になってからも、“冒険心”という大切な感情をあたえてくれる。何度観返しても好奇心を刺激され、日常がドラマティックに変換されていくこの感覚。これでインディの冒険は終わりだけど、描かれていない冒険はもっとたくさん存在するし、80歳を超えても彼の探究心は尽きることはない。それはインディしかり、ハリソン・フォード自身も含めての話だ。今作の重要なシーンでインディは「ここに残る」と懇願する。その時の好奇心に溢れたまなざしは永遠だ。自分もこんな気持ちを胸に生きてきたい、と素直に思わせれくれる。冒頭の若きインディ(37歳くらい)を、当時79歳のハリソン・フォードが実際に演じているのも驚きだった。「ディエイジング」という最新技術が叶えたタイムリープにも感動するばかりである。
※79歳のハリソン・フォードが37歳のインディを演じる“ディエイジング”技術 はこちら。
※『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』で悪役を演じたマッツ・ミケルセンのインタビュー記事はこちら。
美し過ぎるグロテスク。第7位『ボーンズ アンド オール』
人喰いを扱いながらも、なぜか、美しく上品。繊細な心の動きの描写や美しい構図の妙で、エンドロールが流れる時にはグロテスクなものを見た印象がすっかり取り払われていた。きっと監督は、題材は何でもよかったはず。人を食う「カニバリズム」を描きたかったのではなく、この地球上で生きる押しつぶされそうな“誰か”の憂いや強さをヴィヴィッドに抽出したかったのではないだろうか。また、人を殺め続けないと生きていけないふたりの刹那的な愛が、強いコントラストを描いていく様も美しい。今作を一言で例えるはらば、まさに「スーパーロマンティック」。男性同士の恋をみずみずしく描いた『君の名前で僕を呼んで』(2018)で主演を務めるティモシー・シャラメが、さらなる究極のマイノリティを演じたという点も奥深い。
※『ボーンズ アンド オール』のレビュー記事はこちら。
“BL”とは呼ばせない。第6位『エゴイスト』
昨今のカジュアルな“BL”作品とは一線を画している。そして今作はBLシネマではなく、人間ドラマだ。本当に愛し合っているように見えるふたりの姿は、まさに本物。本当に愛し合っていたのだと思う。それがドキュメンタリーのように真実として映る。これは、橋口亮輔監督の『ハッシュ!』(2001)以来のことではないだろうか。理性と本能の間で龍太(宮沢氷魚)を追いかける浩輔(鈴木亮平)に、きっと多くの人々がエゴを嗅ぎ取るはず。同時に、自分自身が辿ってきた愛する人との関係値や経験を振り返らざるを得なくなる。この問いかけは、鑑賞後の数日間は頭を支配するかもしれない。そして、“無償の愛”が存在することに気づく。また、LGBTQ +インクルーシブ・ディレクターのミヤタ廉がゲイの所作や行動などを丁寧にアジャストし、リアリティを追求。違和感のない描写の数々が物語への集中力を高めてくれる。
※映画『エゴイスト』を観なければならない、3つの理由 はこちら。
※主演、鈴木亮平の特別インタビューはこちら。
閉塞した世界の外側へ。第5位『イニシェリン島の精霊』
イニシェリン島は、私たちの社会にそっくりそのまま置き換えられる。新しいチャレンジを試みる際、デメリットが見えたり危険性に気が付いたりし、アクションを止めてしまうことがある。まさに、その人間の受動性と能動性、コンサバティブとアドベンチャー。そのバランスを新しい角度で考えさせる。冒頭2分で親友同士ではなくなるふたりが繰り広げる愚かで小さな戦いは、外の可能性を知らないがゆえのもの。向こう側は美しい。外に出ないとわからない。えぐいほどの閉塞感の先にあるのは溢れ出んばかりの“可能性”。マーティン・マクドナー監督節とも言えるシニカルな笑いが随所に撒かれているがゆえ、緊張した筋肉をほぐしつつ希望ある悲劇をじっくりと鑑賞できる。
※『イニシェリン島の精霊』のレビュー記事はこちら。
※マーティン・マクドナー監督についての分析記事はこちら。
