ファッションはクィアカルチャーとその歴史に密接に関わってきた。クリスチャン・ディオールやイヴ・サンローランを含む戦後のモードの巨匠から、ルディ・ガーンライヒ、ウィリー・スミス、ロイ・ホルストン、スティーブン・バロウズといった先見性のあるデザイナーまで、この業界は複数の世代のLGBTQIA+デザイナーによって形成されている。
トロント大学で歴史学の教授を務め、クィア、及びトランスジェンダー学を研究するエルズペス・H・ブラウンは著書『Work! A Queer History of Modeling(原題)』(2019)で、1973年にベルサイユで行われ、バロウズが参加したフランス対アメリカのファッションブランドの伝説的な戦いについて、次のように記している。
「(バロウズは)黒人によるファッションショーの特徴であったエネルギッシュな動きのあるランウェイウォークを白人の観客に見せつけた。さらに、ブラックのクィアカルチャーとキャンプカルチャー、そしてランウェイの決めポーズとして広まった “ヴォーギング(Vogueing)”もその場で披露した」
しかし、ファッションとクィア文化の相互関係を公然と認めることができるようになったのは、ここ数十年のことだ。また、多くのファッション企業がLGBTQIA+コミュニティをサポートする中、その文化と流行を利用した“商品化”と、実際にコミュニティをサポートする“コラボレーション”の区別については疑問が残る。そこで、今年のプライド月間を祝し、ファッションとクィア文化の最高のコラボレーションが披露された記憶に残るランウェイ・モーメントを紹介する。クィアを表明する個人やコミュニティーを支持するアクティビズム、あるいはカルチャーを賛美する伝説的なキャットウォークをご覧あれ。
【ティエリー・ミュグレー】1992年春夏コレクション。
ティエリー・ミュグレーの大胆な美学は、2022年1月に73歳で亡くなったデザイナーの死をきっかけに、今年再び注目されるようになった。ミュグレーが愛したランウェイでのスペクタクル、そして誇張された女性らしさのデザイン美学は、クィア文化と深く繋っていると読み取られる。彼は自身の遊び心と挑発的なセンスを数々のコレクションで披露しているが、中でも、ドラァグアーティストのリプシンカをモデルに起用した、ロサンゼルスで発表された1992年春夏コレクションのショーは、圧巻のインパクトを誇る。
リプシンカは、ジョーン・クロフォードといった往年のハリウッド女優からインスパイアされたルックスと、1950年代のモデル、ドヴィーマのアティチュードを体現するパフォーマンススタイルで知られた。その名の通り、リップシンク(口パク)を得意とする彼女は、ランウェイで4体の異なるルックを披露するとともに、リップシンクパフォーマンスを行った。彼女のステージは、ヒップが膨張されたパワースーツで始まり、その後、観客の前で2回も衣装替えを行い、最後は黒のスリップドレスで終わった。ファッションとドラァグが融合した、歴史的なショーとなった。
【ウォルター・ヴァン・ベアレンドンク】1996年春夏メンズコレクション。
1970年代末から1980年代にかけて世界的に流行したHIV/エイズは、ファッション界にも大きな衝撃を与えた。デザイナー、スタイリスト、フォトグラファー、ヘアメイク、そしてモデルなど、数多くの業界人が病に冒され、亡くなった人たちもいる。その計り知れない痛みと損失がありながら、当時の病に対する恥の意識から、業界全体が沈黙を貫いていた。
しかし、ベルギー出身のデザイナー、ウォルター・ヴァン・ベレンドンクはその沈黙を破り、1996年春夏メンズコレクション「Killer/Astral Travel/4D-Hi-D」で、病に対する自身の挑発的なスタンスを示した。クィアコミュニティのナイトライフとセックスの自由、そして反抗を訴えるコレクションは、鮮やかで派手な色彩をふんだんに使い、多くのプラスチック製の素材を起用した。このプラスチック素材は、フェティッシュ・ウェアと安全なセックスの両方を意味する。さらに、ブーブークッションの形をしたマスクも展開し、それらには「Get Off My Dick(私の男性器から離れろ)」、「Blow Job(フェラチオ)」といった挑発的なスローガンがあしらわれた。
