バガスはサトウキビがくれる恵み
沖縄の言葉で「ウージ」と呼ばれるサトウキビは、旱魃や台風が多く、土壌の痩せた沖縄諸島の厳しい条件下でもよく育つ。栽培は江戸時代に始まり、国の糖価調整制度にも守られ、現在も離島を含む沖縄の農家の約50%が生産。それだけでなく、収穫したサトウキビを運搬する人、肥料を作る人、製糖工場で働く人など、実に多くの人々がサトウキビに関わる仕事に従事している。沖縄の暮らしと経済にとって欠くことのできない作物だ。
砂糖を作るためにサトウキビを圧搾する過程で出る搾りかす「バガス」は、沖縄だけで年間約20万トンにも及ぶ。このバガスは、製糖工場のボイラー燃料や畜産飼料、畑の堆肥や土の流出防止対策などに循環型資源として利用されており、近年は繊維質のバガスをパウダー状に粉砕し、食品としても扱われるようになった。沖縄随一の製糖工場であるゆがふ製糖の社長、島尻勝広は「バガスは産業廃棄物ではなく、サトウキビがくれる副産物」だと言う。ところが、こうした多様な利用法をもってしても全量のバガスは使い切れない。サトウキビの収穫期に合わせて製糖が行われるのは1年のうち約3カ月。限られた期間に大量に発生するバガスはかさばり、島内や離島からの運搬が難しく、その後の保管場所や品質管理にもハードルがある。
バガスから生まれたエシカルデニム
2018年に誕生した「SHIMA DENIM WORKS」は、このバガスをアップサイクルしたデニムブランドだ。島内でパウダー状にしたバガスを、岐阜県美濃市でマニラ麻と合わせて「和紙糸」に加工し、広島県福山市でデニム生地に織り上げ、再び島内で縫製している。全工程において廃棄物を出さないよう配慮し、国内生産にこだわることで輸送に伴うCO2の排出も抑える。日常着としてはもちろん、サトウキビ産業に関わる人々の作業着にとの思いも込められたジェンダーレスなデザインのデニムやスーツなどもラインナップされている。
東京から沖縄に移住し基幹スタッフを務める大本夕貴は、ブランドリリース後の人々の反応について、「観光客の方には素材を珍しがっていただけます。地元の方には、驚きとともに“ありがとう”って言っていただけるんですよ」と語る。サトウキビは背丈が2m近くにもなる作物だ。子どもの頃に、見上げるようなウージの下で祖父母の手伝いをした記憶。沖縄の多くの人々にとって、サトウキビ畑は経済を支えるだけでなく、家族や地域とのつながりを強くする場所でもあった。このデニムを履くたびに、彼らはきっとサトウキビを愛おしく、誇らしく思える。
「資源」と捉える眼差しの獲得を
島尻によると、沖縄のサトウキビ生産量は徐々に減少しているという。少子化や代替甘味料の影響もあり、国民の砂糖消費量が低下していることに加え、サトウキビ農家の高齢化と島地ゆえの機械化の遅れ、働き方改革後に季節労働者の労働時間が制限されたことによって賃金が伸びず、ほかの産業に働き手が流出する事態も起きている。
こうした流れの中、島尻は「SHIMA DENIM WORKS」を好意的に受け止める。「沖縄のサトウキビ産業が未来へ続いていくためには、単に生産するだけでは弱い。新しい風が必要です。長い歴史の中で残されてきたものに、若い人の感覚で地域や社会との接点を広げてもらえたら」。その言葉の通り、他のライフスタイルブランドとのコラボレーションも増えてきた。10月末には、俳優の松山ケンイチと小雪が立ち上げたライフスタイルブランド、モミジ(momiji)とのダブルネームで新作のデニムコレクションがリリースされる。
「年間を通じて提供できる製品が生まれることはサトウキビ産業の持続可能性を高めてくれます。新しい技術が確立されれば、それを海外へ普及していくこともできる」と島尻。サトウキビはブラジルやインド、タイなど各国で生産されており、大規模栽培による原生林の破壊といった環境問題も引き起こしている。世界中で排出されるバガスは年間約1億トン。その確固たる利用法は未だ確立されていない。沖縄の人々が、サトウキビを砂糖の原料というだけでなく、多様な恵みをもたらす「資源」として余すことなく生かそうとするマインドに倣い、あらゆる作物や食物、廃棄物を新たな目で見つめていくことが肝要かもしれない。
Text: Maiko Morita Special Thanks: Emi Sugiyama Editor: Mina Oba