スーパーの棚から米が消えた令和の米騒動。新米が出荷されて事態は落ち着いたものの、米価は明らかに上昇している。米離れが進んでいるとはいえ、日本人の揺るぎない主食であり、自給率100%である米が手に入らなくなる日が来るのだろうか?
今回の米騒動の原因として多様な説がささやかれているが、令和6年度産の米の収穫量も平年並みで、1962年をピークに下がり続ける一人当たりの米消費量や人口減少を考えても、すぐに極端な米不足に陥ることはなさそうだ。一方で、外食産業等に多量の米を流通させている商社などでは、近年すでに米の買い付け合戦が苛烈になっているとの話もある。2030年には131万人と言われる基幹的農業従事者数は、2040年には35万人まで急減するという予測もあり、米づくりの担い手がいなくなる未来は容易に想像がつく。
私たちの尊い食文化の守り人
宮城県丸森町で200年以上続く米農家の8代目である佐藤秀一は、不動産業を中心とする会社「木ノ下」を営むと同時に、会社の事業の一つとして、約15ヘクタール東京ドーム3個分ほどの水田で米づくりを行っている。米農家の区分では100ヘクタール以上が大規模経営とされ、佐藤は中規模にあたる。家族経営から脱すべく機械化や効率化を行ってきたが、スタッフを1名雇うだけで採算が合わず、結果的に佐藤はたった一人で広大な面積の稲作を続けているという。少しでも安心安全な米を届けたいと、農薬や化学肥料は規定量の半分以下まで減らしているが、収穫量や雑草・病害虫対策などを鑑みると、一人でやっている以上全くのゼロにするのは難しいと話す。一人でも耕作でき、事業として採算が取れるギリギリの面積が約15ヘクタールなのだ。
人手不足が深刻な農業だが、特に米農家は新規参入のハードルが高いと佐藤は指摘する。理由は初期の設備投資額の大きさだ。「弥生時代から永い年月をかけて洗練されてきた稲作は、ほぼ全ての工程が機械化されている反面、耕起、苗の定植、稲刈り、乾燥、脱穀等、工程ごとに異なる機械が必要です。それらを格納する施設も含め、資材や機械の価格が高騰し続けている状況下で、新たに米農家を始めるのは、非常に厳しいと言わざるを得ません。離農した水田を請け負って作付けする事業者も増えてきたものの、区画が大きな平地の水田に絞り、山間部や傾斜地は対象外となることが多い。IT化も試みていますが、ドローンで最小限の薬剤を撒くなど、できる作業は限られているのが現実です」と佐藤は言う。
次世代により美味しい、より安全なお米をつないでいくために
加えて、気候変動が米の品質に影響を及ぼすようになってきた。「高すぎる気温が続くと米が白濁化し、精米時に粉々に割れて販売の際の歩留まりが悪くなります。販売できる量や米の等級が低下すれば、農家の収入はダイレクトに減少します。毎年各地を襲う台風や豪雨被害などの自然災害の影響で、米どころ一帯が甚大な被害を受けるケースも増えてきました。それでいて、こうした過酷な状況にあるすべての米農家を、個別に保障する公的な制度は十分とは言えないのが日本の現状だと思います」
需要と供給のバランスを保つため、長年に渡り減反政策を続けてきた日本。2018年に政策自体は廃止されたものの、稲作の衰退傾向は続く。この先は、米の生産をどう減らさないようにするかが課題となる日も来るかもしれない。
こうした状況においても、佐藤は米づくりを諦めてはいない。一人でできることには限りがあると言いながらも、より持続可能な手法を模索し続けている。来年は規模を若干縮小しつつ、面積あたりの収穫量と品質を高め、例年同等の出荷量で、よりおいしく安全な米を生産するつもりだ。後継者づくりにも積極的で、次世代の関心を少しでも高めるため、機械化された現実的な米づくりの工程を体験できるプログラムも展開している。
「農業者が安心して生産を続けていくには、農家への個別の支援が必要だと思います。例えば、欧州では農業従事者の所得を安定させるために共通農業政策(CAP: Common Agricultural Policy)を実施しています。この政策の一環として、農家に対する直接支払い制度が導入されており、農産物の価格支持から直接的な所得補償へとシフトしています。今後日本でも、こうした国の政策をよりよくしていくだけでなく、農家の努力に消費者や企業からの理解や協力もより強化されていくと嬉しいですね」。日々口にする米の向こう側に、彼らのような米農家の志と奮闘があることを忘れてはならない。
Text: Maiko Morita Special Thanks: Emi Sugiyama Editor: Mina Oba