2015年にパリで開かれた国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で合意された「パリ協定」は、世界の平均気温の上昇を産業革命前の水準よりも2℃未満、できれば1.5℃未満に抑えることを長期目標に掲げている。その達成のため、各国は温室効果ガスの排出削減目標を自ら制定し、内容や経過について第三者からのレビューを受けながら取り組んでいくことになっている。
この削減目標を含む各国の「自国が決定する貢献(NDC:Nationally Determined Contribution)」は5年ごとに再提出が義務づけられており、現在イギリスのグラスゴーで開催されているCOP26では目標値の引き上げや対策の強化が期待されている。その背景には、パリ協定参加国がより野心的な目標を掲げなければ、2100年には地球の気温が3℃以上も上昇するという予測に対する危機感がある。
日本が掲げている温室効果ガス削減目標は、’30年度までに’13年度比で-26%。気温上昇を1.5℃に抑えるには’50年に世界がゼロ・エミッションを達成する必要があるとするIPCCの特別報告書に照らしても、あまりに低い。現在日本では、この削減目標の引き上げに大きな影響を与える「エネルギー基本計画」の見直しが行われているが、これに合わせてFridays For Future Japan(FFFJ)をはじめとする活動団体が政府にプレッシャーを与えるべく、大きく動き出している。
たとえばFFFJは、’21年2月に環境省と経産省が行った温暖化対策計画のための合同会議に出席し、気候正義の観点から政策提言などを行った。さらに4月からはエネルギー政策会議の日に経産省前でスタンディングを行い、これまで見送ってきた「気候のための学校ストライキ」も有志で敢行。日々SNS等で発信し、ツイートストームを起こしながら賛同者を増やし、政策決定者たちへの圧力を強めている。4月22日には、東京をはじめ各地で一斉に大規模な「気候マーチ」も行う予定だ。
「皆に気候変動について危機感を持ってもらえるように、このムーブメントをもっと広めていきたい。社会システムが変わるまで声を上げ続ける」
そう話すのは、FFFJオーガナイザーの黒部睦、横井美咲、佐藤悠香。「アクティビスト」というにはあまりに和やかな雰囲気をまとった、しかしその内側に強い信念を持つ20代の女性たちだ。
──環境問題に興味を持ったきっかけは何でしたか?
黒部:高校1年生の時にSDGsに興味を持ち、同世代に広める活動をしていた一環で、スウェーデンでの1週間の研修に参加したんです。そこで偶然、市役所の前で気候変動対策を求めて座り込みをしている同世代の子たちに出会い、環境問題や気候変動が急に身近に感じられました。学校を休んでまで活動している彼らを見て「私も何かしなくちゃ」と思い、帰国後に自分にもできることをやり始めました。
横井:私の場合は、約2年前にテレビでグレタさんとFFFの特集を見たのがきっかけです。私よりずっと若い人がこんなに真剣に考えて行動していることに驚いたと同時に、何もしていない自分が恥ずかしくなり、気候変動について調べ始めました。その頃はエコ活動さえすれば気候変動は止まると思っていましたが、その後FFFJに入って、社会システムを変えなければいけないことに気がつきました。
佐藤:私もカリフォルニアに海外留学をしたことから関心を持ちました。それまで私は国際協力には関心がありましたが環境問題に関しては無知でした。東京のコンクリートジャングルで生まれ育った私が留学先で自然豊かな場所に住むことになり、自然の偉大さを実感しましたし、アメリカのナショナルパークを旅する中で、この美しい地球を絶対に守り、次の世代につなげなければいけない、という気持ちが生まれました。
──FFFJの役割とは? また、この運動を続ける原動力は何でしょうか?
