CHANGE / SUSTAINABILITY

「権力やお金ではない成功の新たな基準が今こそ必要」──ジェーン・グドールからの警鐘。

霊長類学者ジェーン・グドールは、1960年代のチンパンジー研究によって、私たちの人類に対する理解を根本から変えた。86歳を迎えた今もなお自然保護の活動に心血を注ぎ、多くの人々を鼓舞し続ける彼女が、より環境に優しい未来を構築するよう呼びかける。
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Dr. Jane Goodall, DBE, UN Messenger of PeacePhotography Stuart Clarke

私は常々「希望を持つ理由がある」と述べてきました。でもそれには条件があります。手遅れになる前に私たちがひとつになり、人間がこの世界に引き起こした問題の解決に着手するなら、という条件です。地球の破壊につながる私たちの習慣を改めるために残された時間は、どんどん少なくなっています。そのため、今は希望を持つことすら難しい状況です。

是が非でも必要な変化を実現する上で、私たちの前に立ちはだかる最も大きな障壁は「お金」です。国連の予測によれば、現在78億人を超える全世界の人口は、2050年までに97億人に達します。私たちの住む地球は、このペースにとてもついていけません。さらに、人類が地球に及ぼすダメージの半分以上は、全世界の人口のうち最も豊かな約10%の人々によって引き起こされています。きれいな空気を胸いっぱいに吸い込み、夜も大気汚染に視界をさえぎられることなく星空を眺められる──パンデミック以降のこの半年間、初めてそうした体験を味わうことができた人たちに思いを馳せてください。今後、私たちがパンデミック前の生活に戻ってしまったら、未来の世代に計り知れない悪影響を残すことになります。今の状況は、私たちに対して「目覚めよ」と呼びかける警鐘なのです。

私の究極の希望は、私たち人類が団結してグリーン・エコノミーを実現し、次のパンデミックが起きる可能性を低下させる未来です。新型コロナウイルス感染症は、私たちが地球環境と動物をないがしろにした、その当然の帰結。動物に由来する感染症が広がる事例は、以前よりずっと増えています。ですが、これを野生動物を取引するアジア市場や、野生動物の肉を食べるアフリカの市場のせいだけにするのは間違いです。ヨーロッパやアメリカの工場方式の畜産場も、その原因の一端を担っているからです。 

お金への執着は「人生の成功」を生まない。

グドールは研究者として活動する中で、野生動物たちを取りまく自然環境に危機感を覚え、1986年に自然保護活動家に転身した。Photo: Fotos International/Getty Images

グローバル・ノース(北半球に偏在する先進諸国)は物質主義に基づいて発展を遂げてきました。そして残念ながら、これは異なる価値観や生活様式を持っていた世界の他の地域の人々にも影響を与え、彼らは自分たちも「アメリカン・ドリーム」を実現しようと躍起になっています。率直に言って、この夢は今や「アメリカン・ナイトメア」に成り果てています。今こそ、金にばかり執着し、モノや権力を手にすることに価値を置くのではない、成功の新たな基準をつくるべきです。まずまずの暮らしが可能で、家族を支えられるだけの金銭的余裕がある生活、いまだに残る美しいものを愛でる時間がある生活──これを「人生の成功」と考えるのはどうでしょう? 自然の近くで営まれる生活が人に良い影響を与え、都会の中の緑地に心身両面で人を癒やす効果があることが、数々の研究からもわかっています。今でも残っている自然を守り、失われた自然を取り戻すために、私たちは動かなくてはなりません。

1960年、私が初めてタンザニアの地に立ったとき、現在ゴンベ国立公園になっている地域は、アフリカ大陸を東西に横切る広大な熱帯雨林帯の一部でした。ですが1990年には、この熱帯雨林は小さな島状の地域にまで縮小してしまいました。私がタンザニアを訪れた当初の目的はチンパンジーの研究でしたが、すぐにチンパンジーの個体数が減少していることに気づき、研究だけでなく、保護が必要であることを悟ったのです。そして、チンパンジーを保護するためには、生息地やその周辺で暮らす人々が、環境を破壊することなく暮らせるような基盤の整備が必要でした。

1994年、私はジェーン・グドール研究所(JGI)を通じて、コミュニティを中心に据えた自然保護・開発プログラム「TACARE」(Tanganyika Catchment Reforestation and Education=タンガニーカ貯水池森林再生および教育=の頭文字をとった名称)を立ち上げました。これは環境保護が野生生物だけでなく、そこで暮らす人々の未来にとってもプラスになることを、地域の人々に理解してもらうことを目的とした取り組みです。