【ジャンポール・ゴルチエ】1998年春夏オートクチュールコレクション。
モード界の異端児ことジャンポール・ゴルチエ(JEAN PAUL GAULTIER)。彼は1985年に男性モデルにスカートをはかせ、同性愛を描いた船乗りのモチーフを繰り返し使用するなど、クィアな美学を自身のクリエイションに取り入れ、その文化を盛大にセレブレートしてきた。
そんなゴルチエは、長年のミューズで友人であるモデル、タネル・ベドロシアンツとコラボレーションを重ね、彼とともに数々のランウェイモーメントを残している。中でも、ヨーロッパにおける啓蒙の時代にインスパイアされた1998年春夏オートクチュールコレクションでのベドロシアンツの姿は、ファッション史に刻まれるインパクトを残した。
ベドロシアンツは、白シャツと黒ネクタイ、そして黒のスラックスの上からコルセット付きのガウンを着用し、ジェンダーにまつわるステレオタイプを打ち破る着こなしを披露した。このルックは、2019年にニューヨークのメトロポリタン美術館で行われた展示「Camp: Notes on Fashion(原題)」でも展示された不朽の名作だ。
【アレキサンダー・マックイーン】1998〜1999年秋冬コレクション。
クィア文化を取り入れたファッションは、数多くのギャップや皮肉的な意味や暗示を込めながら、欲望やジェンダー・アイデンティティを象徴する。そのギミックの効いたディテールは、多くのクィア人物の私生活を取り巻く秘密性を映し出すようだ。
アレキサンダー・マックイーン(ALEXANDER McQUEEN)の1998-1999年秋冬コレクションは、ジャンヌ・ダルクにインスパイアされ、メタル製のメッシュ素材や、角ばったショルダーシルエット、そしてアースカラーに満ちており、ダークで情熱的な世界観が打ち出された。
男装し、イギリスとフランスの百年戦争で戦ったカトリックの殉教者は、歴史的なクィア・ロールモデルとされている。1800年代後半から1900年代にかけて活躍したイギリス人作家、ヴィタ・サックヴィル=ウェストは著書『Saint Joan of Arc(原題)』(1936)で、ジャンヌ・ダルクのセクシュアリティについて語っており、彼女がレズビアンであった可能性を示している。さらに、最近の研究書では彼女がトランスジェンダーであったという仮説もある。マックイーンは本コレクションの説明で、その可能性については触れていない。しかしショー後、彼は「誰でも自分の目的のために殉教者になることができる。たぶん私は6歳のとき、同性愛に殉じたのでしょう」というコメントを残している。
【シャネル】2013年春夏 オートクチュールコレクション。
これまでに、数々のブランドのコレクションで麗しいウエディングドレスを纏ったモデルがランウェイに登場している。多くの場合、花嫁は一人で、あるいは着飾った新郎とともに登場するが、この男女の結婚の構図を逆手に取り、反逆的なオピニオンを発信するデザイナーもいる。ジョン・ガリアーノ(JOHN GALLIANO)は、自身の名を冠したブランドの2006年春夏コレクションで、さまざまなカップルの可能性を示したランウェイを展開した。また、ディラーラ・フィンディコグルー(DILARA FINDIKOGLU) は2018年春夏でインクルーシブなブライダルコレクションを発表。このように、さまざまなデザイナーが従来のカップルのイメージを覆そうと試みている。
シャネル(CHANEL)のオートクチュールコレクションのフィナーレは、毎回“シャネル・ブライド”が飾る。モデルたちならば一度は夢見るステージであり、コレクションでもっともアイコニックな場面だ。シャネル2013年春夏オートクチュールで、カール・ラガーフェルドはフィナーレで手を繋ぐふたりの花嫁をランウェイに送り込んだ。デザイナーは、同年末に成立したフランスの同性婚を支持するジェスチャーだと述べた。
【ラフ・シモンズ】 2017年春夏メンズコレクション。