横井:FFFJは気候変動対策を求める立場において、若者だからこそ、政党や企業などとのしがらみを気にすることなく強いメッセージを発することができると思っています。ですから環境問題のフィールドではトップランナーとして走っていくべき存在であり、何が何でも絶やしてはいけない取り組みだという責任感もあります。グレタさんはもう100回を超えるストライキをしているのに世界は全然変わらないし、日本も同じです。それでも変わるまでやり続けないと、自分自身を含め、多くの大切な命がどんどん奪われる未来が来てしまう。やらない選択肢はないと感じています。
黒部:今、私が普通に生活しているだけで、地球上のどこかの自然を破壊してしまっていたり、誰かを苦しめてしまっている。もしかしたら命まで奪ってしまっているかもしれない。そんな社会システムの中に生きているのがすごく嫌です。そうならない世の中になるまで、この運動を続けなければと思っています。
佐藤:FFFJは時代を引っ張っていく若者の代表とも言える存在ですが、「誰も置き去りにしない」ためにも私たちだけが野心的に突き進むのではなく、周りを巻き込みながらこの問題に取り組んでいくことが役割だと思っています。私を突き動かすのは、罪悪感。自分は気候変動の問題における責任世代ではないと思ってきたけれど、本当は加害者なんだと知った時に、沈黙しているのは賛同するのと同じで不正義に加担していることになると思いました。それは自分の倫理観として許せないんです。
──社会システムを変える、というのがFFFJのひとつのキーワードだと感じましたが、そのためには何が重要だと思いますか?
佐藤:エネルギーに関して言えば、今の日本は化石燃料を輸入してお金を海外に流しながら原発も使って、という大手電力会社の発電方法に依存した一極集中型のエネルギーシステムです。しかし、再エネの価格も化石燃料より下がってきているので、自然エネルギーを主体にした地域の小さな電力会社や自家発電などの自律分散型のエネルギーシステムに変えていくことが重要だと思います。食物と同様に、エネルギーも地産地消する。今回のパンデミックでも都市集中型社会のリスクが指摘されていますが、あらゆるリスクを回避するためにも「分散」というのはこれからの重要なキーワードです。
加えて、これまでは人の幸せを経済指標(GDP)で測ることが多かったけれど、それは本当に信頼できるのか? という疑問があります。これからは、社会をいかに発展・成長させていくのかというより、「どんな社会にしていきたいのか」ということをベースに、GDPに代わる新しい指標を打ち立てる必要があるのではないかと思います。
──GDPに代わる幸せの指標というと?
黒部:それはまさに「持続可能な社会」ということだと思います。使い捨ての物を大量生産・大量消費・大量廃棄するというサイクルではなく、高くても長く使えるものを選ぶ方が、地球にとっても私たちにとっても、長期的にはコストが安い。持続的に循環し続けられるような物やシステムが良いとされていくんじゃないかな。
横井:気候変動が進んでいるのに、日本では、それを止めるような大きな対策が取られていない。そんなとても不安な状況に、私たちは生きています。国がきちんと対策を取ってくれたら、私たちがこの運動をする必要はなくなり、普通に学生生活を楽しむことができる。そうして誰もが安心・安全に暮らせる社会が実現することが幸せなのかなと思います。
──先ほど、周囲を巻き込んでいくことが大切という話がありましたが、そのために今の社会に必要だと思うことはありますか?
佐藤:自分が本当に良いと思うものを、自分の意見と軸を持って、その判断の下に選ぶことが大事だと思っています。アメリカに留学して感じたのは、日本はディスカッションの機会があまりに少なすぎるということ。日本の教育の中では自分の考えを持つ機会が乏しく、思考停止してしまいがちで、同調圧力も強い。大人が見せている姿がすべて正しいわけではないので、これまでの社会システムに一回自分で疑問を持ってみること、そしてそこに違和感を感じたら、妥協したり諦めたりしないで勇気を出して声を上げていくことが重要だと思います。
黒部:声を上げる人がなかなか増えないのは、やはり叩かれるのが怖いし、周りの目が気になるからだと思うんです。99できていても、残りの1ができていなければ非難されてしまうという状況が、そうさせていると感じることは少なくありません。でもそれでは、声を上げやすい環境は生まれない。FFFJで活動する私たち自身、「自分は完璧にできている」なんて思っていないけれど、より多くの人に身近な問題だと感じてもらえるように、恐れることなく発信していかないといけないと考えています。少しでも勇気を出して声を上げてくれる人が増えるように、運動を続けていきたいです。
──今、世界ではさまざまな問題に対して声を上げているリーダーが増えています。中でも、皆さんのような若い女性リーダーの活躍が目覚ましい。この状況をどんなふうに見ていますか?