掴めない光。第4位『怪物』
我々は日常の中で多くのものごとの本質を見抜けていない。その事実を叩きつけられたようなショックを受けて、鑑賞後もさまざまなシーンを思い出し、自分なりの答え合わせが始まる。横転した廃電車の中。大粒の雨と砂利、砂が入り混じる窓から差し込むわずかな光。拭っても拭っても“汚い泥”が覆いかぶさるとあるシーンはあまりにも切なすぎた。強烈な痛みと希望がないまぜになったその景色を、今も鮮明に思い出すことができる。今作のすべてがそのシーンに集約されているのではないだろうか——。偏見や思い込みを一瞬で引っ剝がす展開、大胆不敵な伏線回収へと向かう後半にかけてアドレナリンが溢れていくのがわかる演出や仕掛けは、きっと多くの人々に突き刺さる。現代社会が抱える問題を繊細に可視化しながら、個々の考えや思想をディスカッションさせるパワーを持つ重要な作品だ(公開中、山手線の電車内で高校生が熱い議論をしていたのを思い出す)。
※映画『怪物』出演、俳優・安藤サクラのインタビュー記事はこちら。
強欲の中に潜む、音楽への愛。第3位『TAR/ター』
セクシャルハラスメントとパワーハラスメントの二刀流。レズビアンというセクシャルマイノリティでありながら、女性性、女性の社会的解放への関心は皆無。世界に名を馳せる指揮者、リディア・ターの傲慢なアクションが次から次へと繰り出され、ラストは奈落の底へと自ら落ちていく。ピラミッドの頂点に立ち、無自覚に権力を振りかざす彼女の姿はあまりにも恐ろしい。一方で、ターの中で確かに存在する音楽への純粋無垢できらめく愛と敬意。地位と名誉が人を狂わせ、未だに蔓延るジェンダーギャップ、男女の権力格差が物事をフラットにさせない。数々のコードがターを悲劇の道へ導いたとも言える。そして、受け取り方が分かれるラストシーン。「屈辱的な結末」と唱える人もいれば、正反対の「希望に満ちた最後」と感動する人もいる。観賞した同士で語り合うという点で、ここまで盛り上がる作品は珍しいだろう。
※『TAR/ター』のレビュー記事はこちら。
孤独は誰にも覗けない。第2位『aftersun アフターサン』
親子水入らずの夏休み。普段は一緒にいられないふたりが貴重な時間を重ねていく——そんなあたたかな物語だと思いきや、随所に差し込まれる“異変”に気づき、心がざわつく。「11歳の時に想像した31歳ってどんなだった?」という娘、ソフィの何気ない一言は思いよらぬかたちでナイフとなって父親のカラムに突き刺さり、バカンス最後の夜にはクイーン&デヴィッド・ボウイの「Under Pressure」(1981)に合わせて愛を確かめるように抱きしめ合い、親子は踊る。ふたりの心のコントラスト、愛にあふれながらも悲しみに満ちたやりとり、絶対に覗くことができない“孤独”。大人になったソフィは父の確かな愛を嗅ぎ取り、その姿を眺め、どくどくと涙が流れて止まらなくなった。現代社会においてのメンタルヘルスやトクシック・マスキュリニティについても深く考えさせられる、悲しみに満ちた愛のドラマである。
愛を泳ぐ。第1位『ザ・ホエール』
正直に生きる、ということは善と悪を内包したもの。自分自身に嘘をつかず胸をはって生きていくことが必ずしもまわりを幸せにするとは限らない。今作は、過度な肥満により自由に動くことができないチャーリー(ブレンダン・フレイザー)の、とある一週間を描く。不器用ながらも真正面からぶつかり合うことで少しずつ解けていく、娘、エリーとの確執。そして、修復されていく絆。最後の最後まで、元妻以外の人を愛し、恋に落ちたことをエリーに謝罪しないチャーリーの正直さ、生き様を全身全霊で娘にぶつける姿勢に、頭を撃ち抜かれたような衝撃が走った。自らの本質を掲げ、離れた心は深くつながっていく。人生をかけて証明する愛の美しさを目撃し、鑑賞後は味わったことのない多幸感に包まれる。閉塞感に満ちた4:3比率から解放される演出含め、この幸せな光を見ないわけにはいかないだろう。個人的なベスト・オブ・ベストとなった。
Editor: Toru Mitani