ここ10年ほどで、多くのクィアなアーティストやイメージメーカーが、デザイナーたちとコラボレーションを行ってきた。映画監督のデレク・ジャーマンは、マティ ボヴァン(MATTY BOVAN)2019年春夏で引用され、ジェイ・ダブリュー・アンダーソン(JW ANDERSON)は、画家のデヴィッド・ヴォイナロヴィッチの遺族と協力し、生前のアートワークを自らのコレクションに取り入れた。
ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)は2017年春夏メンズで、写真家のロバート・メイプルソープの作品を服に落とし込んだ。彼のダークでモノクロの作品集をTシャツやワンピースにプリントし、テキスタイルをキャンパスに見立てた。同性カップルのインティメイトな場面やポートレートなどが前面に打ち出され、デザイナーの想いを代弁した。シモンズは写真に写る各個人に連絡し、使用のための許可取りを自ら行った。そのプロセス自体が、服のデザイン過程に深く影響を与えたとのちにシモンズは語っている。
【アシシュ】 2017〜2018年秋冬コレクション。
アシシュ(ASHISH)を率いるアシシュ・グプタは、挑発的なデザインと煌びやかなラメ使いを武器に、遠くからでもすぐに分かる独自路線を築いている。政治的な主張やクィア・アイデンティティは、グプタのデザイン性とブランドの世界観の中核にある。彼はスローガンプリントや、写真プロジェクトを通して、自身の主張を発信している。
2017〜2018年秋冬コレクションも例外ではなく、スパンコールで描かれた虹や、「Why be blue when you can be gay!(落ち込む暇があれば、ハッピーになろう!)」といったスローガンを配したプリントが打ち出された。
【バーバリー】 2018年春夏コレクション。
レインボーフラッグをファッションに起用することは、時に疑問視される。クィアなシンボルを流行と捉え、利用した“商品化”が昨今、モード界で目立っているからだ。しかし、クリストファー・ベイリーは、バーバリー(BURBERRY)で発表した最後のコレクション、2018年春夏でLGBTQIA+コミュニティへの真摯な賛辞を形にした。
ベイリーは、自らがゲイであるいこと、そして労働者階級者であるルーツを語り、新世代のクィア・クリエイターたちに希望を与えた。バーバリーチェック柄にレインボーを取り入れ、クラシカルな柄を一新。鮮やかな色彩のショーを披露し、それらの売り上げの一部は、LGBTQIA+コミュニティーをサポートする3つのチャリティ団体(アルバート・ケネディ・トラスト、トレバー・プロジェクト、ILGA)に寄付された。
【トム・ブラウン】 2018年春夏メンズコレクション。
トム・ブラウン(THOM BROWNE)は、プレイフルなデザイン性を通じて、人々の固定概念を問い、それを覆すメッセージ性を持つ。2018年春夏メンズでは、子どものジェンダー観に思いを馳せるコレクションを展開した。
本コレクションでは、ブラウン自身が履いたベビーシューズがランウェイのセンターピースとして鎮座した。ショーノートには、成長する男の子に期待される装いの慣習と、それを拒否するブラウンの想いが綴られた。ショーミュージックには、1992年に公開されたサリー・ポッターの映画『オーランドー』のサウンドトラックが起用され、ピンストライプのスカートやシックなボタンダウンのドレスを纏ったメンズモデルがランウェイを闊歩した。
【ウェールズ・ボナー】 2018年春夏コレクション。
グレース・ウェールズ・ボナーは、黒人の男性らしさや、アフリカン・ディアスポラ(新世界の各地に連行されたアフリカ人奴隷の子孫)の歴史を深く考察し、それらからの学びを自身のブランド観に落とし込んでいる。
2018年春夏コレクションでボナーは、アメリカ人作家で批評家のヒルトン・アルスによる愛、レガシー、そしてクィアで黒人アーティストにまつわるエッセイ「James Baldwin/Jim Brown and the Children(原題)」(2016)、アナトール・フランスとジェームズ・スモールズによる写真集「The Homoerotic Photography of Carl Van Vechten」(2006)に収録された同性愛の画像、そして黒人でクィアの詩人、エセックス・ヘンプヒルの作品集をインスピレーションに掲げた。