黒部:女性のリーダーって、今すごく求められていると思います。気候変動をはじめ、今の世界にある問題は誰かひとりが頑張れば解決するようなものではなく、いろんな分野の人を巻き込んでいかないと変化を起こせない。強いリーダーシップでぐいぐい率いていく人も必要だと思いますが、多くの人を巻き込まなければいけない問題こそ、「皆で行こうよ」と、遅れている所も掬いながら、連帯して広い視野で進めていくことが大切です。そういうリーダーシップの取り方は、女性に合っているのではないかと思います。
佐藤:リーダーの素養として私が最も重要だと思うのは、「実行力」です。要求するだけでなく、まず自分から行動を変えて背中を見せることが大切だから。また、「共感」が重視される今の時代において、誰かの痛みや弱さに敏感になって寄り添うことができるのが、真のリーダーだと思います。皆のモチベーションを上げるのも役割ではあるけれど、それぞれの育った環境や置かれている状況によって、全員が同じモチベーションを持ち続けられるわけではない。それを理解しようとする思いやりや優しさを持ち合わせているのが、女性の強みではないでしょうか。
横井:FFFJは、エリートな運動にならないことを心がけているんです。やはり、苦しんでいる人々、周縁にいる人たちの気持ちに寄り添えないと、本当の意味での改革や解決はなし得ないと思うので。だから今の時代のリーダーには、全員の意見に耳を傾け、誰の言葉も無視したりしない優しさが求められているように感じます。その意味でも、私はモデルの長谷川潤さんを尊敬しています。彼女は環境問題を含めいろんな分野に関心を持ち、さまざまな人に話を聞いて、ポッドキャストで発信している。私たちFFFJは強いメッセージを発信することが多いけれど、長谷川さんはあくまでポップで優しい語り口で、私を含め多くの人に実際に影響を与えています。私もそういうふうに伝えることができるようになれば、もっとたくさんの人とこの問題に取り組めるんじゃないかと思うんです。
──皆さんは今、大学生ですが、将来の進路についてはどのような未来を思い描いていますか?
佐藤:私はビジネスセクターに進みたいと思っています。環境系のNGOなどで働くのも良いと思ってはいますが、産業界を変えるためには、そこにいる人々が何を目的にどのように動いて、どうやってお金を生み出しているのかを知る必要があります。気候変動を止めるための目標を現実的にクリアしていくためには、やはり企業の力が不可欠ですから。
黒部:大学受験の際、国際問題の方へ進むか音楽にするかで悩みました。ではなぜ音楽の方へ進んだかと言うと、将来的には音楽を通じて社会問題や国際問題に貢献したいと思ったから。FFFJに入ったことで環境問題について深く学ぶ機会が得られているため、大学では芸術的な表現力を磨いています。音楽やアートの力を使って、マイリー・サイラスのようにたくさんの人を幸せにできる人になりたいです。私が社会問題に対して声を上げたいと思ったきっかけは、彼女なんです。音楽を通じて彼女がたくさんの人を幸せにしている姿を見て、私も音楽の力を活用してソーシャルなムーブメントを広げていけるようになりたいと思いました。
横井:私は環境問題にあまり熱心に取り組んでいない企業に就職するのではないかと思っています。すでに取り組みをしているところへ行って1を10にすることにも価値はありますが、私がしたいのはゼロを1に変えること。地道な作業が好きなので、例えば経理をしながら、私との何気ない会話を通じて気候変動のことに興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいなと思います。
過去の記事はこちら。
Photos: Kaori Nishida Text: Maiko Kado Editors: Mina Oba