前向きな変化は、人々を勇気づけます。ノーベル平和賞を受賞した経済学者ムハマド・ユヌスがバングラデシュでグラミン銀行を始めたのは、貧しい人々が貧困から抜け出すためのきっかけとなる小口の資金を融資する者がいなかったからです。私は経済の専門家ではないし、詳しいふりをするつもりもありません。それでも、より多くの人により環境に優しい生活を選んでもらうためには、再生可能エネルギーなどの環境関連の仕事を創出することが必要だということは、私にでもわかります。私は長いキャリアの中で、気候危機が迫っていることを知り、対応しようとする人たちが増えていることに勇気づけられてきました。では、こうした努力が今のレベルでとどまっているのはなぜでしょう? 多くの場合、自分には何もできないという無力感がその理由になっています。「私ひとりが何をやっても変わらない」と思ってしまうのです。ですが、決してそんなことはありません。

私たち一人ひとりの日々の行動は、地球に影響を及ぼしています。そして、どのような影響を及ぼすかは、その人の選択にかかっています。十分な数の人々が倫理的な選択をし、貧困を解消し、持続不可能な生活を改め、ごく一部の人による常識外れの富の独占に「NO」を突きつければ(ひとりで3、4軒もの家は本当に必要でしょうか?)、私たちに希望はあります。消費者も影響力を発揮できるのです。何かを買うときは、常に「この商品は製造工程で動物を残酷に取り扱ってはいないか?」「この製品が安いのは、奴隷的な労働によって生産されたからでは?」「生産効率を最優先するがあまり環境に悪い原料や生産方式を採用しているのでは?」といった疑いの目をもちましょう。もしこれらの問いへの答えが「イエス」なら、買わないという選択肢があるのです。

地球上の生物はすべて相互関係にある。

グドールの活動の原点である、タンザニアのゴンベ国立公園に生息するチンパンジーのゴブリンと交流する様子。科学の世界では観察対象の動物に識別番号を振るのが慣例であったが、彼女はチンパンジーに自分で考えた固有の名前をつけた。Photo: Courtesy of Jane Goodall Institute

自然保護にかかわり始めたときから、私は野生動物研究の専門家ジョージ・シャラーとともに活動してきました。その中でよく言われてきたのは、何か重点的に取り組む分野が必要だ、ということです。すべてを解決することなどできないのだから、農業、衣料、銃など、何かテーマを設けるべきだ、というわけです。ですが、ジョージと私の見方は違っていました。なぜなら、あらゆる要素は連関しあっているからです。少女のための教育プログラムをつくるなら、その子たちが病気になったときに備えて 保健施設も整える必要があります。さまざまな分野の連携が必要不可欠です。世界を良い場所に変えていくには、多くの頭脳が結集する必要があります。そうでなければ、私たちは敗れ去ってしまうでしょう。

一部では、「今はちょうど、地球の長い歴史の中で6度目の大量絶滅の時期に入っているだけだ。一部の動物や植物が絶滅したとして、何の問題があるのか?」という声もあります。ですが、私たち人類がひとつの種を失うことはさほど問題でないように見えても、ほか他の種にとって、それは主要な食料源かもしれません。すると、波及効果によって生態系全体が崩壊に至る恐れさえあります。私はアフリカの熱帯雨林でそのことを思い知りました。私たちには「人間は別物」と考え、自然界と自分たちを切り離して考えがちです。しかし、人間も自然界の一員であり、自然に頼っていることは揺るぎようのない事実なのです。

こうした人の自然に対する意識を変えるための試みとして、1991年に私は「ルーツ&シューツ」というプログラムを始めました。これは教師に無料でリソースや活動の機会を提供することによって、若者たちに人間、動物、環境にかかわる行動を起こすよう促すものです。中学生を対象に始めたこのプログラムは、すばらしい成果を挙げています。実はコンゴ民主共和国とタンザニアの環境大臣は、どちらもこのプログラムの参加者です。今では幼稚園児まで対象の範囲を広げ、ネットワークは100カ国近くに及んでいます。私たちが目指しているのは、望ましい価値観を持った若い人たちの一団を形成することです。こうした人たちが一定数以上いれば、私たちが目標として掲げる、よりよい世界や明るい未来を引き寄せることができるでしょう。

私たち人間やチンパンジーとその他の動物の間にある大きな違いは、爆発的なまでに急激に発達する知性です。第二次世界大戦が起きたとき私は7歳でしたが、当時は家にコンピューターなどなく、テレビを持っている家もごくわずかでした。それが今では、私はあなたたちとこうして、デジタル技術を使ってコミュニケーションをしている──信じられないような話です。

この地球上を歩いた生物の中で最も知能が高い私たちが、唯一の住み処である地球を滅ぼすなどということがあってはなりません。確かに、私たちの賢い脳と、愛や思いやりを感じる心との間に乖離があるように見えることもあります。私たちの前には無限の可能性が広がっています。ですが、人間が持つ真の可能性を発揮するには、脳と心が連携して機能することが、どうしても必要なのです。

Interviewer: Liam Freeman