【ジバンシィ】2019〜2020年秋冬コレクション。
ここ数年、著名なクィア女性を着想源に掲げるデザイナーが目立つ。ヴァージニア・ウルフと彼女の恋人、ヴィタ・サックヴィル=ウェストの恋愛は、数多くのクリエイターを触発し、彼女の小説「オーランドー」(1928)は、ジェンダーフルイドな名作として讃えられ、バーバリー(BURBERRY)、フェンディ(FENDI)、コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)など、多くのブランドに参照されている。
クレア・ワイト・ケラーによるジバンシィ(GIVENCHY)2019〜2020年秋冬は、スイス出身のライターでフォトグラファーのアンネマリー・シュヴァルツェンバッハからインスパイアされた。シュヴァルツェンバッハと恋愛関係にあったアメリカの小説家カーソン・マッカラーズは、彼女のことを「私の一生を悩ますような顔」と語り、そのハンサムな美しさをケラーは上質なテーラリングとミュートされた色彩感覚で表現した。
【ロエベ】 2021〜2022年秋冬コレクション。
ジョナサン・アンダーソンはクィアの歴史とカルチャーを深く探求しており、その好奇心が彼のデザインに反映されているのは明らかだ。ジェイ・ダブリュー・アンダーソン(JW ANDERSON)では過去に、フィンランド出身のアーティストで1990年代のゲイカルチャーを開拓したトム・オブ・フィンランドからインスパイアされたコレクションを展開し、それを同性愛者をターゲットにしたマッチングアプリ「Grindr」を通じたライブストリーミングで発表した。
彼がクリエイティブ・ディレクションを担うロエベ(LOEWE)でも同じメッセージ性が引き継がれ、これまでにデイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ、ポール・セック、ジョー・ブレイナードなどのニューヨークのクィア文化を構築したアーティストが参照されている。2021〜2022年秋冬ではジョー・ブレイナードの回想録「I Remember(原題)」(1975)にまつわるレファレンスがコレクションに散りばめられた。
新型コロナウイルスの影響で、リアルショーがストップし、各ブランドはオンライン形式での発表を模索した。その中で、アンダーソンは「ショー・イン・ブック」と題し、革新的な発表法を生み出した。ブレイナードの作品と、彼のアートワークを起用したルックを隣り合わせにしたフォトブックを作り、それがコレクションの説明書の役割を果たした。
【VTMTS】 2022〜2023年秋冬コレクション。
ランウェイにおける「ベスト・クィア・モーメント」は、どのように定義するのだろう? キャスティングや着想源、あるいは意図されたメッセージに存在するのだろうか。ここ数年、ファッション業界では、セクシュアリティやジェンダーについて新鮮なアプローチを見せてくれるデザイナーが急増している。ノー セッソ(NO SESSO)、テルファー(TELFAR)、クリストファー ジョン ロジャース(CHRISTOPHER JOHN ROGERS)、アート スクール(ART SCHOOL)、パトリック チャーチ(PATRICK CHURCH)など、名を挙げるとキリがない。
同時に、ランウェイに登場するモデルもより幅広い人々がキャスティングされるようになった。2021年7月にデビューしたヴェトモン(VETEMENTS)の新プロジェクトブランド「VTMNTS」は、2022〜2023年秋冬コレクションでトランスジェンダーやノンバイナリーの人たちを含むオールジェンダーのモデルたちを起用し、フルイドなショーを発表した。
Text: Rosalind Jana Adaptation: Sakurako Suzuki
From VOGUE.CO.UK