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6月8日は世界海洋デー。世界記録保持者のフリーダイバーで環境活動家のサヒカ・アークメンに聞く、海の今

6月8日は、海について考え、感謝をする「世界海洋デー(World Oceans Day)」。だが、現在は世界中の海に27万トンのプラスチックが流出し、このままいけば2050年には魚の重量を超えると想定されるなど、海洋汚染の事態は深刻だ。未来の子どもたちに豊かな海を残すためには、何ができるのか? 今回、10個の世界記録を持つトルコのフリーダイバーであり環境活動家として活躍するサヒカ・アークメンに話を聞いた。

自分の限界を決めているのは、自分の頭の中

プロのフリーダイバー、サヒカ・アークメン。Photo: Andrew Jang @diver.junchi all right reserved

世界記録保持者のサヒカ・アークメンを虜にしたフリーダイビング。スキューバダイビングとは異なり、酸素ボンベなどを使わずに一息で水中を潜り、自分の呼吸だけで泳ぐため、自由度が高いのが特徴だ。また、同じく機材を使用しないスキンダイビングとも違い、「どのくらい深く潜れるか」「どのくらい息を止めていられるか」など、さまざまな種目を競い合う。約60年ほど前にヨーロッパから始まったスポーツで、近年は日本も然りアジア圏でもフリーダイバー人口が急増する人気競技だ。

「私の人生は息を吸ったときではなく、息を止めたときに始まりました」

そう語るアークメンは、実は子どものころは喘息を患っていたという。そのため、幼少期はスポーツとは無縁だったが、13歳の頃から水中ホッケーや水中ラグビーを始めたことで喘息を克服。そして28歳にフリーダイビングと出合い、無我夢中で潜り続けた結果、現在は世界記録を10個保持する鬼才のプロフリーダイバーとなった。彼女の最高深度はバリアブルウェイトで110mに到達し、現在は6分30秒息を止めていられるのだそう。

「私はフリーダイビングに恋をしています」──そう話す彼女は、フリーダイビングこそが自分自身の不安や恐怖、不信感と向き合う最善の方法であるという。潜っている間は「今・この瞬間」と向き合い、マインドフルネスの状態になる。自分の限界を決めているのは、自分の頭の中なのだと再確認できるという。まさに、海は彼女に癒しをもたらしてくれる場所なのだ。

私たちが地球を守ることができる最後の世代

Photo: Courtesy of Sahika Ercumen

そんな彼女が環境活動家になった理由は、水が自分に“人生”を与えてくれたからだと話す。特に、毎日潜る海に対しては、常に感謝の念と責任を持ち、海を守るために全力を尽くすことが、彼女のライフワークとなっている。だが、「私は毎日、魚よりもプラスチックと一緒に泳いでいる」と話すほど、海に潜るからこそ海洋汚染の深刻さを痛感しているという。

「私たちはついつい海からの恩恵を忘れてしまいがちですが、山と海が酸素を作ってくれているからこそ、私たちは普段当たり前に呼吸をできます。しかし、その山も海も、今は呼吸ができなくなっている。だからこそ、今すぐに環境問題について行動する必要があるのです。

水質汚染、海洋資源の乱獲、外来種の増加、気候変動など、人類が引き起こしたこれらすべての問題が、海洋生物に必要な酸素を奪い、その脅威は想像を絶するほど大きくなっています。水中の生物を危険にさらすことは、すべての人類を危険にさらすことにも繋がる。この地球規模の問題に歯止めをかけるには、各地域が本格的に行動する必要があります。そして、私たちが地球を守ることができる、最後の世代なのです」

6月8日の「世界海洋デー」。海への感謝を込めて

Photo: Courtesy of Sahika Ercumen

アークメンは、2022年にUNDP(国連開発計画)トルコ事務所とともに「ハタイの気候行動プロジェクト」を実施。「ごみゼロ」と「意識向上活動」をプロジェクトの両輪とし、自動で海の浮遊物を回収する「海のごみ箱」を設置してきた他、廃棄物管理やリサイクルの改善などに取り組んできた。また、アークメンはゴミと海洋汚染に関する講義を学校で行い、地域の人々とともに海岸清掃活動を行うなど、市民教育にも力を入れてきた。

さらには、トルコの国営メディアを巻き込み、地中海海底からプラスチック廃棄物を集めた水中写真を撮影し公開するなど、水質汚染が海洋生態系にもたらす脅威について多角的に発信。アークメンの行動は、トルコだけではなく世界各国のメディアを通し多くの人に届けられている。そして実は、同プロジェクトは日本政府からも支援を受けているそうで、日本とも縁深いものがあると話す。

「私は日本が大好きで、日本とトルコの関係を深めることにつながったエルトゥールル号沈没125周年の2015年には、和歌山県の串本でダイビングをしました。日本はいつも私の心の中で特別な場所です。ハタイ気候行動プロジェクトでは、海洋ごみ分野における知識の共有や資金的な支援など多大なる協力を賜りましたことを、大変ありがたく思います。この行動は、日本国民からトルコ国民にも届きました。このようなご縁に、心から感謝しています」

他にも、100%リサイクル素材を使ったタオルブランドのグリーンペティション(Green Petition)と協働したり、トルコのサステナブルなアウトフィットブランドのコトン(Koton)とコラボレーションするなど、海洋汚染についてより多くの人に知ってもらうべく、あらゆるプラットフォームや業界と連携することにも心血を注ぐ。

そうした多岐にわたる活動から“海の今”を常々目撃してきたからこそ、海を守るためには、一般市民だけでなく産業界から行政機関まで、国全体が協力しなければ、もう間に合わないとアークメンは釘を刺す。

例えば、日本は「魚が食卓から消える」と言われているように、海の生態系を回復させていくためにも、急ピッチで水産資源の管理を徹底していかなければならない。そして、効果的な海洋保護を実践していくためには、これ以上無駄に時間を使う余裕はなく、海洋研究、漁業管理、汚染管理などの国家間の連携が不可欠だ。さらに、海に流出するプラスチックごみを削減していくためにも、EUで施工された「使い捨てプラスチック流通禁止指令」のような生産現場における法規制などが必要であることは明白だという。

6月8日の「世界海洋デー」。もしも海の近くに住んでいなかったとしても、まずは改めて海が私たちにもたらしてくれている恵みを再認識しよう。そこから育まれる感謝の気持ちを抱きしめることが、責任ある行動へと繋がっていくのではないだろうか。

PROFILE
サヒカ・アークメン(Sahika Ercumen)
プロのフリーダイバー・フリーダイビングのインストラクター・栄養士。喘息を患っていたことからスポーツに興味を持ち、水泳や水中スポーツなどを始め、国内外で100以上のメダルや特別賞を獲得するなど、マリンスポーツで頭角を現す。フリーダイビングにおいては、ナショナルレコードと10個の世界記録を持つ。国家アスリートとして多くの広告やムーブメントに参加し、国連の海の豊かさを守る活動と廃棄物ゼロのトルコ大使の提唱者として活動している。ダイビングを通した社会活動では、水を守り、絶滅危惧種を保護にも取り組む。正しい呼吸、成功、モチベーションについての講演も行っている。

Text: Sayaka Itakagi Editor: Mina Oba